紅茶しばき隊、ドラ(息子)ちゃんも居るわよ!
―――― 新人教育から二週間経った頃。
オ・カマーはギルド支部の二階に位置する広めの控室で紅茶で喉を潤しながら、冒険者御用達の新聞紙を読んでいた。この部屋には様々な情報雑誌が置いてあり、日々の出来事を収集するに事欠かないからだ。またギルドマスターから急に呼び出しを喰らった時、出向くのが面倒だから此処に入り浸っている。
それと、もう一つ――
「う、うわぁぁあああ~~~んっ!!」
バァン! と豪快な音を立てて、ギルドマスターの書斎に続く扉が開いた。ドタドタと出て来たのは青の全身鎧を着込んだ褐色の肌を持つ白髪の優男で、いい歳こいて滂沱の如く涙を流しながら控室に走ってくる。
迷うこと無くオ・カマーが座っているソファに向かって爆進し、全体重を使って床を削りながらブレーキを掛ける。どうやらアタシに用事があるようね、とオ・カマーは読んでいた新聞紙を綺麗に折り畳んで専用のラックに仕舞うと、優男の方へ向き直った。
「どうしたの? ドラちゃん」
なおこの呼び方は彼の渾名である。正確にはドラ息子ちゃんだ。より酷くなった気がしたが、オ・カマーは気にしない。
何でも彼は歴史ある商家の生まれで、実家を切り盛りしたり、数字を追いかけるよりも剣を振り回す方が性に在っているとか言い出して、結果冒険家業に人生を全振りした親不孝者と聞いている。
だが当人と話をしてみると彼は三男坊であり、討伐依頼などで発生した副産物――お持ち帰り可の貴重な素材を卸すことで実家の資金を潤している。また最高ランクの冒険者に位置するも、その実力に慢心することなく元気に生還してくる中々の孝行息子。
人懐っこく、気さくでカラッとした性格で、オ・カマーにからかわれながらも平然と付き合える意味浅な関係でもあった。
「聞いてよオカマもぉんっ!! また支部長に虐められたんだっ。『君は新人教育をどう考えているのかな? 少しはオ・カマーくんを見習い給え』って!!」
「あらアタシ、また何かやっちゃった?」
と言いつつも、過去にやらかしたことなどオ・カマーの記憶の彼方から完全追放済みである。文句あるならかかってこいやぁ! と、喧嘩上等の看板は未だ外されていない。しかし最近は大人しくしていた筈だけど、と本気で首を捻ってみる。
「君が最近指導した新顔が目覚ましい活躍をしているって言うんだよ!!」
「へぇ~へぇ~へぇ~」
「僕は何時ものように殺気をぶつけて、この世界の厳しさの一端を知ってもらおうとしただけなのにぃっ!!」
ちょっと待てぃ。
「一撃で心を圧し折る方針から転換しなさいって説明、あったわよね?」
期待できそうな後輩来ないと寂しい、寂しくない? と、ギルドマスターがこの街に君臨する高ランク冒険者達を掻き集めて臨時集会を開いた時の事を思い出す。
『とりあえず殺気ぶつけて再起不能にするのは止めよう』→『は? 馬鹿なの? 死なせるの?』→『フッ、オ・カマーが手本を見せてくれるぞ』→『ほう、それなら成果見せて貰ってから考えようじゃないか』という流れで一時解散。そして一週間が過ぎた頃から高ランク冒険者は極一部の事情を知っている者を除き、揃いも揃ってぐぬぬと苦虫を噛み潰す羽目になった。
そう―――この前鍛えた両手に華パーティは同世代の、何も指導されていない新人と比べて明らかに動きが違っていたからだ。日々勉強を欠かさず、他人に教えを請う姿勢は真剣そのもの。教える身としても気分が良いと、反応は総じて良かった。今では恵まれた容姿も相まって、可愛い弟や妹が出来たようだと『尊み』に浸る冒険者も増えてきたものである。
そんでもってそろそろ頃合いかなぁと―― 依頼主であるギルドマスターによって、かの少年達がオ・カマーの手によって指導された子であると知らされた時、ギルドは荒れた。超荒れた。
これぞまさしく“お手本”だと、完璧な成果を見せつけられ、高ランクの冒険者達は負け犬の遠吠えを発することすら許されなかった。それをすれば死ぬ。オカマ如きに自分の自尊心が殺される。自害せねばならぬと歯ぎしりが止まらない。
――― え? アンタ達、オカマ相手に手も足も出ないの? ド★無♥能 そう言われたような気がしてならなかったのだ。
あくまで気がするだけだし、オ・カマーはこの件について何も喋っていない。が、一言もコメントしないで優雅に茶をしばく姿は『この程度のコト、できて当然よね?』そう言われている! 畜生!! ……そう解釈され、高ランク冒険者達の心をずたずたに引き裂いた。オ・カマーにしてみれば冤罪も良い所だが、当人達にとっちゃ心の痛みが真実である。
