王都への旅(2)
街は結構な大きさで、宿場町として栄えているのだという。
この世界の馬車の速度は大体同じにしているので、休憩する場所もそんなに変わらない。
サービスエリアの代わりに駅があり、大きな新幹線の駅の代わりに宿場町がある。……江戸時代とか、そんなだっけ?
なので馬車での旅だと、ほぼここに泊まることになるんだそうだ。
「でもそれだと、道が混んだりしないんですか?」
折角だからと街の入口で馬車を降りて、徒歩で宿まで歩くことになった。
春ということもあって日はまだ高く、市場も終わりごろだけど盛況そうだ。
前の時はじっくり見られなかったから、ルト様のわたしへの気遣いなんだろう。
普段の言葉遣いで十分主人と召使いに見えるし、はじめての旅にはしゃぐメイドという体なら、まあ、ぎりぎり許されると思いたい。
「時期によって多少は。ですが、そこまでではないですよ」
わたしたちが到着したのも、街の門が閉まるかなり前だ。
混まないように調節して、早めに出たりすることも多いという。
流石にシーズンの最初と最後は混むそうだけど、そもそも現代世界のようなコンクリの道ではないから、多少横にずれても問題ない。
民家もなにもないし、馬なら土の道のほうがむしろ走りやすい。……乗ってる人間は大変だけど。
宿も、混むシーズンは貴族たちは縁のある家に泊まったりするので、泊まれないということもない。
一部の宿屋は普段は別の店だったり、空き家だったりするのだとか。
ずっと続いている形式なだけあって、そのあたりはちゃんと考えられているわけだ。
ふむふむと聞いている後ろでは、ウェンデルさんがちょいちょい買い食いをしている。
あとで食べましょうね! と言っているので、わたしの分もあるらしい。
そうこうしているうちに到着した宿は、流石に公爵が泊まるだけあって、かなり立派な代物だった。
上の階が貴族が泊まるフロアで、下が付き添いが泊まる大部屋らしい。
食堂も使うのはメイドたちだけで、主は部屋でとるのが一般的みたい。
……まあルト様は用意していたラフな服装に着替えて、しれっとわたしたちと一緒に食べてたけど。
ここはすでにルト様の領地ではないので、誰も気づいた様子はない。
フリーデさんたちもいつものことですから、と黙認してくれている。
そう考えると、これは貴重な時間なんだろう。
普段は、いくら幼なじみでも他への示しがつかないからと、ジャンさんたちはきっちり線引きをしている。
邸に勤めているのは、慣れ親しんだ使用人ばかりじゃない。
厳選しているし少数精鋭だけど、それでも、格式だのなんだのを気にするひとはいる。
わたしだって本当はみんなで和気藹々と食事をしたいけど、それができないのは理解している。
だけど今なら、うるさく言うひとは誰もいない。
「いい加減、豆嫌いを治したらどうですか」
「……別に食べなくても死にませんし」
グリーンピース的なものを必死に避けているルト様に、言葉だけは丁寧にしながら、ジャンさんが自分の分まで皿に追加して睨まれる。
──こんな光景が見られるなら、旅行、もっとしたいかもしれない。
食事が終わり、ルト様が上の部屋に行くのについていく。
部屋は結構広い、続き部屋にはなってないけど、ベッドだけってことはなく、食事をするためのテーブルにソファに書き物机と、一通りそろっていた。
ぱたんと扉を閉めると、ルト様はさっさとソファに陣取って、にっこり笑顔でわたしを手招きした。
ちょっと悩んだけど、誰も見ていないからいいか、と横にすわる。
当然のように肩に手が伸びてきて、引き寄せられた。
よいしょっと体勢を変えれば、ぎゅっと両腕で抱きしめられる。
それから、軽いキスがいくつも、あちこちに降ってきて、少しずつ深くなっていく。
「……本当はこのまま、一緒に眠りたいところですが」
長いキスに息を切らせていると、熱を持った瞳に見つめられる。
……それは、できなくはない、けど。
メイドに手を出しているご主人、って思われるのは、ちょっと嫌だ。
「あなたも皆と眠るのを楽しみにしていましたしね」
わたしの視線で言いたいことを察してくれたらしく、ぽんぽんと背中を叩かれた。
「その代わり、朝は起こしにきてくださいね?」
「……はい、勿論」
それくらいの我が儘なら、お安い御用だ。
うなずくと、ルト様は嬉しそうに笑って、最後にお休みのキスを額にくれた。
そのあと大部屋にもどって、女性陣と一緒に寝……る前にお約束のようにおしゃべりをした。
ウェンデルさんをはじめ、護衛のひとたちもわりと年齢が近いし、フリーデさんはいないので、楽しい時間だった。
