じこぶっけん
よぉ、オレはとあるアパートの事故物件に住まう悪霊だ。
まだ悪霊歴1年の新米だが、着実に被害者(退居者)を増やし、この部屋の家賃は1万円以下らしい。ビジネスホテルかよ。
まあ、いい。この間、入居希望の女子大生が部屋を見に来やがった。
へへへへっ! この部屋が一体どんな部屋かも知らねぇらしい。まあ、前の入居者は1週間もしないうちに知り合いの家に逃げて、数ヶ月で出払ったからな。どんな部屋かも話す必要はねぇだろ。
今日、女子大生が入居してきやがった。
その日の夜、オレは早速寝ているそいつの上に乗って、怨み言を言ってやった。
さぁ、息苦しさで目を覚まし、オレを見て驚愕するがいいッ!
あと、悲鳴を上げればなおよし!
「うぅ……ううあう……」
ふふふ、魘されてる魘されてる!
さぁ、目を開け……うぇぶしッ!
「ナオちゃん、重いでしょ~~……」
この女……寝返り打ちながら足蹴りしてきやがった。
というか、今、オレのこと触れました????
その後も何度も蹴飛ばされ、この日、オレは初めて敗北を知った。
いや、まだだ!
今日は引っ越しで疲れてぐっすり寝てるだけだ! あと数日もすりゃノイローゼにしてやるぜ!
まずは部屋の壁に人の顔のシミを作ってやるぜぇ!!!
前に作ったヤツは大家が綺麗にしちまったからな。新しいシミの場所はてめぇのベッドの真上だァ!!!!
さぁ、突然浮き出てきたシミで気味悪くなれ!
「さて、寝るか……スヤァ……」
寝るの速ぇよ!!!!!!
しかも、うつ伏せで寝てやがる!!!!
おい、気付け!気付いてください!!!!
く、こうなったら、ポルターガイストだ!
オレはアイツが家に居るときにインターホンを鳴らしてみた。
もうしつこいくらい鳴らした。早押しクイズのボタンの玩具みたいに意味なく押しまくった。
──結果、外された。
「壊れてるみたいなので撤去してください」
元々事故多発物件だったのもあって、大家は神対応だった。
ま、まだだ! オレはまだやれる!
オレは次にとある行動に出た。それは、ブレーカーを落とす。
幸い、あの女は低身長。椅子に乗ってもブレーカーには届かない。まだ入居して間もないしな。この部屋に脚立もない。
ふふふ、暗がりに怯えろ!
「しょうがないなぁ……ナオちゃんが入居祝いに買ってくれたランプとバッテリー使おう~」
ナオちゃん、入居祝いはもっと他にもあっただろう!!!!!
くっ! なんて図太い女なんだ! しかも、珍妙な友人まで持ちやがって!
こうなったら、奥の手だ!!!!
◇
「え、ナニコレ……?」
ふはははははははっ!
見たか! お前が大学に行っている間に、風呂の水を溢れかえらせ、水道の蛇口も最大に開け、さらには電気は全てつけっぱなしだ!
来月の光熱費水道料金に怯えるがいい!
「うわぁ……さすがにヤバいよこれ……私が全部やりっぱなしで行ったのかなぁ?」
んなわけあるかボケェ!!!
ん? なんか、あの女……不安げな顔で電話をかけ始めたぞ?
「あ、ナオちゃん? うん、私……ぐすっ……あのね……私、ちょっと怖くなって……」
ふふふ、ようやくオレの怖さが分かったか……
「私……認知症かも!!!」
確かにその若さで認知症になったら怖いよな!!!!
馬鹿野郎! オレの仕業だよ!!!!
「え? 今から来てくれるの? うん……うん。分かった……待ってる」
何? あのナオちゃんが来るだと?
友人の入居祝いにキャンプ用のランプとバッテリーをプレゼントするような女だ。一体どんな山ガールだ。
ガチャッ!
「あ、ナオちゃん!」
「よぉ、何泣いてんだ?」
ナオちゃん、男かよ!!!!!!!
