チンピラマン、新しい顔よ!
薄暗い酒場の一角、丸テーブルが置かれているにもかかわらず相席用の椅子を排除し、ドォンと置かれた豪奢な椅子に一人凭れ掛かり、葡萄酒をちびりちびりと呑んでいる――スネ夫みたいな髪型をした青年が優雅に脚を組んでいた。
その髪は輝くような黄金で、背丈は高く、筋骨は意外とがっしりしており、顔立ちも整っているのに……頬を染めるような薄紅色の化粧をしている。
オネエ言葉を使うオカマなのかな? と一瞬感じ取ったヤツは悲しいかな。正解です。
名は、オ・カマーと言う。二十代の冒険者であった。
そして当然のごとく偽名だ。こんな名前を本名にしているヤツは居ねぇよ。
――そう、誰もがそれを知っていたが、コイツを我々の正式な一員ザマスと登録した冒険者ギルドは慢性的な人手不足に悩まされており、出自が凄まじく怪しかろうと、偽名を堂々と使われようと、結果さえ出していれば文句を言ってこなかった。口を噤む他無かったのだ。
そしてオ・カマーは他方と比べても優秀な成績を収めており、依頼者からの反応も上々。となれば、特段非難する筋合いも出てこない。オカマであろうと使えれば上等なのである。
ぶっちゃけた話――仮に前科者であろうと、トラブルが実際に発生したならば官吏に突き出せば終わる話だ。それまでは捨て駒扱いで行って来いと、ギルドは金になるが過酷な仕事を優先して振っていた。手堅い仕事は堅気の領分。ごろつきにはごろつきに相応しい仕事があると言って憚らない。
無論、依頼が一向に解決されないのは信用問題にも関わりかねないため――ある程度必要になる情報は流しているものの、統計を出せばそういった仕事は任務途中での死亡率が高いことは否定出来ない。
だが、そんな現状を覆したいのなら「誠実たれ」と、ギルドはギルドでスタンスを崩さなかった。
大人しくしていろ。無闇矢鱈トラブルを起こすな。忠犬のように顔を伺っていれば餌はキチンと与えてやる。
管理する側の傲慢であれ、なるべくしてなった社会制度に適応出来る者とできない者――
前者であり、勝ち組に位置するオ・カマーは我が物顔で葡萄酒を呷っていた。
「ぎゃはははは、で、よー! おっ、んだぁコイツぅ!」
と、そこにガラの悪い、いかにもチンピラ然としたスキンヘッドの若造が酒場に入り込むなり、酒に酔った勢いなのかオ・カマーに絡んできた。
ギルドのクエストを請け、依頼を達成し、無事に戻ってきたという高揚感もあるのだろう。怖いもの知らず。その体現者であるが如く、馴れ馴れしく肩に手を回して酒臭い息をオ・カマーに吹きかけてくる。
「おいおい、絡んでやんなよかわいそーダルォ!?」
「ひひひひ、あーんな構ってちゃんに遠慮するこたぁねーだろ。オカマだぜ、オ・カ・マ!」
仲間であろう連中は下衆な顔を浮かべて、無責任に煽って大爆笑中。
「アタシ、お酒楽しんでいるんだけど。つーか、アンタら誰よ?」
「あぁん? 俺様達は――Cランクのぉ~」
「へぇ~」
見せびらかすようにギルドの一員である証、銅の色をしたギルドカードの付属品をオ・カマーの眼前に突き出してきた。
やれオーガを倒しただの、テメェもボッコボコにしてやろうかだの、その気色悪い化粧は何だのだと、あることないことを吹聴し、オ・カマーに突っかかる。
金髪の美青年はふぅ、と溜息をわざとらしく吐いて――適当にあしらって貰おうと、酒場のマスターに視線を投げようとした瞬間。
……マスターが声を発する前にチンピラ一号が「お前も酒を飲めよ」とワインの入った酒瓶を逆さにし、オ・カマーの頭にドボドボと浴びせ掛けた。
オカマだから逆らわないとでも思っていたのか、それとも酒が入って善悪の区別も曖昧になったのか。まぁどっちでも良い。格好が台無しになったのは同じことだ。
酒場のマスターの顔色が真っ青になって拭き上げていたガラスコップを床に落とすのと、長い舌で美味そうに自分の顔を舐めあげるオ・カマーが立ち上がるのは同時だった。
「アタシも奢ってあげるわ、火酒♥」
パァン! と、小気味良い音が響いた。張り手でも食らったのかと笑っていた連中が目を細めて眺めていると――徐々にその顔が引き攣っていく。
チンピラ一号が喰らったのは張り手ではなく、酒瓶で。縦に振り下ろされたガラスは一瞬にして割れて飛び散り、衝撃で意識が飛びかけたチンピラは己の絶叫と痛みで覚醒した。
「あ”ああああああああああああああああああああああああああ!!!」
度数七十を超える火酒を顔面から被り――どうやったのか次の瞬間、火が着いたのだ。結果、首から上が轟々と燃え上がり、熱と痛みで臓腑の底から悲鳴を吐き出す。のたうち回って痛みを和らげることすら許さないと言うように、オ・カマーの両手は優しく肩を包んで体制を固定していた。
「かひゅ――」
「あら、痛い? 喉も焼けちゃったかしら。じゃあはいコレ、追加メニュー♥」
割れた酒瓶の残りを片手に、トドメと言わんばかりに顔面に突き刺す。仰向けに倒れた衝撃もあってか、血が四方八方に飛び散ってちょっとしたスプラッタショーになった。少しばかしヤリ過ぎな気がしなくもないが――中途半端に死線を潜った冒険者は総じて無謀である。喧嘩を売ってはいけない相手にも粋がって喧嘩を売りつけてしまう。だからコッチも躾を行う時には手を抜けないのだ。
(……実力差を見抜けないとかコレはもう一種の悲劇ね。まぁ、他の連中は怒りを通り越して凍っていることだし、抑止としてはこんなもんかしら?)
