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傷を抱えたわたしと  作者: 宇梶あきら
王都旅行編
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王都への旅(1)

 ちょっと長めの番外編です。まだ書き途中なので二日おきは多分無理ですが。

 馬車から見える景色は、のどかとしか言いようがない。

 民家はほとんど見えなくて、畑とかもなく、ひたすら自然が広がっている。

 新幹線から見る景色は、どこも人家があったものだけど……

 多分外国ならそんなことはないんだろうけど、日本はとにかくぎゅうぎゅう詰めだったものなぁ。

 その話をルト様にしたら、興味深そうに聞いたあと、他のひとには話さないように、と注意された。

 この世界に存在しない知識は、まだ必要ないからだというのがルト様の考えらしい。

 たしかに、人口問題とかがないなら、無理にこのあたりを開拓する必要はない。

 馬車での移動は時間がかかるから、鉄道があれば便利だろうけど、そうなるとしょっちゅう王都に呼ばれそうですね、って感想にも納得した。

 実際、昔なら一泊していた遠征も、今は日帰りできるようになってしまっている。

 先輩がそれで愚痴っていたこともあるし、便利ならいいってわけでもないんだろう。

 ……そういう意味では、神子が神殿から外に出ないのは、理に適っているはずだった。

 うっかり自分の世界の話をして、それがここより進んでいたら、その権利とか、知識を得ようと争奪戦が起きただろう。

 ダイナマイトだって、たしかはじめは工事現場で便利になるように、って開発されたものだったはずだ。

 だけど神殿はそういうことに興味がないから、神子がどれだけ凄い知識を持っていてもどうでもいい。

 実際わたしも、詮索されることはなかった。

 大事なのは神子としての能力だけなわけで。

 神子として働いている間に、この世界のことを教えて、過ぎた知識を漏らさないように自覚させる。

 ……というのが、本来のありかたなのだと、ルト様が教えてくれた。

 おかしくなっているのはあの神殿だけで、他では正しく機能していると信じたい。

 にしても、わたしの世界の話を聞いても、あまり利用したがらないルト様は凄い。

 正直に言ったら「臆病なだけですよ」と笑っていたけど……

 わたしの持っている知識では、鉄道をつくったりはできないから、たいしたものではないけど、でも、なにがきっかけで発明になるかはわからない。

 そういうのがあれば交渉の武器にもなるはずだけど、やる気はないらしい。ありがたいことだけど……

 まあでも、この景色がもとの世界みたいになるのは寂しいから、やっぱりこのままでいいのかな。

 ふぅ、とひとつ息を吐くと、

「……疲れましたか?」

 ルト様の心配そうな声がとどいた。

「あ、いえ、大丈夫……ですけど、ルト様こそ、首とか痛くなってません?」

「いいえ、すこぶる快適ですよ」

 ご機嫌なルト様の現在地は、わたしの膝の上。

 公爵家の長距離移動用の広い馬車は、ルト様が横になれるだけの幅がある。

 流石に足を伸ばしてとはいかないから、長いことそのままだと、きついものがあると思うんだけど、ルト様は馬車に乗って少しした時からこのままだ。

「このあと面倒なことばかりですからね、せめて堪能させてください」

 ……わたしの膝枕が堪能できるものなのかとかツッコミたいけど、絶対恥ずかしい返事がくるので黙っておく。

 手持ちぶさたでルト様の銀髪を梳いてみたら、なおさら嬉しそうに微笑まれた。


 ──わたしたちは今、王都へむかっている。

 参勤交代とわたしが内心で呼んでいる、春の出仕のためだ。

 この時期地方の貴族は王都へ行き、諸々の報告をする。

 もっとも、報告自体は文書で行っているから、それは建前というか形だけらしいけど。

