第234話 事態の準備
“全てのバトラー戦士たちに告ぐ、一洸は現在、次の事態の準備に入っている…… リロメラ、アンナ、レイラは指定のポータルへ急いでほしい、それ以外のバトラーパイロットは現状にて待機”
アールからの全体通信だった。
みんなの息をのむ様子が一斉に伝わってきたが、ぼくは一洸と一緒にいない方がいい理由をすぐに察した。
“カミオさん…… 私、一洸さんのサポートしなくていいんでしょうか?
多分、力になれると思います”
“もちろん、イリーナに近くにいてもらった方がいいに決まってるさ…… でもね、恐らくは全滅するような事態になった時を考えてのことだ……”
“やはり、私が想像する以上の危険に身を晒しているんですよね?
あの消えてしまった星ほどもあるものと一緒に…… まさか”
イリーナが自分の持ちうる力を正当に評価しているのは安心材料だな。
でも君という戦力は失うわけにはいかないんだ、これからの世界のためにも。
彼女にそんなことは、敢えて言うまでもないことだが。
“イリーナ、一洸を信じよう。
彼は今、ぼくらが見てきた以上の現実を前に戦っている……”
その時、左翼遠方にかすかに見える機体が光り始めたようだ。
バラムだ。
彼女はまるで準備するかのうようにプラズマを発生させている。
いつでも全力開放できると言わんばかりだ。
あの人も力み過ぎて、自分一人で負荷を背負ってしまうタイプのようだな。
今までの役割上、仕方のないことなのかもしれない。
だが今はその力、温存しておいてもらおう。
“バラムさん、カミオです……
一洸は恐らく考えがあって、待機させていると思います。
待ちましょう”
“カミオ殿…… お気遣い、有難く思います”
バラムはそれだけ言ったが、まだプラズマ放射は続いている。
あれが魔族のエースの、通常のウォーミングアップなのか
無理をしないでくれ…… あなたも、これからの世界に欠いてはいけない存在なのだ。
ぼくはいつものように、静かに目を閉じて瞑想を始める。
この機体のコックピット、まるで自分の部屋にいるような感覚だった。
不思議な安堵感だ。
いかなる害成す存在が近づこうが、自分が傷つけられることはないだろうことを予感させてくれる。
◇ ◇ ◇
私はアールからの伝言通り、モニターの示すポータルへ高速移動を始めた。
少し前をレイラが飛んでる。
その前に飛んでるのは…… あれは誰?
赤い機体…… あまりに遠いけど、モニター見ればいいんだよね。
やっぱりと思ったけどあの人、サーラさんだ。
ポータルにはすぐ着いたけど、リロメラはまだみたいね。
“サーラさん、ベースに戻るのはリロメラとレイラとあたしだけでいいみたいよ”
なるべく棘が立たないよう、柔らかく言ったつもりだったけど、空気読んでって思っても無理だよね……
“わかってるわ、でもわたしがいた方が絶対役に立つ”
そう、でもこれは戦争なの。
火焔で炭にするだけが戦いじゃない……
この人に言っても無理なのはわかってるし、無駄な物言いはしないわ。
急に視界が明るくなった。
リロメラがきたのね。
まるで太陽が落ちてきたみたいな眩しさ……
“アンナとレイラ、やっぱ速ぇーな。
よぉ火焔の姉ちゃん…… お前も戻りたいのか?”
よかった…… リロメラならこの赤い悪魔女に勝てる。
“そうよ、私がいた方がいいに決まってる”
リロメラの顔はモニターに見えなかったけど、明らかに笑った顔をしてるのがわかった。
なんていうか、この暴虐天使にとって本質的に人間なんて相手にならないんだろうな。
“一洸はよぉ、お前にここを守ってもらいたいんだと思うぜ……
みんな一度にやられちまったら、元も子もないだろ”
“それは……”
さすが異世界天使、一発で火焔魔女を黙らせたわ。
ポータルが開いて、一洸さんの機体が空間を広げた。
機体が軽く頷いたのがわかって、私は少し安心する。
そうよ、あの人が勝っても負けても死んだとしても…… 一緒にいるのは、あなたじゃないわ。
私はレイラとリロメラの後に続いて、あの人が開けた次元窓に入っていった。
◇ ◇ ◇
オレは、バルバルスの魂ごと保管域に転移した。
今回、阿頼耶識に降り立った重力圧が前回までほど苦しくなかった理由は、古のものが半身を外界に晒されていたからだろうか。
そう思った時、バルバルスが答えてきた。
“それもあるだろうけど…… きみ自身に耐性と力が着いたんだよ、そう考えた方が自然だ”
バルバルスが憑依した状態の自覚……
迂闊なことは考えられないし、正直これはちょっとやりにくいな。
オレはアールに伝達を頼んでおいた通り、指定されたポータルの鋲から、リロメラ、アンナ、レイラを入れた。
見送りだったのだろうか、サーラの機体が見えた。
アンナやレイラと仲良くなってくれたのだとしたら、オレとしても助かる。
オレは次元窓を閉める前に、サーラの機体に軽く頷いてみ見せた。
彼女の反応はなかったが、まぁいい。
まず外界時間停止。
保管域の地表にオレたちがフワリと着地すると、ネフィラが出迎えてくれた。
さて、今のオレの状態をまず説明しなければ……
いいですよね、バルバルスさん?
“そうだね、もちろんしっかりとお願いするよ”
オレは、抱き着いてこようとするネフィラの機先を制し、バルバルスに口角の制御を渡した。
「やぁネフィラ、久しぶりだね」
オレの口がそう言った途端、抱き着く寸前だったネフィラの表情が変わる。
それは、オレが初めて見る彼女の表情だった。




