第17話 野生の本能
ギルドからの帰り、オレたちはヨシュア主任から紹介された武器屋に向かっていた。
「ミーコ、思い出したくないだろうけどさ、さっきオークと戦った時に何が必要だったと思う?」
「……あの化け物、すごい力。
それに、あたしの足に追いついてくるくらい速かった」
銃があればいいのだが、文明レベルからして存在していてもおかしくはない。
ないとしても、距離をつめられる前に撃退するとなると…… 弓かボーガンか。
窓口で渡された地図に示された武器屋、その店はメインストリートから少し入ったところにあった。
弓は…… あった。
並べてあった弓の隣には、自動小銃のような連射できるボーガンもある。
恐らくは現役か、もしくは以前そうであったろう冒険者風の女性店員がいた。
決して大柄ではなかったが、引き締まった身体から鍛錬は続けていることが伺える。
オレはヨシュアから聞いた名前を伝えてみた。
「ギルドで紹介されてきました、一洸と言います。
カーラさんですか? ヨシュアさんから相談してみるといいと言われました」
「ああ、ヨシュアの旦那からね…… 何でも話してみなよ、出来る限り相談にのるよ」
言い方はアレだったが、悪意は感じなかったので相談してみることにした。
「この子に弓ねぇ…… 最初はこれでいいと思うわ、
感覚がつかめてきたらボーガンへ移ればいい」
「試射はできますか?」
武器屋の女性店主は、オレたちを店の裏に通す。
店の中庭はかなり広く、奥には的台が据えてあった。
彼女はミーコに弓を射る型を教えている。
「あの的を射ってごらん……」
ミーコは弓を弾いた。
中心からは外れていたが、的の端には刺さっている。
「あんた初めてなんだよね…… 悪くないわ、練習すればもっとよくなる」
「お姉さんありがとう!」
ミーコは満面の笑みを浮かべていた。
しかし先は長そうだな、そう思う方がいいだろう。
オレは店員にオークの持っていた武器を見てもらった。
「これは年季が入ってるね、まだ刃こぼれはしてないようだが……」
「そうですか。
ではこれを下げるホルダーと、この子が持てるようなナイフとホルダー、それにベルトも選んでもらえますか」
自分用の剣のホルダーは適当なものがあった。
店員はミーコ用に、サバイバルナイフよりもっと長いものを並べている。
刃渡り50㎝以上はあるだろうか、何かで見たマチェーテと外見がほぼ同じようだ。
「これ…… 重すぎなくてすごく持ちやすい」
ミーコは並べたものの中から一つを選んだ。
気に入っているようなので、これにしてもらった。
「つかぬことを聞きますが…… 槍の刃渡りの部分、先端だけでいいんですけど、
ありますかね」
「槍の先端?…… 何にするんだい?」
女性はかなり怪訝な表情をしたが、オレは紙に書いて説明した。
石柱、もしくは台座状のものに槍の先端を数本差し込むように設置したものだ。
女性はしばらくそれを見ると、
「これ…… 何に使うかなんて野暮はことは聞かないけどさ、長いことやってるあたしでもこんな問いかけは初めてだよ」
「でしょうね、自分でも上手くいくかはわかりません」
無理を承知で相談してみたが、そのまま適うものがあるとも思っていなかった。
「……これは武器職人の仕事だね。ちょっと待ってなよ」
カーラは奥に入ると、机で図面に向かっている男性にオレが書いたメモを見せていた。
男性はメモを見て顔を上げ、店にいたオレをメガネの奥から凝視した
「…… いらっしゃい、ところで、これは何に使うんだ?
