第18話 ネフィラ、一洸の夢枕に初めて現れる
深い靄がかかって一寸先の視界はない。
自分の頬にそっと触れる手がある。
不思議と全く不快な感じも危険も感じなかった。
「一洸さん、元気そうでなによりね。私の事憶えてる?」
「……あなたはあの時の」
「そう、あなたをこの世界に召喚したネフィラよ」
「ネフィラさん、どうして…… 確かにあのとき」
「私は今肉体がないの、いわゆる死んだ状態ね。
でも魂はこうしてあなたと話すことができるので、幽霊みたいなものかしら」
「……」
「怖がらなくていいのよ、私たちエルフにとって、魂は不滅のもの……
依り代さえあれば復活することも可能なの」
「……というと、死ぬことはないんですか?」
「もちろん生き物だもの、必ず最後はあるわ。でも、魂は滅びることがないの。
新しい依り代を得た場合は、以前に持っていた記憶は完全に消える。
これが自然の摂理みたいね」
「では依り代を得ると、ネフィラさん…… とは話せなくなる?」
「夢の中で話すこともできなくなるかも……
ただし、物事には例外や理を越えたものもあるのよ」
自分は今眠っているんだ、これが明晰夢というやつか。
手を見てみた。
ぼんやりとしてはいたが、いつもの自分の手だった。
「そうよ、今あなたは眠っていて、私はあなたの夢の中でこうして逢っているの」
ネフィラは、オレの手にそっと触れた。
不思議な感覚だった。
温かい、生身の人間に触れられたような感じ。
それはまるで、愛されている相手にされる行為に近い印象で、眠っているのに頭は冴えわたっているのも興味深かった。
「あなたに逢えるのは…… 夢の中だけ。
でも嬉しいわ、一洸さん、あなたはとてもあたたかい」
ネフィラは両手で包み込むように自分の手を握ってきた。
「ネフィラさん、話す言葉に不自由しなかったり、
文字に薄く翻訳カバーがかかって読むことができるのは、
魔法なんですよね?」
「あなたに最初に逢った時、設定した魔法よ……
所有物であるミーコちゃんにも作用したみたいね」
オレは自分が言葉も文字も理解できるようになっているが、ミーコは読み書きができないことについて確認した。
「元々持っている能力と認識力に相応して発動するものなの……
つまり、あなたは言語使用において話す・読む・書くは全く問題なかった。
でもミーコちゃんはそうじゃないわよね?」
ミーコがにゃーにゃー言っていたのは、一応喋ってることになっていたのか。
もちろん話すための言語能力しか発現されない。
オレはさらに聞いた。
「この保管域の内容を表示させるボード、ここに薄くカバー表示される文字ですが、
数量の単位などは自動変換してるということですね?」
「その通りよ、あなたはあの表示を読んでいるつもりだろうけど、ただ変換された情報を感じているだけなの」
魔法とは大したものだな。
プログラマーであったオレはその可能性から、相当他のことにも応用できそうだと思った。
「子ネコの娘、ミーコちゃんに関しては、ただただ申し訳なかったとしか言えないわ。
まさか、獣人として転生してしまうなんて……
私にもどうしてそうなったのかわからない」
「いや、責めているわけでは……
少々大変なこともありますが、むしろ自分としては嬉しいです」
「あなたがそう言ってくれるなら、私も助かります」
聞かなければならないことがあった。
「どうして…… オレがこの世界に呼ばれたんですか?」
目の前にいるネフィラの美しい顔に少しだけ翳りが生じた。
それはまるで、忘れていた過去の悲しい出来事を思い出すかのような、遠いものを見る目だった。
「一洸さん、あなたは召喚された異世界人の一人で……
そちらの世界で起きた事故で死ぬ運命だったの。
元の世界に戻る術は…… 今のところないわ。
私には“異跳眼”という異世界を見ることのできる魔法が使えるの。
大規模な災害を察知し、そのタイミングで被害者たちを異世界に召喚すべく準備をすすめていたのよ」
「……」
「あの大規模召喚術、“魔導界”には大変な魔素量を必要とするわ。
使用魔石と発動者の魔素量が必要量を超えた場合は、私のように死んでしまう……」
ネフィラはまるで一つ一つ記憶のかけらを拾い上げて説明するように、この世界が抱える闇を語った。
正体不明の未知の力により、人間や魔族の街、魔獣の居住地がエリアごと消滅してしまう事件が多発し始める。
世界各国は合同で異世界召喚術を発動すべく、世界に4人しかいない魔導士に希望を託した。
「呼び出される異世界召喚者が全て協力的なわけではなかったの。
過去の召喚者の中には、勇者の強大な権能を使って魔王軍に下ったものもいた。
一方的に連れてこられて協力しろと言われ、はいそうですかとならないのは、
私たちもわかっていたのよ」
「……でも、オレはミーコと一緒に今この世界で生きています。
飛行機事故から救ってもらって、感謝しなきゃいけないのはオレたちの方ですから」
「事故で死ぬ運命の人を待って異世界へ召喚なんて……
正当な理由付けがあったとしても、所詮こちらの都合に合わせた言い訳、誘拐よね。
自分でやってて心底嫌になったわ」
ネフィラは急にオレを抱きしめた。
その細さと柔らかさ、ぬくもり、胸の豊かさまでもが感じられる。
彼女は泣いていた。
「私、誰かの体温を感じたことなんて、もうずっとなかったの……
こうなって初めて、生きている時に成すべき大切なことを思い知らされた。
あなたの胸を貸して、お願い……」
どうしていいかわからず、ただ彼女の抱擁に従った。
そっと、オレは彼女の背中に両手を回しその想いに応える。
ネフィラはずっと泣き続けていた。
目が醒めた。
さきほど抱きしめたネフィラの柔らかい感触がまだ残っている。
明晰夢…… あれは夢だとは思えない程リアルなものだ。
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