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兄と妹のような

 しんどいほどではないと思いますが、わりと暗い話です。

 ジャンの過去について。

「お嬢、先に帰ってきたんで知らせとくぜ」

 ある日の夜、書斎にお邪魔して本を読んでいたわたしのところへ、ジャンさんがやってきた。

 ルト様はディーさん(ルト様がそう呼ぶようになったから、わたしもならってる)と飲みに行くと言って出ていった。

 補佐兼護衛のジャンさんも一緒に行って、しばらくつきあって帰ってきたそうだ。

 護衛としてどうなのかって言われそうだけど、ルト様一人でもごろつき程度なら余裕だというし、ディーさんもいるから安心だってことらしい。

 先日以来、二人は結構仲良くなっている。

 たまにルト様と一緒にきて、わたしのピアノを聞いていったりもする。

 そして満足すると、夕食は女の子と約束してるから、と帰って行く。

 月に一度くらいは、こうしてルト様と飲み会をしたりして。

 もっと他の友だちもつくってほしいところだけど、わたしももとの世界でも友人は少なかったし、ルト様の年齢で今からというのも難しいだろうから、言わないでいる。

「まー、日付が変わるころには帰ってくるだろ、お嬢は待たないで寝ちまえよ?」

 もう勤務時間外なので、ジャンさんの言葉遣いは乱暴なものだ。

「……切り替えるコツってあるんですか?」

 ふと疑問になって訊ねてみると、あ? と不思議そうにしたあと、ああ、とこぼす。

「口調のことか。いや、もう自然に変わるな」

 へー、と感心する。同一人物かと思うほどの差だけど、ジャンさんには当たり前なんだな。

 でも、アディさんの息子であるジャンさんは、小さいころからここで育っているはずで。

 ちゃんとした教育も受けているのに、どうしてこんな雑な喋りかたがなじんでいるんだろう。

 ディーさんもそこまで丁寧じゃないけど、乱暴ではないし。

「ジャンさんがどうしてそういう言葉遣いになったのかって、聞いてもいいことですか?」

 思い切って聞いてみると、別にいいぞ、と笑ってくれた。

 じゃあ、とフリーデさんを呼んで、お茶を用意してもらう。

 フリーデさんは知っている話だから、と退席してしまった。多分、先に帰って出迎える支度をするんだろう。

「知ってのとおり俺のが年上だから、クーが生まれてからは、兄貴分みたいな感じだった。そのころはまだ、細かい事情は聞かされてなかったしな」

 代々公爵家に仕える家に生まれたジャンさんは、特に疑問に思うこともなく、マナーやらなにやら勉強していたらしい。

 ルト様が生まれてからは、たまに一緒になって悪ふざけもしたけれど、段々ひととしてルト様を気にいっていった。

「生まれた子供が公爵になるとはかぎらねーってのを知った時には、それでもクーについていきたいと思ってた」

 勿論、願ってもそのとおりにならない可能性はあるけど、そのためにもと色々研鑽を積んでいたらしい。

 単純な勉強だけじゃなくて、大きくなったルト様と一緒に王都へ行って、勉強の合間に騎士団の稽古をしたりとか。

 ここでも高等教育は受けられるけど、王都のがやっぱり優秀なので、ルト様は王都と領地を行ったりきたりしていたらしい。

 基本的には王都で勉強して、休みには領地にもどってくる。ジャンさんの兄弟たちも同じ学校ではないけど、に通っていて、それ以外の時間はルト様のお世話をしたりしていたらしい。

 和気藹々とした穏やかな生活だった、とジャンさんは目を細めていた。

 ──けれどルト様が十五歳になった時、お祖父様から本当のことを告げられた。

 ルト様が実は前領主の子供ではない、と。

 この世界では十五歳くらいで結婚ができて、具体的な成人年齢は存在しないけど、要するにそのくらいで大人の仲間入りらしい。

 正直早すぎる気はするけど……だって中学生ってことだよね。

 わたしの十五歳なんて……今も大人と言いがたいけど、もっと子供だった。

 でもそのくらいから夜会だお茶会だなんだと誘いがかかってくるから、ちゃんと教えておかないと、ということになったという。

「で、お嬢も聞いたかもしれねーが、クーのヤツは荒れに荒れてな」

 けれど外でそんなそぶりを見せるわけにはいかないという理性は働いたし、ものに当たっても意味がないと、放り投げたのは棚ひとつだけだった(一つでも十分な気がするけど)

