第186話 空間の歪み
トロールの魔石を回収したオレたち。
フォーメーションはそのままに、位置情報に導かれて階層を下って行った。
下りながら、オレはぼんやりとレイラのことを考えていた。
普段から自分を主張せずに、いつも一歩下がっていたレイラ。
細やかな配慮と、女性らしい感性を失わずに接してくれた。
気心の知れたアンナだけでなく、ミーコとも上手く関わってくれて、オレは安心して留守を任せることが出来た。
オレは彼女の何を知っていたのだろう。
ウサギ系獣人ラビ―トで、アンナたちが住まうキャティアの村で一緒に育った。
物腰の柔らかさや普段の所作からしても、周囲に大切に育てられたことが滲み出ている。
この間、彼女は目の周りを真っ赤にしていた。
まさか泣いていたのか……
ぶしつけに問い詰めることができないオレだ、あれ以上は聞きようもないだろう。
だが、もっと気を配るやり方があったのではなかったか。
レイラ、すまない。
君の事をもっと知るべきだった。
たとえ嫌われたとしても、もっと立ち入るべきだったのかもしれない。
“魔元帥様、反応が消えたポイント、もうすぐです”
ラウルが伝達してきた。
表示を見ながら進んでいたが、もう目の前。
オレたちがたどり着いたポイントの少し手前、その先はまるで広場のようになった円形のホールのような空間だ。
どことなく、あの円形闘技場を思わせるな。
“進行停止、ここで待機する”
オレはみんなに伝えると、アールに繋いだ。
“アール、消えたポイントの少し手前に着いた。
この近辺は電磁的に不穏な状況なのか?”
オレは何かの痕跡がないか周囲を見回した。
“一洸、もう少し進んで…… 次元窓を開けてくれ”
オレはメンバーを待機させたままアールの指示通り進み、次元窓を少し大げさに広げてみた。
何もない円形の広い空間。
“そこよ、あなたの正面から2時くらいの方向、20メートルくらいのところに歪みがあるわ。
闇魔法の使い手のあなたなら解かり易いはずよ”
ネフィラが伝えてきた。
と言われても、どうしたものか。
“……邪光を飛ばしてみるとか、ですか?”
“そう、飛ばしてみて”
オレは言われたように邪光を弱く放ってみると、果たしてそれはわかった。
確かに空間が歪んでいる。
オレの邪光は、その何もない空間だけたわんだように進んだ。
目印などなにも無い、確かにこれではわかりようもないな。
“その歪みが入り口になっているのだろう。
半径5メートル四方程度だ。
このダンジョン内に同質の歪みを持った位置の数値が特定できた。
可能性だが、その場所にレイラたちのチームは転移させられたんだろう”
アールが策定して送った空間表示には、その部分が赤く示されていた。
オレはすぐさま、この場所に魂意鋲を打つ。
“一洸さん待って、一人で行くつもり?
一旦戻って対策した方がいいわ、あなたに何かあったら取り返しがつかない”
そう言ったネフィラの声は、いつもより硬く尖った印象を受けた。
ありがとうネフィラさん……
でもレイラは大切な仲間なんです。
“わかりました、これ以上被害を増やすことなく進めます”
オレはまず、メンバーを入り口の待機テント前に転移させるべく戻った。
「魔元帥様、オレたちも行きます!」
ラウルが怒ったように言う。
「イチコウの旦那、俺らを連れて行っても絶対損はさせませんぜ」
アーグは一歩も引く気はないようだ。
スフィアは、まっすぐオレの目を見据えたままだ。
同行させないなどありえないと言わんばかりである。
「おまかせします」
イリーナはオレの決断を信じ切っている、それが痛いほど伝わってくる。
「みんなありがとう……
この養成、ダンジョン攻略も含めて、みんなはこの世界の貴重な戦力なんだ、ただの命じゃない。
転移した彼らを救うのはもちろん、これ以上被害を増やすわけにはいかないんだ、これはオレに課せられた命題でもある。
きみたちにあずけたコミュニケーター、もしオレが危ないと思ったら躊躇いなく力を借りたい。
今は待機所で待っていてくれ。
事が済んだら、また再開しよう」
静かに語ったオレに、それ以上のセリフは求められなかった。
彼らは自分たちの立ち位置や、その身持ちの重要さを理解してくれている。
これほどの人物たちのいるこの世界、このまま滅ぼすにはあまりに惜しいな。
ダンジョン入り口の待機所へ彼らを転移させ戻ろうとした時、アーグがオレに言った。
「レイラさん…… あの人はあんたが思う以上に…… みんなのことを理解してますぜ。
バトラーの養成じゃあ、娘くらいの歳のあの娘に面食らっちまった。
忘れないでください、あんたのことも、あんたが思う以上にわかってるはずだ」
オレはアーグの目を見た。
彼の目は、深いものをたたえた宇宙の深淵を見るようである。
これはあの時の……
そうだ、マルコシアスの目に似ている。
「ありがとうアーグ…… オレも彼女のこと、もっと知っておくべきだったって、ずっと考えていたんだ。
これはチャンスだと思ってる」
オレは右手を彼に向けると、彼も拳を合わせてきた。
ラウルが悔しそうにそんなオレたちを見ていたが、オレはみんなに軽く手を上げて、そのまま待機所前から消えた。
円形の広場に転移したオレは、まず深呼吸する。
いつもの儀式のようなものだ。
悪い方の可能性を考えた。
転移先でみんなを連れて、待機所前か保管域に戻る。
それが不可能になる可能性……
今のオレには保管域、それなりの魔法行使力もある。
大抵の魔獣や歪な理不尽、不条理も通用しないだろう。
“アールこれから入る、モニターを頼む”
“大丈夫だ…… 気をつけてくれ”
オレは歪んだ空間へ向けて、歩みを進めた。
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