第239話 広域ジャンプ
コミュニケーターが反応した。
そういえば、ここで使うのは初めてか。
“一洸、高位知性種が動き始めた……
大きな体動ではないが、そこに入ってからすぐだった。
次元変動を感知している……
何かを大量に出そうとしているようだ”
時間外停止を解除して古のものと対話していた時間、それほどではなかったはず……
“お前の言う、必要な条件とはなんだ?
お前は今、片付けなければならないことがあるのではないか?”
“……蟲、いや、ご存じかと思いますが、蟲をたばねている高位知性種が動き出したようです”
ここで使えるわけだなコミュニケーター。
オレは反射的にアンナとレイラに繋いだ。
“アンナ、レイラ、すぐ動いてもらうかもしれない”
““いつでもどうぞ!””
ハモるように一緒に返した二人の声を聞いて、オレは心を決めた。
“あの蟲たちとは、私が話をしよう……
地上から引き離された今、このままここにいるわけにもいくまい。
この空間から出るか、お前の空間に入るか、どちらかしかない”
その時、あのなんともいえないブゥーンという意識に触れるような圧迫波が感じられた。
“始祖よ、もう一つの選択肢があります、我々と共にまいりましょう”
高位知性種…… オレと古の会話に割り込んできた。
これは、通常空間で奴らが割り込んできた通信波とは明らかに違うな……
まさかオレや古のものの精神波長を読み取って、何らかの方法で返してきているのか。
奴らの技術では、阿頼耶識での思考は読まれるが、保管域の壁を破ることはできない。
古のものの大地が鳴動する……
オレを阿頼耶識に内包しながら半身を宇宙空間に晒しつつ、高位知性種へと立ち向かうというのか。
“……ときにお前、さきほどのお前たちの仲間との会話の中で時間を止めると言っていたが、お前は時間を止められるのか?”
古のものがオレに聞いてきた。
“ええ、今見せた保管域を介してですが、外側の世界の時間を止めることができます”
しばしの時間があったが、オレには古がすぐ続きを言ってくる予感があった。
果たしてそれは当たる。
“お前が見せたあの空間…… あれはこの星を包む次元と同じ広がりを持っている。
あそこに蟲どもと、私を入れることは可能か?
もし私が、あの蟲を掃うためにここを出た場合、時空間が歪んでしまい、お前との話が成立しなくなる可能性がある”
突然の饒舌な古のものの提案に狼狽えるしかないオレだったが、心の中のバルバルスははっきりと頷いている。
言う通りにしてみろ、か。
高位知性種と古のものを保管域に収納する……
たしかに、あそこならバトラー戦士たちを全収納して決着をつけることが出来るかも…… この宇宙と同じ広さ。
“アール、伝達を頼めるか”
アールの反応はとんでもなく早い。
“すぐに始める準備をしよう、全バトラーに指定のポータルに集合してもらうよう手配する”
間髪を入れない返答に、オレはまた成功を予感した。
“ではいにしえ様、蟲とあなたを収納すべく、私は一旦戻ります”
オレはそれを伝えると、この重力地獄から“0”に引き揚げてもらった。
“一洸…… 機体にアメノムラクモを積んでおくんだ。
その時がきたら、使い方はわたしが導こう”
オレが黙っていると、バルバルスは再び話始める。
“今君の身体に走っているぼくの固有能力、どうやら思った以上の力を発揮してくれているようだ。
異次元間移動も全く問題なし……
これで、ぼくの仕事も難なく終わらせられそうだ”
最強のフラグだな。
なんてことをオレの中でつぶやくんだろう、この人は。
“バルバルスさん、物騒なことを言わないでください、それじゃまるで……”
彼が、使うべきべき言葉を選別しているのが手に取るようにわかった。
オレの中でそう言ったバルバルスは、再び活動を静める。
まるで神聖で荘厳な何かに出会う前のように、オレは深く深く深呼吸をした。
◇ ◇ ◇
アールからの通信だ。
だがいつもの無機質な声は、話が始まる前に止まってしまう……
何かがあった、しかも急展開するそれが。
ぼくはアールからの通信を妨げる可能性を考慮して、しばらく黙ったままでいた。
“上”で、何かが起こっている。
あそこに出るには、一洸のポータルから保管域を通って出るしかない。
それさえ間に合わないほどの何か、か。
小さな星ほどもあったあの高位知性種のデバイス、大地に辿り着こうとして出来た、あまりにも巨大な更地……
突然空間が光だしたかと思うと、広大な地表空間に現れるアールのような巨大な船たち。
その出現の早さはアンナやレイラの氷や岩の鏃のようであり、とても視認が間に合うものではない。
広大な更地空間を囲うようにジャンプアウトしてきた巨大な戦艦の中から、全バトラーに声を届けてきた。
“私はエイミー・ロイド少尉、連邦の…… これはネクスターナルとの合同艦隊です。
一洸は今、この星の軌道上で敵と戦っています、あなたたちを上に運び上げる時間がありませんので、私たちがやってきました。
皆さんを軌道上にワープさせますので、この空域の中心に集まってください”
あの声、連邦士官の女性だ。
確認をとるまでもないか。
ぼくの機体は指定ポータルから最遠だったので、バトラーが一斉に集まりだす様子が俯瞰できた。
アンナから通信が入る。
モニターを見ると、ぼくを含めた上位属性保持者に向けているようだ。
“みなさん、この間打ち合わせたものを使うかもしれません…… 一洸さんに話す前に、チャンスがやってきてしまいました。
準備をお願いします”
そうか、この間話したアレをやろうというのか……
もちろん試したわけではないし、どういう形になるか予想もつかない。
仕掛けを作ったのはアンナとアイラ、ぼくは戦術的なアドバイスをしただけだ。
あの子たちなら上手くやるだろう、連携した攻撃を見せる上でも、申し分ない敵だしね。
アンナから通信だ。
“カミオさん、私とレイラは今、一洸さんと一緒に星の上にいます……
あの星の後ろから、物凄い数の…… 蟲です。
蟲が、ラウンドバトラーみたいなものに変形してるんです、
一洸さんは、みんなをここに転移している時間がありませんでした。
例のアレ、もしもの時は…… よろしくお願いします”
“あくまで準備だからね……
最悪の未来を前提として行動するな、ただ準備はしておけ。
君も知ってると思うが、昔からの言い伝えを守っただけだよ”
アンナからの、言葉にできない安心感が伝わってくる。
星の上に直接転移するのか……
直感でしかないが、この戦いが星の、世界の命運を決めるものになるのだろうな。
今ぼくはどんな顔をしているんだろう。
口元を触るまでもない。
一つ場所に集まったラウンドバトラーの大群は壮観だ。
広大な更地を大きく取り囲んだ艦船から発せられる淡い光が、集まったラウンドバトラーたちを包みこんだ。




