第134話 極北の裂け目
新しいバトラーの通常空間での操作性は抜群だった。
以前のそれとは反応速度がまるで違い、PCに例えるとシステムドライブを初めてSSDに交換した時のような異次元な違いだ。
オレはバラムを回収すべくフーガの森の奥、ダンジョンの入り口付近にバトラーを降ろした。
ミーコたちは、現地到着後に次元窓から出て準備してもらう予定。
「あの、よろしくお願いします一洸様」
普段の気丈さは影を潜め、とてもそれまでの印象は感じられない。
そうか、こうなるまで気にしなかったが、バラムはこの機体に乗るのはおろか、地球文明に触れるのも初めてだったのか。
もう少し気を使うべきだったのかもしれない。
メインコックピットの前に位置するサブシートから見る世界を、バラムはまるで子供のように視線を巡らせた。
360度スクリーンは衝撃だったらしく、足元にひろがる下の世界への不安を、両腿にしっかりと充てた手が物語っていた。
「バラムさん、大丈夫ですよね?」
「……え、ええ、初めてのことだもので、すいません」
この人に限ったことではないのだろう、魔族と人間のメンタルなど、恐らく大差はない。
予め貰った位置情報は既に設定済みだ。
あとはオートで飛ぶ予定だが、まだしばらく時間がある。
オレは彼女が恐らくは話したがらないだろう、大魔王バルバルスのことを、少しづつ聞いてみることにした。
「……あの方は、もともとエルフの中でもかなり上位の学究者でした。
ご家族を…… ご両親を魔獣に殺されてから、覚悟を決められたようです。
私がバルバルス様を知ったのは、あの方がエルフの里を出て、他の魔族との折衝に入った頃でした」
そもそも魔族の種類はどのくらいあるのだろう…… そんな知識もまだ乏しかったな。
あの魔神将たち、少なくともあの数だけはあるということか。
「ご両親、家族は他には?」
「……妹様がおりました」
バラムはそこで話を詰まらせてしまった。
妹。
「その妹さんは、今生きているんですか?」
「……。
亡くなられたと聞いています」
バラムはその言葉を出した後、しばらく無言になってしまった。
前の話でもそうだったが、バルバルスが魔界を開く前後に、相当トラウマになるような出来事があった模様だ。
オレは無理やり聞き出すのをやめにして、しばらく外の景色を眺めることにした。
周囲の景色は地球の北極か南極そのままで、準備もなしに外にでれば数分で死ぬだろう。
しばらく飛ぶと、巨大な大地の裂け目が表れ始めた。
まるで何者かが無理やり押し広げようとしたかのような、とてつもない規模の亀裂。
バラムから提供された位置情報、そこを示すポイントに近づく。
目印があったわけではない。
ただそこに示されたポイント、それは裂け目の下にあった。
オレのバトラーはゆっくりと裂け目に入ると、降下を始める。
途中からモニターは赤外線画像に切り替わったが、通常は漆黒の闇が支配する世界のようである。
“一洸、気をつけろ…… ネクロニウムの反応がある”
アールが伝えてきた。
“了解、ミーコ、アンナ、レイラ、リロメラ、準備を頼む”
“一洸、いつでもいいぜ”
ミーコたちの声がなかったが、恐らくは心配で声もでないのだろう。
「あの、今の声は…… あの時の天使殿ですか?」
「ええ、彼もスタンバイしてくれてますよ」
そのポイントは、裂け目の横にあるただの壁面であった。
この場所に来るまでに、ほとんどの命はもたないだろう。
たいした障壁であり、防御システムだな。
裂け目の壁、その前に浮遊しているオレのバトラー。
「ここが、そのポイントですか」
「ええ、私も来るのは初めてですが、この場所とこの位置に存在できるのは、特別な手法を用いることのできるものに限られます。
本来は翼竜に乗った状態で、“解呪の法”を発動します。
これは、私とマルコシアス様、ベリアルにだけ教えられたものです」
翼竜か。
オレは固唾を飲んだ。
魔族の猛者が見せる本物の魔法、見せてもらおう。
「この、バトラーの壁を開けていただけますか」
「開けます」
オレはバラムに言われた通り、ハッチを開けて、極北の地下数百メートルの大気を肺に入れた。
全く澱みのない、それでいて生身の人間には容赦のない冷たさだ。
バラムが呪文を唱え始めると、バトラーの周りに魔法陣が展開されはじめ、彼女の身体が輝き始めた。
空間がねじれ始めた段階で、バラムの有する魔素量の膨大さが桁外れなのを思い知らされる。
オレをなんだと思っていたのだろう。
これではオレがマズい……
“アール、コックピットのオレだけに作用する位相差シールドって、可能かな?”
一瞬間があったが、アールはすぐ答えてくれた。
“大丈夫だ、自分の周りに覆う様に、いつものようにシールド展開するイメージでいい”
規格外な要望だったのだろうが、オレは自分自身の周囲に位相差シールドを展開した。
一瞬で覆われる自分の少し先は、まるでガラスの外の猛吹雪のようである。
魔素の流動による空間の歪みは、オレ自身に作用することはなさそうだ。
氷の壁面が淡い色に変化し始めた。
始まったな。
「うぐっ……」
突然のバラムの苦悶の声に、術式は破壊された。
目の前のバラムの胸に突き刺さる、鋭いつららのようなもの。
ネクロノイドだ。
【 恐れ入ります、下記お願いいたします 】
お読みいただきありがとうございます。
「面白い、続きが読みたい!」と思われた方、
面白かったら☆5、つまらなかったら☆1で
評価をお願いします、大変励みになります!
ブックマークも頂けると本当にうれしいです。
↓ ↓ ↓
引き続きお付き合い下さいます様、
よろしくお願いいたします!




