意外な練習
まったりとしたお休みの日。
ちょっと毎月恒例のせいで調子が悪いので、お出かけはしないことになった。
といってもだるい程度なので、ピアノを弾くには問題ない。
今日はなににしようかなぁとのんびり考えていると、ウェンデルさんがひょこっと現れた。
「セッカ様、いつもと違う旦那様を見たくないですか?」
……? どういう意味だろう。
首をかしげていると、フリーデさんには心当たりがあるのか、ああ、と呟いている。
よくわからないけど、興味はあるので、見たいです、と答えた。
じゃあこっちにと、フリーデさんと一緒に庭のほうへ移動する。
ただ、見つかったらダメだからと言われてこっそりと。
……なんだか、こういうの久々で、ちょっとわくわくするかも。
イタズラをするような気分でぐるっと回り、広い芝生のある場所が見える位置に行く。
ちょうど生け垣があるので、うまく隠れれば見つかりにくくなっている。
そのためちょっと見えづらいけど、幸いわたしの視力は悪くない。
ウェンデルさんが示した先には、ルト様と、ジャンさん、それに、邸の警備をしている人たちが集まっていた。
「びっくりするかもしれませんけど、練習なので大丈夫です。大声は出さないでくださいね」
練習? よくわからないけど、念のために口を塞いでおくことにする。
ジャンさんの指示のもと、警備のみんながばらけて、ルト様がまんなかに立つ。
そしてみんなが一斉に、ルト様に襲いかかった!
ひゅっと喉の奥が鳴ったけれど、言われたとおり悲鳴をあげないようにする。
丸腰に見えたルト様だけど、いつのまにか手には短剣を持っている。
襲ってきた一人の攻撃を避けて、横にいたもう一人の脚を払い、よろけた隙に距離をとる。
「警備の面々が持っているのは木刀です」
フリーデさんの説明にちょっと安心したけど、それだって当たれば相当痛いだろう。
さっき練習、と言っていたから、これは模擬戦……というやつなんだろうか。
それにしては、多対一というのはどうかと思うんだけど。
ルト様は多勢に無勢だからか、決定打を与えることはできなくて、でも、攻撃を受けることもない。
上手にかわして防御をしている……ように、見える。
「じゃ、参加してきます!」
不意に楽しそうな声でウェンデルさんが言ったかと思うと、声をかける間もなく飛び出していった。
彼女の右手にはいつのかにか武器がにぎられていて、
「主人の危機に華麗に参上! 燃える展開!」
叫びながら今まさに木刀をふりあげていた男の右手に武器である鞭を上手に絡めた。
「……って、鞭!?」
ウェンデルさんが武器を使うのははじめて見たけど、意外なものが武器だった……
さっきから驚きっぱなしのわたしに、フリーデさんが説明してくれる。
「他のものも一通り使えるそうですが、常に携帯しているひとつだそうです」
──ひとつ、というのにツッコミたいが、なんだその暗殺者みたいなスタイル。
スカートの下に隠しているんだろうか、そんな感じの話を見た記憶がある。
とにかくウェンデルさんの乱入によって、護衛のみんなはばたばた倒されていく。
ウェンデルさん、すごく強い……
的確に鞭で狙い、行動不能にしていき、そこをルト様がとどめをさす、という感じだ。
巧みな連携で勝負はあっという間についたけれど、ウェンデルさんは止まらなかった。
「ジャンさん! 今日こそ! 勝ちますよー!」
高らかに宣戦布告をして、司令塔に回っていたジャンさんに攻撃をしかける。
でも予測ずみだったのか、いつのまにか出していた木剣を構えていたジャンさんがそれを受けとめる。
するとウェンデルさんは落ちていた刀をつま先で蹴り上げ手にとり、今度はそれで斬りかかる。
警備のひとやルト様は剣を片づけはじめたので、練習はおしまいらしい。
ゆっくり歩いて近づいていくと、途中でわたしに気づいたらしく、ルト様がこっちを見ていた。
「ええと……お疲れ様、です?」
なんと言えばいいのかわからず、そう声をかける。
ルト様はありがとうございますと答えてから、そばに置いてあった飲物を手にして、一気にあおった。
よく見れば肌には汗も浮いていて、いつもより粗雑な行動に、ちょっとドキドキしてしまう。
「いつもこういうことをしているんですか?」
みんなの様子はいつもどおりで、今日だけ特別という感じはしない。
フリーデさんに聞きたいところだけど、彼女はジャンさんのほうを見ているから、邪魔はしないでおこう。
わたしが不思議そうな顔をしていたからだろう、ルト様が代わりに教えてくれた。
なんでも、突然襲われた時のための訓練なのだそうだ。
最近はそんなにないけれど、外を歩いている時に狙われる可能性はゼロではない。
そういう時のために、定期的にこうして鍛えているらしい。
「ですから、あくまで護身術であり、救援がくるまで生き延びることを主軸にしています」
敵を倒すのではなく、自分を守り、安全な場所へ逃げるための手段。
だから大きな剣を腰につけることもしないのだという。
だからあんなふうに多対一だったのかと納得した。
「前からやってたなら、教えてくれてもよかったのに」
いつもと違うルト様は新鮮で、戦う姿は格好よかった。
今まで見逃していたのかと思うと、残念で、ちょっと拗ねた声になる。
「それはすみません、ですが……」
ルト様はまだ打ち合いをしている二人をちらりと見て、少しだけ口ごもる。
「……あなたは戦のない世界からきたと言っていましたから、こういうものを見せたくなかったんです」
──そっか、気を遣ってくれてたのか。
たしかに、練習試合だと先に教わっていたけど、はじめは恐かった。
格好いいと無邪気に思ったけれど、命を狙われているからこその訓練なわけで。
「じゃあ、見たがったりするのも、軽率でしたね」
「いえ、構いませんよ。今では狙われることはほとんどありませんから」
それが事実なら喜ばしいことだ。
領主の命を狙って成功しても、なにか変わるわけじゃないと思うんだけど……
でも、テロっていうのはそういうものらしいから、言ったってしょうがないんだろう。
「それに、あの二人がああですからね、お祭り騒ぎと評されても否定できません」
目線の先には、まだ続いている二人の攻防。
攻撃は激しいのだけど、二人の表情はというと、楽しくてしかたがない、という感じで。
戦闘狂とは失礼かもしれないけど、最早訓練を忘れているような……
「……わたしも少しはそういうの、覚えるべきですか?」
流石にウェンデルさんたちレベルは無理だろうけど、神子が狙われる可能性もあるかもだし。
そう思って聞いてみると、大丈夫ですよ、と返された。
基本的に一人で外出をさせるつもりはないし、ウェンデルさんがいればまず問題ないと断言された。
たしかに、素人目でもあの動きは凄いから、そのへんの暴漢程度なら束でかかってきても蹴散らせそうだ。
「私がいる時は、守らせてほしいですしね」
にっこりと笑って甘く囁かれれば、恥ずかしくて、そうですか、と棒読みしか返せない。
そんな事態にはなってほしくないけど、ちょっと、想像すると、ときめいてしまう。
でも運動不足はいかがなものかと思いますよとつけ加えられたので、今度からラジオ体操をしようと決意するのだった。