強度や対象の想定がないと、どのくらいまでやっていいのかわからないんでな」
「……300キロのオークが体当たりして、串刺しになってくれる、そんなものです」
「「……」」
その中年でがっしりした長身の男性は再びメモを見ると、口元だけ微かに笑みをうかべたが、目は笑っていなかった。
「大掛かりになるし、持ち歩くことはできないが、それはわかってるのか?」
オレは中庭にでると、据え置かれた弓台を一瞬で収納。
一呼吸おいて、また弓台を同じ場所に出現させる。
男性とカーラはしばらく呆然としていた。
「……空間魔法か。わかった、重さやサイズの制限もないな。
それは保管庫なのか? 以前一度だけそれのずば抜けたのを持ってる奴を見たが、
こんなのはあの時以来だ」
一洸は男性をもう一度見てみる。
彼も元冒険者であったのだろう、筋張った身体には無駄な肉はついていない。
だが、その黒い瞳からは知性の奥深さが感じられた。
「ええ、おっしゃる通り、少々大きめの保管庫を持っています。
ヨシュアさんにもお願いしましたが、これは口外しないでいただきたいのです」
「客の秘密は守るよ、安心してくれ。オレはアロルドだ」
「一洸です、こちらはミーコ」
オレはアロルドと握手した。
「あの弓台と同じものが奥にもう一つある。
それをいじればすぐにできるだろう。明日の朝までにはできるよ」
オレは10万Gを台においた。
「そんなにはいらない。かかった分だけもらうさ、オレはそういうやり方だ」
「わかりました、なら差額は完成してから戻していただければ結構です」
オレがそう言うと、アロルドはニヤリとして工房に引き返した。
「な、あんた。ヨシュアの旦那には余計なことは言わないでおくれよ、普通にしてたくらいにしてさ」
「……承知しました、お二人とも元気そうとだけ伝えます」
それぞれの事情があるのだろう、あえて突っ込まないのは言外の理だ。
全部で18万Gほどの出費だった。
討伐料もそうだが、大体この世界の貨幣価値が飲み込めてきている。
「ミーコ、これからは討伐したら君の討伐料もでる。だから半分づつにしよう」
「……おにいちゃんが持っててよ、あたしおにいちゃんが買ってくれれば別にいい」
その方がいいとは思っていたが、一応伝えておいた。
ホテルに帰って、オークの剣を出してみた。
錆びてはいなかったが、恐らくは相当血を吸ったであろうそれはかなり汚れている。
プルの前にだしたところ、長いこと震えていた。
スライムはゆっくりと、舐めまわすように剣にとりつきはじめる。
今日は疲れた。
ミーコは今さらながら、下を向いて座ったままになっている。
相当なショックとストレスだったろう、ミーコの肩をマッサージしてあげた。
ミーコの肩はやわらかかったが、彼女は緊張していたのか、いつもと様子が違っている。
ミーコは急に立ち上がり、おれはベッドに押し倒された。
強く押さえつけるようにしたまま、ミーコはオレから離れる気配を見せない。
彼女はのしかかって、唇を押しあててきた。
野生の本能、危機に瀕したミーコの生殖本能が刺激されたのであろうか、不本意な着床をされる前に最愛の存在から授精したい、そんな何かが働いているのかもしれない。
ミーコは、さらに全身を使って想いを伝えるべく胸と下半身を押し付けてくる。
脱ぐわけでもなくそのプロセスを先に進む動きをするでもなく、ただ密着していた。
オレは彼女の気持ちに応えて下から優しく抱きとめる。
ミーコは、おにいちゃん、おにいちゃんと繰り返しオレの名を呼びながら、オレの頬に顔を押し付け続けた。
この子が落ち着くまで受け容れ続けよう、そう思った。
「おにいちゃん…… さっきはごめんなさい。
あたし、頭がおかしくなるくらいおにいちゃんが好き。
またいつかあんな風になると思う、だから先にごめんなさいしておくね」
「仕方ないよ、大変だったもんな……」
ミーコの頭をそっと抱きよせてあげた。
彼女はオレにもたれかかってくる。
この子は今オレがいなくなったら生きていけるんだろうか、少しだけそんな思いが頭をよぎった。
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