なお今日まで発覚が遅れたのは、ダンジョンに突貫させるタイミングをオ・カマーが意図的にズラしていたからだ。日が落ちるとモンスターが凶悪になるという法則を利用して、ボロ雑巾のように疲れ果てた少年達を夜のダンジョン一階に放り込んだが故に目撃者が非情に少なかったという訳である。とんだ鬼畜師匠の所為だった。
さて、話が盛大にズレ込んだが本筋に戻そう。そんなワケでB以上の高ランク冒険者はウブな後輩をなんとか一人前にすべく、自分なりのやり方を編み出して成果を上げろという、ふわっとした依頼を対抗心から引き受けてしまったのだ。そして目の前にいる優男も例に漏れず……いや、特に何も考えずに引き受けたのだろう。
「絶対こっちの方が良いと思うんだけど、仕方がない。僕は適当な装備でも与えようと思う――」
「乞食と姫プレイが増えるだけだから止めなさいって。つーか、金で解決しようとするな、金で」
「何故だい!? お金は大抵のことを素早く解決してくれるじゃないかっ!」
「道具は買えても心意気までは買えないのよ!! モンスターが目の前に立った時に、財布の中身が何してくれるっていうのっ!!」
「ハッ――そうか、そうだった……!! 僕が……僕が間違っていたんだね……っ」
優男は目尻を小手で拭うと、晴れやかな顔をオ・カマーに向けた。
「ありがとう、オ・カマー。君のお陰で助かった……今晩はぐっすり眠れそうだ」
「いや助けてないし寝るんじゃないわよ。神経すり減らして夜なべして解決策考えなさいよ」
「報酬なら弾むよ!! 対策を考えてくれよ、オカマもぉんっ!!!」
「何言ってんのっ! 宿題は自力でやるもんよっ!!」
―― とは言うものの、解決策を自分の頭で捻り出せないのなら報酬をチラつかせて解決を依頼するのはアリ寄りのアリだった。それがダメとか言い出したら、必要なモノ総て自分で拵えないと駄目だという理屈になる。人間は分業を否定出来るほど長生きでも器用でもないのだ。歩く死者で地上が埋め尽くされた世界でもあるまいし、人生の浪費は慎むべきだろう。
「君こそ何を言ってるんだい。成功者に聞いたほうが解決が早いじゃないか」
「……アンタ、間違いなく大物だわ」
「フッ、いくら褒めてもケツの穴は貸さないよ?」
「要らんわっ!!」
そしてオ・カマーに直接聞く辺りドラ息子ちゃんは有能だった。どうすれば良いか、解決した当人に面と向かって訪ねてくる人間は希少だ。プライドを捨てられれば有効な手段であることは間違いない。
「てか、アンタまで駆り出されたワケ?」
紳士然とした言葉遣いとは裏腹に、純度98%の戦闘狂に後輩を育成しろとか、適正無いのに職業訓練させているようなものだ。尤も、それはそれとして何事もやってみなければ分からないという理屈があるのはオ・カマーにも理解出来るが。
「僕としてはダンジョンに潜ったり、郊外のモンスターをブチのめしている方が性に合っているんだけどね。支部としては組織の安定が急務と考えているようだよ」
「あー、最近ダンジョン活性化してるもんねぇ。それこそ内外、国さえ問わず」
「あぁ。その先触れであろう、雑魚との邂逅頻度がここ最近高まっている。何処ぞのエリアから溢れ出した、なんてことになればコトさ」
「溢れ出る程度ならまだ何とかなるわ。転移石で逃げれば良いんだもの。問題は――」
「階層主が通常の時期よりも早く湧いた時、だね。最悪、階層が遮断されて若手が虐殺されかねない」
ダンジョンの固有階層に鎮座する強大な力を持つ魔物、通称階層主と呼ばれる存在は、ダンジョンの外に人をはじき出す転移石という道具を無効化する力を持っている。邂逅したが最後、上下階の入り口出口は即座に塞がれてしまい、通常、戦う選択肢しか残してくれない。
金をケチって転移石を人数分だけしか用意していなかった場合――全滅する確率が跳ね上がる。しかも厄介なのが、湧いたボスの強さ次第では上下段五階まで転移石の効力が封じられてしまうことだ。助けに往くのも、地上に戻るのも困難な状況が発生し得る。正常な判断を下せず、パニックになり、転移石を無駄に使い切る状況も過去の事例として在った。
だから、事前に必要な情報を集めることが出来るパーティなら何とかなる。異常事態に突然の危機が絡んだなら、最悪があり得る。それだけのことだが、ギルドマスターは良しとしない。モンスターの異常発生と絡めて、階層主の早期撃退ないし撃滅を依頼するだろう。確実に帰還を期待出来る最高ランクの冒険者に。
「失礼します!!」
ギルドマスターの書斎に続く扉ではない、下の階に続く扉が勢いよく開かれる。耳の尖った亜人種――エルフの受付嬢が一瞬奥の扉に視線を向け、すぐに切った。彼女は部屋の中央まで歩を進めると、丸められた依頼受注書を手に、はっきりとした声で告げた。
「Bランク冒険者のチームから救援依頼が来ましたっ。出撃して下さる方は居らっしゃいませんか!?」