第13話 愛と信頼を語る
と思いつつ、うとうとしてしまったようだ。
ミーコが涙を流していた。
人間になって眠っている彼女の顔を見るのは二度目だが、怖い夢でもみているのだろうか。
起こそうと思ったその時、ミーコがしっかりと自分の手をつかんで言った。
「あたしよく夢を見るの、今も見た」
「泣いてたよな、怖い夢だったのか?」
「ううん、昔のこと。
おにいちゃんと初めてあった日の夢」
彼女は、おれが畑のあぜ道を車で走っていた時、道端のダンボール箱から小さい顔をだしてこちらを見ていた捨て猫だった。
車を止めて駆け寄り、話しかける。
お母さんはどこ?
そんなことを言いながら、ダンボール箱の周囲を見回すが誰も何もいない。
箱には生後一か月くらいであろう、小さな命がまっすぐ自分を見上げていた。
見たところケガもないようだ。
白いまだらの毛に、大きく見開いた目が自分への視線をはずさなかった。
グレーのタビーか?
「生まれてから初めてミルク飲ませてもらったの、おにいちゃんから」
急いで家に向かったが、途中のホームセンターでペット用品を一式揃えて帰った。
幼猫用ミルクを温めて子猫用の哺乳瓶で飲ませると、元気よく吸い始める。
親元を離れ一人暮らしを始めてからずっと一人だった自分にとっては、初めてできた保護する対象だった。
今住んでいるここは、ペット禁止のマンションである。
しばらく様子を見てから里子にださなければいけないな、などと考えていた。
「あたしはおにいちゃんしか知らないの、その前のことは憶えてない……
あたしにとって、おにいちゃんが思い出の始まりなの」
ミーコはそう言うと、また泣き始めた。
「おにいちゃんがいなくなったら、あたしは生きていけない」
おれはミーコの頭をしっかりと抱きかかえて安心させた。
ミーコの頭を軽くポンポンとすると、彼女は俺の首筋に顔をうずめてくる。
寂しかったのだろう、一緒にいるだけでは埋められない何かが、今の彼女をそうさせたのだと思った。
拾った翌日、近くの動物病院にミーコを連れて行って健康診断をしたが、元気だとお墨付きをもらった。
その時医者が、
「この子はアメショーだね」
といったので、そのまま信じている。
頬にヒヤッとしたものが触れた。
ちょっと前ならいつもの鼻キスだったが、これは普通の頬にするキスだ。
ミーコは顔が見えないようにオレの首筋に顔をうずめてしまった。
恥ずかしいのだろう。
普段の自分なら嬉しくもあるのだが、今のミーコに関しては男女の感情というより親であり保護者である感情も同居している。
想いを素直に受け容れられない面倒なものがあった。
彼女の二つのやわらかい部分がいくら自分に押し付けられても、この複雑な感情が素直に喜ばせてはくれない。
「ミーコ、心配いらないよ、おれはどこにもいかないから」
自分より少し背が低い彼女は、人間の女性としては割と大きい部類に入る。
今のミーコが半身を無防備に自分に預けている状態は少々重たかったが、もちろんそんなことは言わないでおこう。
静かな低い音域、絶妙で上品な音色の鐘が鳴った。
一階のホールには部屋番号が書かれた小さなポールが立っており、オレたちは自分たちの部屋番号の席に着く。
他にも3組ほど宿泊客がいたようだが、冒険者という感じではなくミーコのような亜人もいなかった。
ローストビーフ? のようなものをスライスした肉とスープ、柔らかいパンとサラダ、ほぼ地球とかわらない満足いく内容だ。
オレの動きをそのままトレースして食器を使うミーコ。
動きを丁寧に真似るミーコが、今の段になって強く愛おしく思えてしまった。
大変美味しかったが、これが何の肉なのかはわからない。
フロントの女性は給仕係も兼ねていたので、彼女に聞いてみた。
「これはなんの肉ですか? とても美味しいですね」
「岩水牛をローストしたものです、うちの看板料理なんですよ」
「すごく美味しい!」
間髪をいれずミーコも言った。
女性は笑みを浮かべて、
「ありがとうございます、よろしければもう一枚お持ちしましょうか?」
「お願いします!」
かなりいい食事内容だったので、気持ち的な余裕が大きくなった。
まるで普通に旅行して、ディナーに満足するかのような感じである。
部屋に帰る途中、ミーコはフロントの女性と何か話をしていた。
先に戻っていると伝えて部屋に戻る。
オレは保管域の中を見てみた。
食べ物は…… チョコケーキがまだ2箱ある。
箱ごと渡すとそのまま消えるのは間違いないので、これは何かのご褒美にひとつづつあげることにしよう。
衣類は自分の分があるが…… ミーコの服を買わないといけないな。
冒険者としての準備も兼ねて、その前に今後必要なものを揃えなければいけない。
とりあえず、女性物の下着だけでも揃えよう。
現在19万G。
宿泊代から鑑み、地球の価値換算でおおよそ20万円くらいか。
早急になんとかしなければならないだろう。
次に装備だな。
どうやって生活費を調達するか、冒険者に限らないが手段によって大きく偏ってくる。
そんなことを考えていると、ミーコが戻ってきた。
「あの女の人、ジュリアさんって言うんだって、すごく優しい人」
「そうか、仲良くなれてよかったね。
自分のことは設定通りに自己紹介できたかい?」
「うん…… 出来たよ」
今の微妙な間はなんだろうか。
予想はつくが、まあいいだろう。
オレは部屋をでると、フロントに出向き受付のジュリアと話をした。
「さきほどはありがとうございます、その、ジュリアさん…
ミーコから聞きました、彼女の話相手になってくれたそうで」
「いえ…… 気立ての優しい彼女さんですね」
やはり“恋人”設定にしてた。
思わず笑いそうになったが、かろうじて抑えられた。
流れで明日買い物にでかける際に女性物の衣料品店でお勧めがないか聞いた。
「この通りを左に出て一本目を左に曲がると、大きな衣料雑貨店があります。
さらに進むと、大きくはありませんがブティックもあります。地図を出しますね」
ジュリアさんは地図にマークして渡してくれた。
「私たちのことを優しく扱ってくれる人はわかるんです。
ミーコさんは、一洸さんと一緒にいられてとても幸せそうですね、
それが伝わってきます」
私たちとは、亜人種という意味だろう。
それでミーコに優しくしてくれていたのか。
部屋に戻ると、ミーコはベッドで寛いでいた。
「ミーコ、明日は買い物に出よう。ジュリアさんに店の場所を聞いてきたからさ。
君の下着や、替えの服とかね」
「……買い物?」
そうか、この子は買い物という概念もないんだった。
ミーコに買い物の説明をしていると、ジュリアさんが部屋の風呂にお湯を流す時間になったと知らせにきてくれた。
【 恐れ入りますが、下記お願いいたします 】
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