第5話
そういった宗教問題は、こういった大喪の礼における参列等の問題にも陰を落としている。
「オスマン帝国大使からは、やはり我が国は葬儀の場には欠席するとのことです。本来なら招待をお受けすべきですが、幾ら儀礼上とはいえど異教の場には参列できない、とのことです」
「そうか」
日本の最大の友好国として、オスマン帝国大使に外交官としては筆頭の席に座って貰おう、という毛利隆元の目論見は、この部下の報告を聞いた瞬間に潰えた。
オスマン帝国が欠席ということは、マラッカ王国等、イスラム教諸国は軒並み欠席するだろうから、そういった点では外交官の参列が減るという利点があるが、別の問題が浮上してくる。
それでは、どの国が大喪の礼の場で筆頭の立場を占めるのか、ということである。
明帝国がいれば文句なしだろうが、明帝国と日本とは事実上の戦争状態が続いており、明帝国の外交官が天皇陛下の大喪の礼の場に参列する等、思いもよらない話もいいところで。
そのために、シャム王国とキャンディ王国が、大喪の礼の場の筆頭の座を争っており、事実上の賄賂の提供合戦も辞さない態度をお互いに示している。
(勿論、日本の外務省側は賄賂の提供については拒んでいる)
そのための打開案として、隆元はオスマン帝国を筆頭に座らせることを考えていたのだが、オスマン帝国が参列しないのではどうにもならない。
ちなみにシャム王国の方が日本との友好関係の歴史は長いが、キャンディ王国は自国内に仏教の聖地と言えるポロンナルワがあることを理由にして、仏式で大喪の礼が行われる以上は、我が国が筆頭になるべきだと言ってくるのだ。
それにシャム王国の方も、それとこれとは話が別だ、と反発の色を示している。
更にコーッテ王国等も、キャンディ王国に加担していることが話をややこしくしていた。
仏教の拠点であるセイロン島を軽視するな、キャンディ王国が筆頭になるべきだ、とコーッテ王国は、キャンディ王国の肩を持つ発言を繰り返している。
事実上の責任者になっている毛利隆元にしてみれば、頭が痛いどころの話ではなく、いっそ出家遁世したいな、という想いが自らの頭を掠めるのも無理がない状況だった。
更に頭が痛いのが、大喪の礼が仏式で執り行われて、それを泉涌寺が主に執り行うことについては、過去の例からそう揉めなかったのだが。
(皇軍関係者は神式での葬礼を主張したが、天文(後奈良)天皇陛下が自分の葬礼は父の後柏原天皇と同様に仏式で、と遺言されたので、それ以上のごり押しを皇軍関係者はしかねたのだ。
また、皇軍来訪から10年余りが経ち、この世界の神仏習合に皇軍関係者も慣れ親しんでおり、天皇陛下がそう仰せならば、と得心する雰囲気が何時か広まっていたのも大きい)
それこそ外国の大使等を参列させるとなると、それなりの広場が必要であり、一朝事あることに備えて京都の西、桂川の畔に設けられていた近衛連隊練兵場が、葬儀の場に臨時に転用されて使用される等の事態が引き起こされた。
更にこうした事態を利用しようと、大喪の礼を利用した謀略が仏教界でうごめきだしたのだが。
まだ、この時には毛利隆元らの耳にまでは入っていなかった。
天皇陛下の葬儀の場を謀略に用いるとはトンデモナイ、という声が仏教界内部でも上がりかねないので、引き返し不能になるまでは内々にしておこう、という意識が謀略を仕掛けた者の間でも暗黙の了解としてあったからだ。
ちなみにその謀略を仕掛けたのは、本願寺であり、それと手を組んだのが延暦寺であった。
もし、このことを、この時に毛利隆元ら、更に国民が知れば、国民は矛先を自分達に向ける。
だからこそ秘密は保たれねばならなかった。
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