第241話 神なるものの威厳
オレはアンナとレイラを後衛につけたまま至近のポータルから移動、古のものが腕の先を晒した軌道上の空間にやってきた。
その先にある空間の裂け目からは、無数の高位知性種デバイスが展開している。
アールの言ったとおりだ、あれはオレたちの乗る機体とほぼ同形のもの。
それにしても、なんて数なんだ……
まさかあの中に、オレたちと同じようなヒト型タイプの生物が乗っているのだろうか?
いや、中身はもちろんアールのようなAI管制マシーンだろう。
オレの後方、アンナとレイラの後ろ側に波動を感じる。
一瞬にして姿を現したネクスターナル戦艦、その後に連れられたように次々に光点が出現、ラウンドバトラーの大群となった。
とんでもない出現の速さ……
こんなところからも、連邦との科学力の違いを感じてしまう。
“一洸さん、私たち、あの蟲の親玉の攻撃を防ぐ手段を考えておきました!
話す時間がなかったんだけど、私が前に出るから後ろについていて!”
そう言うやいなや、アンナ機はオレの前に躍り出て、全身を八の字にしたかと思うと、機体から光膜のようなものを広げだした。
あっという間に広がる膜に、アンナの後方へリロメラの機体が近づく。
“リロメラ、お願い!”
“おうっ、ヤヴァそうだったらすぐ言えよアンナ”
リロメラは絶妙のタイミングで、アンナが広げた光膜に重ねるように、さらに異世界天使の神力を被せ始める。
素晴らしい早さで展開されるとてつもなく巨大な防御スクリーン。
いつの間にかリロメラと対の方向にレイラが位置している。
“レイラ、そこから見ても大丈夫そう? だったらお願い!”
アンナに呼応するままに、レイラが黒い霧を防御スクリーンに纏わせ始める。
その作業は、瞬く間に終了した。
もうオレなどいなくとも、彼女たちは十分やっていけるみたいだな。
“可変可能な位相差シールドの展開ポイントとなる機能を、アンナの機体に装着した。
リロメラは光力による対光学・レーザー防御、レイラが最後に纏わせたのは、対電磁攻撃用の特殊粒子だ。
前回、バトラーの動きを封じた精神攻撃を含めた全てに対抗できる”
アールは、まるで当然の対策だと言わんばかりに平然と言ってのける。
すげぇ……
言葉にこそしなかったが、オレの口は無意識に動いていた。
“一洸さん、私とレイラ、リロメラはこの防御スクリーンを維持します、直接戦闘の頭数には入れないでください。
この内側にいれば、攻撃は防げるみたいです。
こちらからの攻撃はこのまま可能です、絶対に膜の外側には出ないでください”
オレは、アンナから聞いた内容をそのまま全体通信で送った。
その瞬間みんなの歓声が伝わってきたが、今はそれに応えている時間はない。
高位知性種のバトラータイプが、陣形を取り始めた。
先鋭的な、まるで長槍のような……
少し離れたところから見ているオレには、それが何をしようとしているのかすぐに理解した。
“アンナっ、気をつけろ!”
膜の中心に位置するアンナの機体目がけ、巨大な長槍陣形をとった高位知性種のバトラーデバイスたちは、突き破るままに進み始める。
だめだ、アンナ……
“アンナっ、膜はどうでもいい、そこから離れるんだ!”
オレは膜の外にでて、アンナの機体を庇うべく前に躍り出る。
その瞬間だった。
目の前の宇宙が、さらに漆黒さを増してオレの視界を塞ぐ。
生きている。
オレも、機体も……
“アンナ…… 大丈夫か?”
モニターの機体信号は、全機無事である光点を示している。
“……一洸さん、あの、わたし大丈夫です”
同時に入ってくる、バラムやイリーナ、カミオやその他大勢の歓声……
オレは今、自分でこの現状の確認をしなければならない。
モニター越しに、自分とアンナを長槍から守った漆黒を見た。
見るというより、視界を塞いでいるその姿の全体像を掴むことなど、この位置からは不可能であったが。
“アール、オレは今どうなってるんだ?”
“……古の、あの空間から手を出している存在が、一洸とアンナのポイント全体を手で覆っている”
古のものの手が、オレとアンナを高位知性種から守った。
オレは古のものに話しかけるべく、意識を集中し始める。
“一洸、今いにしえは高位知性種と話をしようと動いている、しばらくそのままにしていた方がいい。
もうすぐ、彼らの話を聞けるよ”
バルバルスは、まるでわかっているかのうようにオレに伝えてくる。
古のものが、オレを含めたバトラー戦士たちを庇うように、大きな手をかざして、高位知性種の長槍の刃から守っている。
あまりの速さ…… あれは動いたのではない、瞬間移動だ。
“蟲を率いるものたちよ…… お前たちは大変な間違いを犯している”
その声はコミュニケータを通しているのではなく、ここにいるオレたち全ての心に対し、まるで放送するかのように聞かせている。
“始祖よ、何故……”
高位知性種の声は威厳の欠片もなく、まるで狼狽える子供のように呟いている。
“進化をしたいと言っていたな、そして私を迎え入れたいと。
お前たちが消そうとしたこの者たち、これらがその可能性の種なのだ。
私がこの空間の海に身を浸していたのは、この者たちの進化の過程から生まれる喜怒哀楽が、私の心を癒す何よりの滋養だった。
お前たちは、その可能性を消そうとした”
遂に核心を語ったな。
高位知性種たちは、沈黙を保ったまままるで死んだように動かない。
“私はお前たちを、お前たちのいる空間ごと消し去ることができる”
古のものは、ここにいる全てのものに対して言っている。
それは神として睥睨するものだけが許される、圧倒的な威厳であった。
ネフィラが言っていた“爽酷清”か。
使わせてはいけない…… 何としても、それだけは。