「お、オ・カマー……さん、そ、その辺で」
酒場のマスターが恐る恐る声を掛けてくる。冷や汗流しているフリをしているが、オ・カマーは水の入ったコップに指を突っ込んで顔に塗り付けているのを知っていた。演出ってス・テ・キ♥
「そーね、アタシのカラダをベタベタにしてくれたお礼はこんな所で良いかしら?」
「テッ」
テメェと口走りかけた絶妙なタイミングで、オ・カマーはしゃがみ込んだ。
仰向けに倒れてピクピクと痙攣した哀れなチンピラ一号に向けて手を差し出す。指元に意識を集中させると魔力が集まり、薄い緑色の球体を形成していく――
「酒の席で殺したりはしないわぁ。で・も、これは見せしめよ? 実戦形式のね」
まるで時が巻き戻っていくかのように、チンピラ一号の顔面に突き刺さっていたガラスの破片が顔から抜け、火が消え、火傷と切り傷が癒えていく。焼け落ちた筈の髪の毛も復活――いや促進し、ファサっと右目を隠すように覆われた。直視することを躊躇われたほどの顔面は癒えるだけでなく――何故か肉付きが整えられ、見違えるほどになっていった。
「その顔はサービスよ。とっておきなさい」
凄まじく高度な聖癒術と肉体操作。酔ってたとは言え、Cランク冒険者が揃いも揃って酒瓶で殴り飛ばされた瞬間を目視出来なかったこともあり、力の差を見せつけられた冒険者たちは仲間の息があることを確認すると、
「御見逸れしました!!」
――と、揃って土下座を敢行。地面に頭を擦り付けるようにして謝罪した。
オ・カマーはふん、と鼻を鳴らすと両腕を組んで叫ぶ。
「アンタ達、有り金出しなさい! 酒場のマスターが誠意を見せろと仰ってるわ!!!」
「「「はっはいいぃぃぃぃ!!!」」」
じゃらじゃらと稼いだ金をテーブルに差し出し、未だ気を失っている仲間の腕を肩に回して逃げるように去っていった。その間、わずか1分の出来事である。
「全く……お仕事でもこの格好が台無しになるのは嫌なモノね! アタシ帰る!」
「へ、へい。依頼主にはあっしから報告しときやす」
横柄になっているCランク冒険者共に、傷害にならない程度の冷水を浴びせて欲しい――そんな依頼を引き受けたオ・カマーはぷりぷりと怒りながら出ていこうとする。
「あ、あの……オ・カマーさん?」
「フッ、そのお金はアタシの奢りよ。迷惑掛けた他の連中のタダ飯タダ酒にでもしてやりなさい」
「……いえ、他に客が居ないんですが。というか今日はホントなら定休日で」
「……」
やけに静かだと思えばそうだったと、被害を最小限に抑えるためにわざわざ定休日を指定していたことを思い出す。外の客引きのお姉ちゃんは看板に精細な絵を書き込んだハリボテで、「いらっしゃいませ~!」とご丁寧に吹き出しまで付いていた。まぁチンピラ達にも気付かれなかったし、別に良いだろうと目尻をキッと釣り上げていく。
「未来の新規客にでも優しくしてあげなさい!! ……あ。ちなみにあの顔面は子供に受け継がれないから意味ないわよ?」
あの騒動の最中――聖癒術をギラついた目で見ていたマスターが、この日初めて、悲しみによって崩れ落ちた。せめて髪だけでもと懇願するマスターに、オ・カマーは非情な宣告を下す。
「悪いこと言わないから短く刈りなさい。長さで補うとすればするほどハゲはみっともなく見えるわよ」
マスターは啼いた。オ・カマーは今度こそ振り返らなかった。