しかも、イケメンじゃねぇか!!!!!
くっ! まさかこの女が彼氏持ちだとは!
まあ、確かに顔は悪くないし、胸も…………ん?
「…………」
もしかして、この男……オレと目が合ってる?
ブシューッ!
アァァァ目がァァァァァアアアア!
「ナオちゃん、消臭スプレーなんて持って何してるの?」
「いや、なんでもない。さっきまで会ってた友達がタバコくさくてさ。ちょっと臭い移ったから、スプレーかけるわ。ちょっと中にいてくれる?」
「あ、うん。分かった!」
ブシューッ!
や、止めろー! オレに消臭スプレーかけるんじゃねぇ!
あ、死ぬっ! もう死んでるけど召される!
フローラルな香りに包まれたまま召されるゥウウウウ!
オレは天井裏に隠れると、ナオちゃんはおもむろに舌打ちをした。
あの野郎……よくも……
オレの怒りも頂点に達した。
こうなったら、2人もろとも呪い殺してやる!
「ナオちゃん、私、ご飯作るからちょっと待っててね」
「手伝うぞ」
「いいの! 今日は私のために来てくれたんだから!」
よし、あの女はキッチンだな……手始めにあの女の前でコップを割ってやる……!
さぁ、行くぞ……あいでぇ!!!!
「そうそう、レイナ。これ、お前にあげたかったんだわ」
「ナオちゃん、これなに?」
「岩塩」
「がんえん……?」
「そう、岩塩。結構これが固いんだわ……ほら、見てみ」
や、止めろ! オレを岩塩で殴るな!
じょ、浄化されるゥウウウ! 塩で味付けされながら浄化されるゥウウウ!
「本当だ。すごい固いんだね!」
「おう、だから砕いたのをお前にやる」
「ナオちゃん、そっちの岩塩なんで見せたの?」
「なんとなくだ」
く、ナオちゃんめぇ……やりおる……
しかも、イチャイチャしながらメシを食いやがって。
しかし、寝静まった後がお前達の最後だ……!
さぁ、2人とも寝やがった……ん?
なんだ、ナオちゃんがオレの処に真っ直ぐ来やがったぞ???
おい、なんでお前消臭スプレーと岩塩を握ってんだ??
「おい、クソ野郎。お前か……オレのレイナと数日同居してた地縛霊は?」
ち、違います! どちらかというと、お前の彼女が勝手にオレの縄張りに……!
ブシューッ!
ぎゃぁぁぁ!!!!
「そんなことはどうでもいいんだよ? 例え、地縛霊だろうが自分の彼女と同居してること自体が気に食わねぇんだよ……! おまけに気になって、レイナとイチャイチャも出来ねぇよ!」
んな、理不尽な!と言うか、存分にイチャイチャして……あいでぇ!
が、岩塩は止めて! 消臭スプレーもやめて!
「選べ。薔薇のフローラルな香りに包まれて昇天するか、いい塩梅な塩加減で浄化されるか、それとも自分で消滅するか」
ど、どのみち、召され……ァァァァァァァァアアアア!
◇
オレの最愛の彼女は図太い。
その性格と霊感がないおかげで心霊現象なんて気付かないし、強い力で護られているから悪霊の攻撃も効かない。
おまけに可愛い。まさにパーフェクトである。
「ナオちゃん……何してるの?」
一仕事終えたオレに気付いたレイナが、寝ぼけ眼を擦りながらこちらを見上げる。
「ううん、ちょっとトイレから戻ってきたところ」
オレはスプレーと岩塩をこっそりしまって、ウトウトしている彼女の頭を撫でてやった。
「ナオちゃん……?」
「いいから、はよ寝ろ」
「う……うん……」
元々ウトウトしていたのもあって、すぐに彼女は寝息を立てて寝てしまう。
「よし、あとは幽霊が侵入しないように結界張ろう」
幽霊が見える男は大変なのである。
ナオちゃんがやったスプレー攻撃や岩塩攻撃で本当に除霊効果があるかはわかりません。