第192話 その次にくるもの
彼らのやりとりをモニターしていて気づいたことがある。
私がもし…… 彼らのような体を持っていたら。
もし、もしも。
ずっと昔、まだ人の身体を使って活動していたころ。
私は普通の健常人のように、大地を走り回って、土の感触を味わうような生き方を許されていなかった。
幼少期より病棟で生活し、普通に学校に通うことができなかった私は、活字を吸収することが、外の世界を知る手段だった。
モニターと入力デバイスがあればそれでよく、必要な知識も術も得ることができた。
この世界の理は、私の精神を育んだ地球の常識とはあまりにもかけ離れている。
このファンタジー世界の住人たち、地球の通信手段を用いて意志疎通する彼らは、私が知っている以上に人間らしく、生き生きと活動している。
もう一度人として生きることが、その機会が得られるなら。
この星の大地に、意志を持った人間として、再び生きてみたい。
地上で限られた命を燃やしてみたい。
今の私のささやかな望みだ。
“アール、聞こえるかしら?”
ネフィラからの通信だ、どうやら成功したようだな。
◇ ◇ ◇
よかった、本当によかった。
でも心配はしていなかったわ、あなたは今までもあっさりと乗り越えてきた。
あなたにもしものことがあるなんて、あり得ない。
あなたには仕事が残ってるの。
それはあなたが意識しているものとは違ったもの。
いずれわかるわ…… 必ずわからせてあげる。
それにしても、あそこから出られるなんて、言葉がないわ……
私、今この世界で生きてるの、なんでも出来るのよ。
アイラ、ごめんなさい……
あなたの身体、とっても具合がいいわ。
きっと怒るでしょうね、でも立場が逆だったら…… わかってくれるわよね。
さぁー降りるわよ。
あらアンナちゃん、怒ってるのかしら?
ミーコちゃんがまず飛びつくのよね、私は最後でいいわ。
レイラちゃん…… まるで別人みたいに変わったわ。
大人になった。
そうそう連絡しなくちゃ。
“アール…… ネフィラよ、上手くいったわ、一洸さんは無事”
◇ ◇ ◇
ぼくが着いた時、全てが終わっていた。
厚い岩盤は砕かれて、その先にある空間が開かれている。
あれはアイラ…… ネフィラの妹か。
ミーコちゃんとアンナちゃんが降下している。
裂け目のところに立っている魔族は…… バラムだな。
なぜ入っていかないのだろうか。
一洸たちを、閉じ込められていた彼らの様子をまるで睥睨するように見ている。
ぼくは必要なかった、それがとても重要な事実だ。
この彼らならあるいは…… この世界も。
このぼくに出来ること、彼らに出来ること、それぞれが自覚していければそれでいい。
いつかまた静かな季節の中で、振り返る時間の中で、きっと今を思い出すだろう。
ぼくはこの瞬間、この記憶の中に楔を打ち込んだ。
一洸の権能を抑えることのできる力…… 想像もつかない。
だが、打ち破る可能性を秘めた彼らが今目の前にいる。
この物語を綴ることができる時間、今ぼくが目指すべきひと時だ。
◇ ◇ ◇
間に合わなかった…… でも何事もなく事を終える、それはわかっていた。
一洸様、あなたをとりまく者たちの力への疑念はかけらもありません。
マルコシアス様にとってのベリアルや、私がそうであったように。
私は魔界を離れて、あなたのいる地上で魔族を守ります。
それが今、私に課せられた使命。
一洸様、あなたは私をここまで連れ出した人。
そしてあの人に会う機会を与えてくれた。
私は…… この業を終えるまで、あの人には会いません。
ずっと信じていました。
その日が来ることを疑うことなく、日々を費やすことに希望を持って。
あなたを死なせはしない、それは絶対にない。
あなたは多くの愛を集めているのですね……
こうして見ていると、手に取るようにわかります。
◇ ◇ ◇
やった、やってやった。
あの男を助けた。
結果的にそうなったが、私の望みは必ず達成される。
私の目の黒いうちは、他の誰にも殺させはしない。
たとえあの化け物であっても。
早く戦いたい…… 出てきなさい、そのために助けてやったんだから。
でもあの女たち、少々手強いわね。
もし私が近づけたとしても、あの女たちとの戦いは避けられないだろう。
◇ ◇ ◇
おにいちゃん、本当によかった。
あたしだけ生きてても仕方ないもん……
おにいちゃんは大丈夫そうだね、あたしがもしいなくなったとしても、アンナちゃんもいるし、レイラちゃんもだし…… ネフィラ先生だって。
あたし、いつまでもおにいちゃんを独り占めできると思えなくなってきたよ……
みんなそれぞれに頑張ってて、あたし、どんなにおにいちゃんを守ろうとしても、おにいちゃんが離れて行って、それで……
いつかそんな日がきても、仕方ないや。
今、目の前におにいちゃんがいる、それだけは間違いない。
でももし、もし岩を開けられなかったらどうなってたんだろう……




