第146話 大いなる手
「巡洋艦732、惑星大気圏内にて消滅しました…… 脱出ポッドは全て無事です!」
旗艦で報告を受けるホワイト大佐。
傍らで彼の横顔をみつめるエイミー少尉は、今の表情から大佐の心中を察することは出来なかった。
「ロイド少尉…… 一洸に、安否を確認してくれ」
まるで絞り出すよな声でエイミーに命じるホワイト大佐。
エイミー少尉は勇気を奮って、一洸に連絡を試みる。
“一洸、一洸…… エイミーよ、応答して…… 一洸”
オレは眩い光を受けながら、何もない海洋上に浮かんでいた。
連邦の巨大戦艦は爆発した破片を散りまいてはいたが、その巨躯が惑星に影響を与えることなく命を終えたようだ。
そうだ。
オレは…… 思い出したように息を吸い込む。
だが、自分の意思でそれを命じないと呼吸すらできないようだ。
オレは呼吸しなければならない、息をしなければならない。
呼吸も、時間も、まるで他人事のように流れていく光景でしかないようだ。
誰かが何か言っている。
名前?……
呼んでいるのか、誰かが名前を言っている。
オレの名前か。
そうだ、オレは戦艦を破壊するためにここにやってきて、それで……
オレはベリアルを探しに…… その、何かを見つけるべく無意識にバトラーを進めた。
そこには、落ちてくる巨大戦艦の破片以外、何も見つけることは出来なかった。
「副指令、機械惑星が…… 動いています」
状況を受け入れた瞬間、“やはりそうか”といった表情をしたホワイト大佐だった。
エイミー・ロイド少尉は、一洸への通信を試み続けている。
彼が生きているかどうかの確認は、機体信号の確認ができない現在、この応答に頼るしかない。
彼女は諦めるつもりはないようだ。
彼が無事であるだろうことへの裏付けは、短い関わりの彼女でさえ揺るがないものようである。
「副指令、ネクスターナルから通信です」
「繋げ」
まるで身構えていたかのように、ホワイト大佐はネクスターナルからの通信を受けた。
“ホワイト大佐、見えている通り高位知性種の惑星型デバイスが移動を始めた。
未知のシールドを展開しているこのデバイスを止める手段が、ネクスターナルにはない。
現在、各艦船による物理的進行の遅滞を試みている。
きみたちの…… オールドシーズ一洸の協力が必要だ”
一洸の名前を呼び続けるエイミー・ロイド少尉の声を横で聞きながら、ホワイト大佐は、ネクスターナルに返す言葉がないようだった。
エイミー少尉は、目をまっすぐ前に向けて呼び続けている。
その声は、司令室にしばらく響き渡っていた。
“おにいちゃん! おにいちゃん……”
ミーコ。
“一洸、大丈夫か?
例の機械惑星の残骸がその星へ向かって動いている、どうやら高位知性種が制御を復活させたようだ”
オレは何が起こっているのか、しばらく意識を戻すことが出来なかった。
こんなことではだめだ。
もちろん、それはわかっている。
オレが、オレがベリアルを殺してしまった。
オレが……
彼が望んだ事。
最後の言葉、“世界を頼む”。
彼への贖罪は、願いを、その使命を果たしてから受けよう。
オレは死ぬ気で意識を奮い立たせ、現状に立ち向かう気概を自分に戻した。
“アール、あとどのくらいなんだ?”
オレが返信した瞬間、アールの安心が微かに伝わってきた。
“一洸…… 現在、ネクスターナルの戦艦が複数で物理的障壁となって進行を遅らせている。
現状のまま進んだとして、あと30分もすれば大気圏に入る。
このサイズと質量が惑星に直撃した場合、惑星は完全に破壊される”
“わかった…… ミーコ、アンナ、レイラ、リロメラ…… アール。
この星の大気圏に入る寸前で叩く。
みんな、頼む!”
オレは精一杯の気力を振り絞って、みんなに答えた。
“エイミーさん、応答遅れてすいません。
オレは無事です。
現地のオレの仲間が……戦艦の地上墜落を防いで、命を落としました。
現在の状況はわかっています。
高位知性種の機械惑星、大気圏に入る寸前で破壊します”
“一洸……、一洸”
エイミーは声にならない声をあげている。
アールが適正射出ポイントを送ってきた。
オレはポイント地点までの飛行の間、不思議な感覚に捉われていた。
自意識を俯瞰し、流れゆく走馬灯のように眺める。
こんなことが出来るとは思ってもみなかったが、もしかしたら、バルバルスに会ったことによる効果なのかもしれない。
時間感覚が、それまでのものとは明らかに違っている。
もう少しで、未来がわかるようになるのだろうか。
そんなものを予感させる、不思議な感覚。
何かが起こる。
それは今までの価値観を揺るがすような、未だ見たことのないもの。
もう何があっても驚かないよ。
そう思ってはいたが、この予感はきっとそれさえも覆すのだろう。
オレは射出ポイントに到着すると、空を見上げた。
何もない海原、青い空のその先に見える淡い光点、この星を滅ぼすべく墜落を続ける機械惑星。
深呼吸をするオレは、愛機と繋がる全てのデバイスに力を注ぎながら、AIとマナジェネレーターと量子ドライブに命令した。
“閾影鏡 発動……”
静かにマナジェネレーターが鳴動を始めた。
愛機を取り巻くように極大の魔法陣が、空に向かって展開を始める。
迫りくる機械惑星は、目に見えて大きさを増してきた。
あと、あともう少し……
オレは、深く、静かに深呼吸を繰り返す…… その時は、もうすぐそこだ。
海が爆発した。
魔法陣を壊すように爆発した海が、巨大な龍の首のように空へ向かって伸び始める。
あれは…… 龍?
いや、龍ではない。
それはまるで火山が隆起するような、とんでもない直径と大きさを持つ、大地の突き出しだ。
オレは言葉を出すことが出来なかった。
吹きあがる大地の先にあるもの……
指か。
とてつもない巨大さ、星の大きさに近いほど巨大な掌が、大地を伴って空に向かって伸び始めている。
手。
それは巨大な手だった。
手は、轟音と爆散する海水の鳴動とともに墜ちてくる惑星をはじき返すかの如く、機械惑星に触れた。
巨大な津波、それが繰り返し発生している。
大地が星を押し返す。
こんな絵柄を想像することなど予想だにできない、それまで見たいかなる映像でもありえないものだった。
機械惑星は押し返され、直撃の軌道を外されてしまう。
◇ ◇ ◇
“守護者の間”の、影が消失してしまったテーブルを見つめる大魔王バルバルス。
彼はその空間で声を発することのできる存在として、敢えて声をだして独り言ちる。
「目醒めてしまったか……」
【 恐れ入ります、下記お願いいたします 】
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