 要するに社交シーズンというわけで、連日あちこちでパーティーやらお茶会が開かれ、貴族のみなさんはパイプづくりに奔走する……らしい。

 報告さえすれば滞在する日数に決まりはなく、ルト様はいつも数日で帰っているらしいけど、とにかく一度は王都へ行かなければならない。

 なので社交シーズン中盤の今、王都へむかっているわけなのだけど……

「でもルト様、もうすぐ今日泊まる街につくんですよね? そろそろちゃんとすわったほうが……」

 馬車の中を覗くひとはいないだろうけど、街中でこの状態はわたしが無理だ。

 でもルト様は、ぎりぎりまで膝からどくつもりはないらしい。

「嫌です。本当ならあなたを堂々と連れて行く予定が駄目になっただけでも腹立たしいんですから、せめてこれくらいは甘えさせてください」

 ……そう言われると強く言えない。

 本当なら今回の王都行きで、わたしは神子としてちょっとパーティーに出たりとかする予定だった。

 そのつもりで礼儀作法も頑張って覚えたし、お茶会での会話スキルを磨くため、フラウさんの友人たちとお茶の席を設けたりもした。

 ……なんだけど、結局わたしはメイドに扮して王都へむかっている。

 服装はフリーデさんたちとおそろいの、いわゆるお仕着せというやつだ。

 こうなった理由には連中のことが大きいので、ルト様の機嫌はとても悪い。

 わたしには普段どおり優しいけれど、旅のはじめから不機嫌さを隠しもしなくて。

 思わずなにかできることはないですか? と声をかけたら「では膝枕をお願いします」と頼まれて、却下できずに今に至る。

 でも、こうなっちゃった原因は、大部分がわたしなわけで……


 ……神樹の枝を手に入れたわたしは、ご機嫌で毎日ピアノを弾いていた。

 練習中は聞いているひともいないから、魔力を流しっぱなしでもいいのだけど、これで神樹が元気になるならと、大体枝を出しっ放しにしていた。

 どうやらその効果がとてもよく出てしまったらしく、神殿から再び使者と手紙がやってきてしまった。

 わたしは前回のことがあったので絶対に出てこないように! と部屋に幽閉状態で、むこうも無理をさせたくないので、とわたしを出せとは要求しなかった。

 代わりにルト様たちが対応したわけなんだけど……帰ってきたルト様はものすごく怒ってた。

「遠回しにあなたを返せと言ってきました。勿論断りましたが」

 一番強い無色透明なお酒を飲みながら、ことの顛末を教えてくれる。

 要するに、送られる魔力からわたしが元気になってきたと判断されたらしい。

 だからもどってきてほしい、とお願いをしにきたという。

 頼まれたって絶対行きたくないんだけど、使者のひとはわたしがなにをされたか知らないらしく、とても熱心だったそうだ。

 それもどうなんだろう……知らないひとが結構いるという事実は、まずいと思うんだけど。

 一枚岩ではないってことだし、でも、わたしから言うのは嫌だし……とりあえず置いておこう。

 とにかく、連中から渡された手紙の内容も似たようなものだったので、添削してもらいながら返事を書いた。

 流石にされたことを書くのはまずいけど、ここをぼかしたままだと、何度でも同じ要求をされかねない。

 練習中に枝を出す回数を減らしたりはしたけど、でも、あんまり減らしすぎて樹が弱って、一般人が苦労するのも心苦しい。

 そこで、手紙には以下のことを記した。

 ひとにぎりの力のある神官たちによって、わたしに本来されるべき教育がされず、ただ魔力だけを望まれるという非人道的な行為がなされていたこと。

 それにより神殿への不信感が強いので、もどる気はないが、神子として力を送ることは、できるかぎり続けること。

 本当は今後改善してほしいことなども書きたかったのだけど、ルト様に止められた。

 わたしとしては次にくる神子が同じ目にあってほしくないから、できるかぎりのことをしたいのだけど、その結果、わたしが傷つくのが嫌だということらしい。

