第9話
10月末、大喪の礼は執り行われ、その中で千僧供養も執り行われた。
毛利隆元は大喪の礼を施行する際の裏方として奔走したのだが、何とかこの日を迎えられて、更に終わった後、心の底から安堵することになった。
大喪の礼におけるシャム王国とキャンディ王国の争いは、千僧供養の場ではキャンディ王国が筆頭、それ以外の場ではシャム王国が筆頭という半ば痛み分けで、日本の外務省は処理することにした。
千僧供養の場は日本の各宗派が集う場所であり、日本の仏教の興隆をしめす良い場である以上、ポロンナルワが事実の領内にあるキャンディ王国が筆頭の座を占めるのが当然、だが、それ以外の場では友好関係の長さからシャム王国が筆頭を占めるという日本外務省の懸命の説得に、両国大使館共に最終的にはだが、折れてくれたのである。
そして、何分にも初めてのことだらけで、大喪の礼を行う中で、色々と小さな過誤、事故が起こることは避けられなかったが、それでも大きな過誤、事故というものはなく、毛利隆元を含む外務省と宮内省の実務担当者らは、
「つつがなくとはとても言えませんでしたな」
「何分にも初めてのことだらけでしたから」
と大喪の礼が終わった後、何とか挙行して終えることが出来たという安ど感から、そんな苦笑いが混じった会話を暫く交わすことになった。
そして。
「しかし、千僧供養の場に法華が来て、無事に済むとは思いませんでしたな」
「一時は供養の場に来ることを拒む、という噂がしきりに流れる有様でしたからな」
「いや、実際にはかなり揉めたようですよ。多数派が、今回限りの特例だ、と押し切ったそうですが、少数派は憤激しているとか」
「そうなのですか」
父の影響を受けて真宗門徒である隆元は、法華宗徒の内情にうとい。
そのために同僚の言葉に少し驚く羽目になった。
「ええ、法華の根本である不受不施、他宗派の者からの施しを受けず施さず、を蔑ろにするとは何事か、法華の滅亡を招くと」
「そこまで言うことですかね」
隆元は少し首を捻ったが、同僚が周囲を見回した上で、小声で言った言葉に嫌な予感がし出した。
「それに加えて、延暦寺や本願寺の僧侶が千僧供養の場で小声で陰で噂話をしていました。教えというものはきちんと護るべきではないか、法華は自分で言っている教えを守らないのかと」
「えっ、延暦寺や本願寺から法華を招け、と言ったと私は聞いていますが」
そう答えながら、隆元の内心に疑念が浮かびだした。
この辺りに考えが及ぶのは、(史実で)謀略の神と謳われた毛利元就の長男といえた。
これは法華を困らせて、何かするために延暦寺と本願寺が手を組んでいるのではないか。
天皇陛下の大喪の礼を活用して、延暦寺や本願寺が謀略を行うとは流石に思いたくはないが。
隆元がそう考えだすと、同僚は更に気になることを言った。
「大喪の礼挙行に伴い、最近、発行が増えだした各種の新聞が、千僧供養のことを大量に記事にしているようです。日本国内の各宗派が集い、宗派が違うとはいえ仏教を信奉する外国の大使等も参列した盛大な千僧供養は、日本の仏教国としての国威を輝かすものだとも。法華が自らの不受不施という教えの根本を曲げたのも無理はないとも」
「それは素晴らしいですね」
隆元は当り障りのないことを言ったが、嫌な予感はさらに高まり出した。
同僚との話は、その後すぐに終わったが。
隆元は、新聞記事の陰に延暦寺と本願寺の陰がちらついている気がし出した。
こんな記事が垂れ流されては、京周辺では崩御された帝を慕い、悼む声が高いからまだしも。
地方の法華宗徒の多くが、京の法華宗の僧侶達は何をしでかしたと激怒するのではないか。
隆元は嫌な予感がした。
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