第3話
尚、こういった話になると、織田信長の家庭の方がもっときわどい話になりかねないのも事実だった。
「ふん。異国生まれの者達が帝の葬儀の場に参列する等、この世も変わったものだ」
夕食後の一時に勤務先のインド株式会社からの帰りがけに買った新聞を読みながら、信長が鼻を鳴らしながら呟くと、
「お兄様、横を見られては」
信長の傍にいた妹のお市は、それとなく注意を促した。
信長が横を見ると、自分の近くにいる妻の美子が鬼の顔になっている。
妻の美子は、猶子関係から清華家の三条家の姫君であり、更にインド株式会社の代表取締役の一人で、今や従五位下に叙せられ、貴族の末席に連なる上里松一夫妻の養女ではあるが。
血縁だけから言えば、美子は生粋のシャム人でアユタヤで生まれ育った身であり、異国の者呼ばわりされても当然の身であることに気付いた信長は、妻の逆鱗に触れたことに気付いた。
妻の美子は、養父の松一の関係もあり、自分が日本人であるという意識を持っている。
自分の言葉は、私を日本人でないと暗に言った、と妻の美子に捉えられたのだ。
「いや、何か誤解があるようだが。美子のことを言ったのではない。この新聞記事の中に、異国から日本に送られて来た外交官、大使等が、帝の葬儀の場に参列すると書いてあるのでな。時代は変わったな、と思っただけだ」
信長は思わず妻の美子に対して弁解口調になった。
「そうなのですか。私のことを言われているのか、と思いました」
美子はそう口先では言って、表情を緩めたが、目が全く笑っていない。
身重の身でありながら、夫を睨み据える眼光は鋭さを増すばかりのようにさえ思える。
信長は冷や汗を背中にかきながら、更なる弁解に努めた。
「皇軍が来訪する以前は、日本に異国の者が来るとしても、明か朝鮮、後、琉球くらいだったからな。美子が生まれ育ったシャムのアユタヤから人が来るような時代になるとは、以前には思わなかった。それを考えていると、思わず口が滑ったのだ。許せ、許せ」
「分かりました」
美子は、多少、眼光を緩めた。
信長は想った。
美子が妊娠育児に追い掛け回される事態から解放されて、自由に動き回るようになったら、この身が幾つあっても足りなくなる気がする。
それこそ子どもを複数育てていて。更にお腹の中にまでいるから、美子は自重しているだけだ。
何しろ、美子はオスマン帝国のスルタンの後宮に飛び込んで生還したという経験の持ち主なのだ。
元をたどれば、アユタヤの下町で生まれ育ったこともあり、下情にもよく通じていて、自分が労働組合を作ろうと思ったのも、美子の提言があったからだ。
これ程、頭が切れて行動力があっては、美子を家の中に置いておかないと自分が安心できない。
そんなことを信長が想っていると、市が空気を換えようと口を挟んだ。
「それにしても、私が通う初等女学校でも半旗を掲げるとか。このようなことは、本当に初めてです。皇軍が来訪してから、色々と変わったものです」
「確かにな。半旗にしても皇軍が持ち込んだ新たな習慣だな」
信長はお市の言葉に半ば飛び乗った。
「そうなのですか」
美子が口を挟んだ。
「父親の松一殿から聞いていないのか」
「そのことについて話す機会がありませんでしたから」
「確かにそうだろうな。天皇陛下が崩御されたのは、皇軍来訪以来では、初めての事だからな」
話す内に美子の気色が和らぎ出し、信長は少しずつ背中の汗が引くのを覚えた。
「父親の松一殿に確認すればいい。半旗等の習慣は皇軍が持ち込んだものだ。大喪の礼にしても、以前の日本は国を事実上鎖していたからな」
「そう言われればそうでしたね」
美子と信長の会話は徐々に穏やかなものになって続いた。
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