死徒集結(デス・パレード)解散!
この街に君臨する実力者である“蒼炎”の戦闘能力を“嘲弄”はよく知っている。三十階層のボスが相手だろうと、万に一つも敗北は有り得ない。
しかし、少しだけ気がかりな事があった。それに反応するようにピクリとオ・カマーの眉が動き、怪訝な顔つきに変わっていくのを理性で自制する。
あくまで自然体に。何でもないように言葉を選び、舌に乗せていった。
「……でもそうねぇ。長引かせたらアレだし、短くしましょうか」
「え? 短く??」
「そ、短く」
“蒼炎”はその異名に相応しい色――蒼空を想起させる鮮やかな大剣を握り締め、剣先を六本腕の鎧武者に向けて大上段に構えた。
「―― さぁ、闘争を始めようか」
が、その言葉を耳にした途端、オ・カマーはクワッと目を開いた。こんにゃろう、闘いを楽しむつもりね? そんなの許さないわ! そう言わんとばかりに眦を釣り上げる。
「一分よ、ドラちゃん! 一分で片付けなさいっ!!」
「「えっ?」」
その場に居た総てがオ・カマーに向けて驚愕の表情を投げた。
「え? 本気で?」という目線と、「え? そんなに疾く!?」という目線と、「え? 儂、一分で屠られてまうん?」という目線が突き刺さる。が、これをオ・カマーは完全に無視。
「一分以内に倒せたならご祝儀! ただし――」
“嘲弄”の持つ奇っ怪な長剣が甲高い音を放っていく。それはどう聞いても、刀剣解放時に発する魔力の集束音だった。
「一分以内に倒せなかったら、お仕置き!!」
「ぐっ具体的には!?」
あら、お仕置きの内容が気になるの? 欲張りさん。でも良いわ、教えてあ・げ・る♥
「あんたごとぶった斬る」
「えっ」
「アンタごとぶった斬るッ!!」
二秒ほど、守護階層にて奇妙な静寂が舞い降りた。六本腕の鎧武者も動けなかった。オ・カマーの手に握られた剣に集約されていく力は本物だったからだ。
「本気よ?」と応えるように、斜め後ろに立つ少女の肩をバシバシと叩きながら、オ・カマーは叫ぶ。
「この娘の仲間が待ってんのよ!! 一人で殺るっつったんだから、さっさと倒しなさい! はよぅっ!!」
「う、うぉぉおおおおおおおおおおおお!!!」
本日、一番気合の入った声が守護階層を震わせていく。それは死期を察したが如き絶叫だった。
「えっ、ちょっ、あのっ」
「心配要らないわ。Aランクの冒険者は戦いの最中、どんな茶々入れられようが油断無く戦える。それが出来てこそ西方支部の最高戦力――見なさい」
“蒼炎”が十五メートルはあった彼我の距離を直ぐ様詰め終えて、鎧武者の左腕目掛けて剣を振り下ろす。
だが鎧武者の反応も早い。対応の型も的確で、左腕に構えた武器はいずれも剣閃を遮り、威力を減ずる位置にあった。
「――――……うそ」
呆然と呟く少女の声が、静かに響く。
その剣閃は、炎のように揺らめいて見えた。刹那、耳を劈く金切りの絶叫を経て、一刀の下に総てを断ち斬っていく。
丸太のように太い腕も、血塗られた装具も武器も。押し込まれ、圧し折られ、捻り斬られて―――弾かれたように宙を舞い、地に落ちた。
「呆けている暇なんて無いわ。アンタは、アンタに出来ることをするのよ」
そう言われた少女は、ハッと意識を引き戻す。……でも、自分に出来そうな事を直ぐに思いつけなかった。だから素直に聞いた。聞いてしまった。
「どうすれば良いんですか!?」
オ・カマーは大真面目な表情を作って、そして答える。
「応援よっ」
「えっ」
「応援するのよ!!」
聞き間違えじゃなかった! 少女はこんな状況で初めて聞く単語に目を丸くする。だが、よくよく考えてみれば合理的な気がしなくもない。戦闘に参加しようにも戦力差がありすぎて、邪魔にしかならない自分の姿がありありと目に浮かんだからだ。
「でも、何の意味が……っ」
「アンタ知らないの!? ――男って奴はね、可愛い女の子からの声援を糧に出来る単細胞生物なのよ!!」
「!!」
なお彼女のチーム“スレイプニル”は女所帯で男のメンバーは一人も居ないことを此処に記しておく。
こうも堂々と言われてしまったら、そうなのかもと納得する方向に軌道修正せざるを得ない。なにせ目の前に居るオカマは此処まで少女を無傷で連れてきてくれた実力者だったからだ。何より血に塗れるばかりの冒険者が怖がられることなく、素直に可愛いと評されることは滅多に無いことも強力に後押しした。
「声援を力に……!」
「そう! だからこっちに来ながら応援するのっ、さんっはいっ!」
等速直線運動で先の階に続く扉に二人はゆっくりと近づきながら。空いている手で筒を作り、“蒼炎”に声援を送った。
「フレッフレッ! ド・ラ・ちゃん!! フレッフレッ! ド・ラ・ちゃん!!」
「がんばれっ、がんばれぇぇぇ~~~~~~~~~!!!!!」
「!!? ――ぬぅんッ」
ダンジョンに引き篭もることで強さを追求する日々を送るあまり、異性から本気の声援を贈られることに慣れていなかった“蒼炎”の四肢に不思議な力が宿り、剣に凄まじい圧が乗った。
「おぉぉおおおぉぉぉおおおおおぉぉおおおっらぁあああああああ!!!!」
「凄ッ!?」
本当かウソか、そんなことはどうでも良い。“蒼炎”にとって、顔を真っ赤にしながらも応援してくれる女の子が居てくれたという事実が全てだった。
結果として、鎧武者は戦闘開始から僅か四十六秒で討滅されるという、最短記録を打ち立てられたことだけが事実として残ることになる。
「殺ったどぉ~~!!!」
「あ、こっち開いたわね。さー行くわよ~」
両手を握りしめて勝利を喝采する“蒼炎”を尻目に、オ・カマーと少女は悠々と戦線離脱していった。