プロローグ
短いギャグです。ラブなし、エロなし、R15は保険です。
「おさがり、下民。見苦しくてよ」
高く結い上げた黒髪を揺らして、令嬢が絹の扇を軽く振る。
鋭く打ち出された空気弾がアルベリク・オージエの肩を突き飛ばし、よろめいた彼はそのまま地面に崩れ落ち――――る、その寸前で大きな掌に抱き留められた。
「何をするんだ、ベネディクト嬢!」
アルベリクの細い肩を抱きとめたのは第四王子のクロヴィス・シュベール、令嬢の婚約者である。彼は鷹の瞳で少女を睨み、柳眉を逆立てた。
「戦場に立つ覚悟のない者は邪魔ですわ。それに彼、乱すことばかり得意なのですもの。隊列も、指揮も、風紀も」
「たかだか訓練で何を」
「訓練だからこそ、ですわ。国境を守る騎士たちはわたくし達が巣から飛び立つのを今か今かと待っているのに、悠長に遊んでいる時間などございません」
微笑む唇を扇で隠し、令嬢は右手の鞭を軽くしならせる。
アルベリクはクロヴィスの腕の中で小さく震えていた。荒事の苦手そうな、柔弱な手足。貴族出身の生徒ばかりの中で、庶民らしい栄養の行き届いていない小さな体躯は少女のように華奢に映る。
グレナディエ魔法学園は、王国軍が運営する唯一の教育機関だ。貴族の中でも卓越した魔力や剣技を持つ者が集められ、精鋭の武官や技官となるべく研鑽を積むための機関である。教育とは名ばかりの社交場とはわけが違う。
「筆頭公爵家に名を連ねるものとして、私の代で落第者を出すわけにはまいりません。その下民が身に不相応な魔力を制御できないならば、元を断って差し上げる方が親切ではございませんか?」
うなる鞭先をアルベリクに向ける。
多大な魔力を見に持て余し、奨学金を受けてこの学園にやって来た庶民出の少年。
それがこのアルベリクである。彼は翡翠の瞳を不安げに揺らし、令嬢とクロヴィスを交互に見遣った。形の良い白い指が、クロヴィスの袖をきゅっと握っている。
(そう、それでいいのよ。あとはちょっと涙を一滴、二滴流したらいいんじゃないかな!! けなげっぽい感じで!!)
扇の陰で令嬢は唇を釣り上げた。
冷酷非情な悪役令嬢ベネディクト・ダルセー。
それが彼女の役どころである。
(お願いだから、今度こそ、今度こそ上手くやってちょうだい!!)
ここは魔性のヒロイン(♂)ことアルベリク・オージエが五人の美少年と行き過ぎた友情を深め合うラブミスティックBLゲーム、『Nouvelle Lune -ヌーヴェル・リューヌ- 』の舞台である。
貧乏OL・杉崎朱音は今、地獄を抜ける瀬戸際にいた。