午前0時の憂鬱
静寂は、過去を導く標となりやすい。
陽が姿を消して街が静まりきる少し前に、日付の変わる時間は在る。
夜になると思い出される記憶は、このところ変わらない。
原因を求めればすべてが自己に帰結する。
自己嫌悪だけが、累積されるばかり。
涙は溜まれど、何も改善されず。
停滞した時間と夜闇に包み込まれるばかり。
鳥の声が聞こえた。朝を告げる声に似ていた。
夜明けを探してカーテンを開けたら、終電から降りた人影があった。
これから夜が更けてゆく。
朝はその向こうで待っている。
携帯電話が鳴った。
着信音と同じ、アラームの音が鳴った。
小さな画面に映るいまの時間。
はたして何のために設定したのだっけ。
記憶を探れど思い当たる節はない。
浜に打ち寄せる波を蹴った夏があった。
ぬるい海水は髪をべたつかせて、足に砂を飾り付けてきた。
つられて寄せるぬるい風に乗らないように麦わら帽子を押さえていた。
それは本当の記憶だろうか。
どこかで目にした物語かもしれない。
風はずいぶん冷たくなった。
あの海ももう冷たいだろうか。
あの海の存在は確かな気がした。
この耳には音が届く。
空気の揺れが鼓膜に伝わって骨の揺れになり電気信号が脳へ届く、それが音の正体だといつしか知った。誰に教えられたのか自然に覚えたのかは思い出せないけれど、割と初めのほうに知ったものだった気がする。
太陽の姿が見えなくなって気温の下がった時間を夜と呼ぶのだといつしか知った。その時間は示し合わせたように皆が音を立てないで動く。人も動物も植物も、街の中の鉄の塊も、一様に眠ったように静かに動く。
耳を立てれば聞こえる音が昼と違うのはそもそも音の質が違うのもあるだろうし、熱が少ないのもあるのだと思う。
夜に矯正された振動が耳に届く。この痛いようなかすかな揺らぎを夜のしじまと呼ぶのだといつしか知った。誰に教えられたのか教科書に書いてあったのか、もう思い出せないけれど。
それを知らなかった自分には、もう遭うことができない。