 このへんは今後も説得していきたいのだけど、とりあえず保留しておく。

 ぼかした内容だったけど、むこうでも一悶着あったらしく、とりあえず、もどってこいとは言わなくなってくれた。

 でも、神樹に力が満ちていくのがわかるのに、お礼もできないなんてと、例の件に関わっていない神官から不満が出たらしく。

 ……結果、定期的に手紙の束がとどくようになった。

 内容はぶっちゃけるならわたしへのファンレターのようなもの。

 わたしへの賞賛やらなにやらで埋めつくされているらしい。

 独創性を出そうと詩になっているものや、特殊文字で書かれたものもあるのだとか。

 全部伝聞なのは、見る価値もないと言う邸のみんなの意見で、読ませてもらえないから。

 過保護だと思いつつも、そんな内容なら読まなくても困らないだろうし、気分が悪くなるだけだろうから、受けいれているんだけど……


 そんな感じで盛りあがっている状況で、わたしが王都へ行くとなったら……どうなるかは推して知るべしだ。

 神殿へ招かれるのは断るとしても、押しかけてくる可能性もある(というか絶対くるとルト様は苛々していた)

 正式な手順で要請されて断ると、事情を知らない貴族たちから反感を買ったりするかもしれない。

 ということで、わたしが王都へ行くと大々的に知らせるのはなしになった。

 じゃあお忍びになるのかと思ったら、これもよくないだろうと反対されてしまった。

 どうしてかというと、神殿と貴族のつながりは結構深いらしい。

 ルト様のお母様の件みたいな理由ではなく、普通に信心深い貴族は多く、寄付をしたり慈善活動したりするひとも多い。

 なのでこっそりパーティーに出ても、出席していた貴族から神殿に伝わりかねない。

 結果、わたしは体調がよくないので王都へは行かない、ということになった。……表面上は。

 実際行かなくてもいいのだけど、ルト様は盛大に拗ねるし、国王夫妻に一応挨拶したいし、なにより、お祖父様に会ってみたい。

 ということで、メイドに化けて同行することになったわけだ。

 幸いわたしの顔はあまり知られていないので、よほどのことがないかぎり、バレる心配はない。

 メイドと主人が一緒の馬車っていいのかなぁと思うけど、ルト様が頑として譲らなかったので、わたしが折れた。

 ちなみにメンバーは他にフリーデさん、ジャンさん、ウェンデルさん、護衛のみんなといういつもの顔ぶれだ。

 少ない気がするけど、いつもこんな感じらしい。

 ルト様は自分の邸でパーティーをしないから大人数は必要ないし、必要ならシュテッド公爵家から人員を借りればいい。

 身の回りのことも自分でできてしまうので、いつも少数精鋭なんだそうだ。

 春の出仕は決まっていることなので、その間は副領主と、ディーさんがちゃんと領地を見てくれる。

 公爵家の家紋がばっちり入っている豪華な馬車にルト様とわたし、馬に乗るのが苦手なフリーデさんのために、使用人用の馬車がもう一台。そっちともう一台に荷物が載せられている。

 ウェンデルさんが気を利かせて御者台に乗っているので、そっちはジャンさん夫婦が二人で乗っているはずだ。

 途中で一泊する街でも、念のためメイドのままで過ごすことになっているから、馬車の中でしかこうしていられない。

 宿屋ではルト様が一人部屋で、わたしはウェンデルさんたちと一緒に寝る。

 これはこれで修学旅行みたいだし、女子だけの夜ってことで楽しみだったりするんだけど、ルト様は……そりゃまあ不満だよなぁ。

 それでもジャンさん夫婦の部屋は一緒にしてあげるあたり優しいけど。

 だから、少しでも機嫌をよくしてもらおうと、絶賛膝枕中なのである。

 ──結局、街の入口につくまで、ルト様はわたしの膝から降りなかった。

 今の二人は名実ともに恋人同士になっているので、

 今後もわりといちゃいちゃします。

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