普段は距離を考えてくれるけれど、今夜ばかりは無礼講みたいな感じで、まあ……内容が恋愛ものばかりだったのはしょうがない、そのせいでウェンデルさんは途中で寝てた。
あまり声を出すと怒られるからと、こそこそするのも修学旅行みたいで。
ルト様にはちょっと申しわけないけど、楽しい気持ちでいっぱいで、ぐっすり眠ってしまった。
そして翌朝、約束どおりルト様を起こしにいく。
なにせ寝起きの悪いひとなので、ノックしても当然返事はない。
堂々と開けさせてもらい、ベッドへと近づくと、やっぱりルト様はまだ寝ていた。
まあ、これは予想どおりなので驚かない。
べりっと毛布を剥ぎとってしまうと、肌寒いらしく身じろぎした。
「ルト様、朝です、起きてください」
宿の朝食時間はざっくり決まっているので、あまり遅くなるとごはんにありつけない。
旅先の食事は珍しいので、わたしとしては外したくないわけで、早く起きてほしい。
ぐいぐい押していると、ようやくルト様の目が開く。
「おはようございます」
「……おはよう、ございます」
目が覚めてしまえば聞けない、ふやけた声。
人前ではしっかりして見せてるので、こういうところが見られると、すごく嬉しかったりする。
「お腹すいたので、はやく起きてください」
すなおに言うと、まだ眠そうにしながらも、小さく笑う。
少し長い髪の毛を跳ねさせたまま、ルト様はわたしの額にキスをして、起きてくれた。
この外国的挨拶にも、大分慣れてきた自分が恐い。相変わらず恥ずかしいことは恥ずかしいんだけど。
本当のメイドなら着替えを手伝うんだろうけど、普段でも一人ですませてしまうくらいなので、わたしは部屋を出てしまう。
……着替えを見ているのも恥ずかしいし。
そのへんはジャンさんと交代してお任せしてしまう。
代わりにみんなと荷造りを手伝うことにした。
馬車は預ける場所があるけれど、そこに荷物を置いたままだと、万一ということもある。
なので、貴重品やらは部屋に運んであったから、それをまた馬車に移すわけだ。
それが終わると、朝食をとるべく移動する。
またしれっと混じってきたルト様と一緒にわあわあ言いながら朝ご飯を食べた。
食後、ジャンさんと上にもどったルト様は、すぐに降りてきた。
鞄を持って後ろについているジャンさんの姿と相まって、立派なご主人様に見える。
とても、さっきまでグリーンピース騒動を起こしていた人物と同一人物とは思えないだろう。
ちゃんとした上着を羽織っているけど、中のシャツはそのままっぽい。流石に何度も着替えるのはめんどくさくなったんだろう。
まあ、このあとはまっすぐ王都にある公爵の邸に行くそうだから、適当でいいって考えなのかな。
気がついたフリーデさんが窘めてるけど、聞く耳は持っていなさそうだ。
馬車は昨日と同じ組み合わせで乗りこんでいく、……というか、わたしの場合は選択肢がそもそもないし。
「今日は交代しましょうか」
乗ってすぐ、いい笑顔のルト様がとんでもないことを言いだした。
──交代、つまりルト様の膝枕ってこと……だよね。
ぽんぽんと膝を叩いていることからも間違いなさそうだ。
「いえ、それは、流石に遠慮します……!」
「……堅いからですか」
「それもありますけど、そうじゃなくて」
借り物のメイド服がぐちゃぐちゃになるのも嫌だし、それで外に出たらなにをしていたのかって思われかねない。
メイドっぽさを出すためにまとめている髪の毛もぼさぼさになるし、うっかり寝たら恥ずかしい。
それらをわたわたしながら伝えて、結局今日も足が痺れるまで、わたしが膝枕をすることになった。
……しない、って選択肢はないのかな、とちらっと思ったけど、王都での予定を考えると、これくらいはいいかなとも思う。
王都についてしまえば、邸の中では好きにできるし、寝室は当然のように一緒だ。
でも、いくら社交嫌いのルト様でも、外せないパーティーとかがあるわけで。
まとめて出るから帰宅は遅くなること確定らしく、すでに先に寝ているよう言われている。
昼は昼でお城へ行ってあれこれしなくちゃいけないというから、あんまり二人ではすごせそうにない。
わたしは身分を隠しているから、のんきにみんなと王都観光の予定だけど、ルト様の自由時間はあまりいらしい。
本当は一緒にデート、したかったんだけど……でもそれをこぼすと気にされてしまうので、バレバレだろうけど黙っている。
だから膝枕も、ルト様のわがままってだけじゃなく、わたしのわがままでもあるわけで。
地味に足が痛くなったりするけど、合間の休憩時間以外は、王都に到着するまで膝枕を継続したのだった。




