第182話 エルフの悪戯
オレの展開する閾影鏡に合わせて発動しているミーコの治癒光。
彼女は大した集中力で展開しつづけている。
リロメラの方がいいのではと思ったが、本人が語るように調節が難しく、対象によっては逆効果になる可能性もある。
この世界の光魔法属性を放つ魔法使いに依った方がいいだろろうというのが、ネフィラの意見だった。
ミーコの放っている光は、通常の怪我や欠損にたいして行うものとは違うようだ。
オレにはわからないが、その辺りはネフィラの監督の下でやってもらっている、間違いないだろう。
ミーコは少し気疲れしているのだろうか、肩がこわばっているように見えた。
オレはいつもそうしていたように、彼女の肩に手をかけて軽くマッサージするように話しかける。
「もう少しで様子がはっきりするから…… あとちょっと頑張ろう」
オレが触れると、少し驚いたようにしたミーコ。
しばらくこうしていなかったもんな。
「おにいちゃん…… なんか、ちょっと前までの生活がすごく昔に思えるよ……
あたしは馬酔木館でおにいちゃんのこと洗ってた頃がとっても…… なんていうか、良かった」
そう言う彼女は、明らかに寂しそうであった。
オレは周囲に目を配り、誰も見ていないのを確かめながらそっとミーコを抱きしめる。
ミーコが深呼吸している。
再び息を吸い込んだ時、オレは彼女を安心させるように肩に力を入れた。
「保管域から出る生活に戻ったらさ…… また、そんな風になれるよ」
彼女は肩に触れた手に、自分の手を重ねる。
何も言わずとも、オレにはそれで十分だった。
オレは、ダンジョンで戦士たちの高揚した精神と身体の余剰魔素を発散させるための準備を進める。
といっても班ごとに分かれて行動して、魔物を倒して歩いてもらうだけなんだが。
今回はゲーム要素をしっかり持たせるため、獲得した魔石の量で勝敗を決めよう。
勿論、獲得した魔石は班メンバーの収入となる。
換金のためにギルドを利用するが、冒険者登録をしていない魔法使いや魔術師が結構な数いた。
換金だけならメンバーの誰かがギルドに所属していれば問題ないのをイリーナに確認したので、そのままこれでいくことにした。
イリーナは緊張しているようだ。
ギルド職員だった彼女が何故?
「イリーナさん…… ダンジョンは初めてなんですか?」
「ええ、私は冒険者として活動していたわけでもないんです。
魔獣を殺したことも…… まだありません」
そうだったのか。
「あの…… 不安でしょうから、もしよければオレの班に入りますか?」
「その、本当にお願いします、助かります」
このくらいなんでもないですよ。
オレじゃ頼りにならないかもしれないが、少しでも気心の知れている顔がいた方がいいだろう。
後のメンバーだが、属性ごとに偏らないよう分散して配置するつもりだ。
なのでミーコやアンナ、レイラとはばらけるし、カミオやバラムとも班は別になる。
獲得賞金というか一等賞の景品、なんにするかな。
そんなことを考えていると突然後ろから目を塞がれた。
ひんやりした手触り、それまで触れたことのない乾いた肌質……
「当ててみて」
?
誰だ。
この声、あまり聞きなれない声だが、どこかで聞いた声……
こんなことをするのはネフィラくらいだが、もちろんネフィラでは……
え?
「すいませんが…… ネフィラさんじゃないですよね?」
その人物は手を離した。
彼女はくるりとオレの前に躍り出る。
「……」
なぜだかわからないが、オレは声をだせなかった。
「アイラさん……」
アイラは、見覚えのある表情にかわった。
あの人の笑顔。
まさか。
「わ・た・しよっ、一洸さん!」
そう言って、正面からオレを抱きしめた。
オレは周囲を見回したが、誰も見ている者はいない。
ネフィラ以外は。
しかし、そのネフィラは軽く眉間に皺を寄せてオレと“アイラ(ネフィラ)”を見ている。
「あ、あの……」
「ごめんなさいね一洸さん、これエルフの特技なのよ。
ただし、エルフ同士じゃないと出来ないんだけどね」
アイラは生身の身体だ、もちろん温かい体温があるが、ネフィラからいつも感じているそれとは少し違っている。
微かに香る匂いが、姉妹なのだろうか似ている気がした。
向こうで見ていた“ネフィラ(アイラ)”が歩いてくる。
「ね、私ったら今は生きているのよ! 普通の女として完全に機能してるの! ね、一洸さん、わたしね」
「姉さまっ!」
“ネフィラ(アイラ)”は、怒鳴るように、“アイラ(ネフィラ)”に言い放った。
それ以上は許さない、そんな気概に満ち満ちている。
オレはこの凄まじい美しさのエルフ姉妹を前に、何も声を発することが出来なかった。
魂の転移。
エルフに伝わる秘術、それを見せつけられたオレは、軽い衝撃を受けたまま頭を冷やすべく魔女たち二人から離れた。
レイラが俯いている。
顔というか、目が真っ赤だ。
どうしたんだろう。
「レイラ…… 大丈夫? 具合悪そうだね」
彼女は驚いたように見返したが、いつも以上に俯いて小さく呟いた。
「あ、あの、大丈夫です」
逃げるようにその場を離れるレイラ。
ここのところ、少しおかしいな。
ストレスがたまっているんだろうか。
普段の気疲れなのか、あれはダンジョンの発散でも解決しないかもしれない。
◇ ◇ ◇
わかっているのに……
でもあんなに優しいの、あなたはミーコちゃんに優しくするのは当然、特別に優しくするのは間違いなく当たり前なこと。
絶対に私は悲しまないし、当然あるべきこと、自然なこと……
私は、私は離れたところから、それを感じて、見ないようにして、辛い思いをわからないように隠して、それで……
それで……
隠れて泣くんです。
涙を流すと、少し楽になる。
だから、泣きます。
でも具合が悪いわけじゃないから。
一洸さんのせいじゃないから。
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