 具体的にどう荒れていたのか、ジャンさんは教えてくれなかったし、わたしも聞かないでおく。

 ただ、それ以降、ルト様は明らかに他人と深く関わろうとしなくなった。

 それまでも寄ってくる人間の半分は地位目当てだったみたいで、仲良くなりすぎないよう気をつけていたらしい。

 でも今度は、出生の秘密まで加わってしまった。

 信頼できると思った相手に裏切られて、自分の出自がバレてしまったら、自分だけではなく、あちこちに迷惑がかかる。

 それなら、相手と深くつきあわなければいい、という結論に達したらしい。

「あのころのクーはまだガキだったからな、そうすることでしか、自分を守れなかったんだろう」

 ……いくら成人扱いされても、そこは十五歳だ。

 まだまだ経験不足な中で、信頼できる人物を見極めろなんて、できるはずがない。

 それなら遮断しようと思っても、無理はない話だ。

 事情を知っているジャンさんたちだけを側に置いて、前より熱心に勉学に励むようになったルト様を見て、ジャンさんは考えた。

「このままこいつが一人で動くようになると、側に仕えるためには同じくらいなんでもできるようになる必要がある」

 たとえ領主になってもならなくても、秘密があるかぎり、近くに多くひとを置こうとは思わないだろう。

 となると、仕事の補佐だけじゃなく、ボディーガードみたいなこともできるようにならなくちゃいけない。

 ジャンさんは騎士団の稽古に混じっていて、入隊しないかと言われるくらい強くなっていた。

「──だけど、それじゃ足りないと思った」

 もっと実践的な戦いかたを覚えたい、そう感じたと言う。

 二十年くらい前は、今よりもう少しだけ世界情勢が悪くて、場所によっては小さな紛争が続いていたらしい。

 だからジャンさんは、みずから志願してそこへ派遣されるようにした。

 騎士団は身分もそれなりのひとたちがいるから、名誉職ってほどではないけれど、あまり能力が高くなくても在籍することができるらしい。

 だけど、紛争地帯にいるひとたちは、勿論そんなお飾りじゃない。

 上官などにはそういうのもいたらしいけど、ちゃんとした指揮官がいなければ、戦いには勝てない。

「功績をあげれば成り上がれるから世界だったから、貧しい村の出身やら、傭兵やらも混ざってた」

 そんな場所では、丁寧な言動では浮いてしまう。

 どころか馬鹿にされたり、もっとひどい目にあうこともある。

 だからジャンさんは周囲を観察して、言動を真似していった。

 そうして数年、紛争地帯を渡り歩き、合間に家族から仕送りしてもらった本を読んで知識をつけて、ルト様のもとへもどった。

「クーには言わずに出てったからな、帰ったらすっげー罵られたぜ」

 あいつがあんなにバカだなんだって言ったのは、あの時だけだな、と笑う。

 そりゃあ、幼なじみの兄みたいなひとが、自分のために危ない場所へ行ったと知ったら……

 自己嫌悪もするだろうし、説明してほしかったと文句も言いたくなるだろう。

「でもアイツはバカじゃねーんで、ひとしきり怒ったあと、遠慮なくこき使いますと言いやがった」

 すでにジャンさんは戦地へ行って帰ってきたのだから、なにを言っても意味はない。

 危ないことをしたのはすべて、ルト様のため。

 内心では葛藤もあったんだろうけど、ここでジャンさんを迎えなければ、彼がしてきたことは無意味になる。

 そうして今に至るまで、ジャンさんは公私共にルト様を支える存在になったわけだ。……凄いなぁ。

「……まあ、俺が先走ったせいで、アイツを働かせすぎた気もしてっけどな……」

 ふっと、明るく喋っていたジャンさんの表情が曇る。

 そこまでしてきたジャンさんがいるから、ルト様は頑張らざるをえなかったのかもしれない。

 それは一理あるかもしれないけど……

「……でも、それだけじゃないと思いますよ、多分」

 なにが一番悪いかって言ったら、間違いなく浮気したことなわけで。

 ジャンさんはその上で、一番最善だと思える手段をとっただけだ。

 ……まあ、結構過激な気はするけど。

「ありがとな、お嬢」

 ジャンさんは苦笑いしながら、クーには内緒な、とぽんぽんわたしの頭をなでた。

 ルト様が知ると絶対やきもち焼くからだろう、わかりました、と笑って返す。

「内緒ついでに、もうひとつ頼んでいいか?」

 珍しい言葉に、できることならなんでも! と答えると、安請け合いすんな、と窘められる。

 相手がジャンさんだから本気なんだけどなぁ。

 そして彼が頼んできたのは──


 ……それから、わたしとジャンさんの間で秘密がひとつできた。

 年に一度、少しずつ暖かい日が増えてくる早春のころ。

 ルト様がいない時を見計らって、ジャンさんだけにピアノを披露する。

 その時のジャンさんは黒い服を着て、毎回同じラベルの酒瓶を抱えてピアノ室にやってくる。

 年期の入った携帯できる水筒のコップ部分にそれを注いで、飲みながらわたしの演奏を聞く。

 弾く曲はいつも同じ、この日のジャンさん以外には弾かないと決めた曲。

 ──どうして、なんて訊ねるほど、流石に察しは悪くない。

 それに、平和ボケしたわたしには「それ」を知る勇気が正直、出なかった。

 ジャンさんもそこは気を遣ってくれたのか、言いたくないのか、詳細は教えてもらわないままだけど、それでいいと思っている。

 お互い特に言葉もなく、ただ、ピアノの音だけが流れていく。

 わたしは演奏に集中するから、ジャンさんの顔は見ない。

 弾き終えて拍手をくれるジャンさんは、いつもどおりの表情をしている。

 ルト様が知ったら、きっと気にしてしまうから。

 もし察しているのだとしても、口にしないままでいようと、決めている。

 S.E.N.S.「レクイエム ~行ってしまった朝~」

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