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馬車の中(3)

「打ち合せ、ですか」

「ええ、本当のことを周囲に知らせるわけにはいきませんから、それらしい理由をつくらなければなりません」

 それはそうだ。わたしの身に起きたことは、知られたくもないし、知られれば国や宗教にまで問題が飛び火する。

 わたしが原因で国が割れるなんてことにはなってほしくない。

「人の口に戸は立てられません。それに、私はあなたを閉じこめたいわけでもありません。となると、あなたが私の邸にいるきちんとした理由が必要になります」

 アリバイ……なんて言えばいいんだろう、口裏合わせかな?

 打ち合わせというのもいい比喩かもしれない。

 嘘をつくのは得意じゃないけれど、本当のことは表沙汰にできないのだから、しかたないか。

 公爵様のお屋敷というくらいだから、きっとひとの出入りも多いのだろう。

 その全員に戒厳令を敷くなんてことは無理な話だし、秘密にしろと言われればここだけの話、とやりたくなるものだ。

 それなら先に堂々と言っておくほうがいい、というのはわかる。

「でも、理由って言っても……」

 そんなの簡単に浮かんでこない。けれど公爵様は、にっこりと余裕綽々な様子だ。

「大丈夫です、王妃がいくつか考えてくれましたから」

 ……ここでも王妃様なのか、一体どういうひとなんだろう。

 国王様は……うーん、あんまり覚えていない。年上だったのはたしかだし、そんなに年寄りでもなかったはず。

 そのパートナーである王妃様……いつか直接会ってみたい。

 ほとぼりが冷めたら、お願いしてみよう。


 そんなデキる王妃様はすでに、王都内で噂が広まるようにしているらしい。

 あっちがわに先手をとられないように、ともの凄い速さで行っているのだそうだ。

 といってもその時のわたしは気絶していたので、どういう性格をしているかわからなかった。

 その状態で下手に捏造してしまうと、現実とかけ離れてしまう可能性がある。

 だから、流した内容はまだあまり多くない。

 その内容はというと、神樹の子は熱心にそのつとめを果たしていたが、無理がたたって体調を崩してしまった。

 彼女は神樹の側にいると、役目を全うしようとするので、王城で静養することになった。

 そこで観察術を使ったところ、無茶のしすぎで、神樹の子としてこれ以上働くことは容認できないと言われてしまった──と、そんな感じらしい。

 全体的においたわしい神子様路線で行くのだそうだ。

 たしかにこれなら、わたしが王城に連れて行かれた理由になるし、あそこへもどらなくてもすむ。

 やつらの罪を市民が知ることがないのは悔しいけれど、そこはあきらめるしかないだろう。

 その続きに関しては、公爵様がわたしと直接会って、それから決めることにしていたという。

 一応、わたしが目覚める前に、クヴァルト様は身元引受人になることは了承していたそうだけど、こればかりは相性の問題もある。

 あまりにも駄目なら無理強いはせず、他の誰かを探すなり、修道院みたいな場所へ移すなり考えていたらしい。

 結果的に、公爵様はわたしを引きとってもいいと思ってくれたわけだけど……そういえば、なんでだろう。


「……どうしてクヴァルト様は、わたしの面倒を見てもいいと思ったんですか?」

 気づいた時には聞いてしまっていた。

 不躾な質問だけれど、公爵様は気を悪くした様子はなく、むしろ愉快そうだった。

「話をしていて楽しかったからですよ」

 ……どこを切り抜いても楽しい内容ではなかったはずだけど。

 眉をひそめてしまったわたしに、公爵様は「また言葉選びを間違えましたね」と肩を落とす。

「きちんと自分で考えて、決断してくれました。だから、そんなあなたとなら、良好な関係を築けると思ったんです」

 ああ、そういう意味か。

 公爵様の言葉は、間違いというか、TPOに合っていないというか……

 最後まで聞けば理解できるからいいけど、話術が必要な場面では大丈夫なんだろうか。

 相手を怒らせたら交渉的にはまずいと思うけど。

「正直、もっと取り乱していると思っていたんですよ」

「それは実際、自分でも不思議です」

 嘘を言ってもしかたがないので、正直に告げた。

 あれだけのことをされて、急転直下の展開で、よくパニックを起こさないなと我ながら驚いている。

 まあ、いいのか悪いのか、三十路に近い年齢だということもあるだろう。

 それなりに色々な経験をしてきたから、十代の時ほどショックは受けていない。

 泣きじゃくっても状況は改善しないことを知っていたし、身の安全を確保するには、とにかく落ちつかなきゃと思ったのだ。

 でも、自分で決断するのは普通のことじゃないのかな……この世界の貴族の女性はどうなっているんだろう。

 同じ貴族のはずの王妃様はばりばり決断してるっぽいし、よくわからない。

「……まあ、要するに、気が合いそうだと思ったと、解釈してください」

 フィーリングというやつだろうか。それはなんとなくわかる。

 わたしも公爵様とはそこそこうまくやっていけそうな気がしているし。

 すなおにそう伝えると、光栄ですと微笑まれた。

「さて、打合わせの続きですが」

 ──そうだ、その話をしていたんだった。

 わたしははい、と返事をして、公爵様の話を聞く体勢にもどった。


 公爵様とわたしが最初に会ったあと、王妃様たちのもとへもどった公爵様は、現状の報告をした。

 そして、わたしを引きとることを正式に受諾したのだという。

 交わした会話を聞いた王妃様は、新たに流す噂を考えた。


 ──王城で静養していたわたしは(実際は一日だけだけど、そこは数日とするらしい)ある日、神子がどんな存在か確認してみたいという公爵の強引な見舞いを受ける。

 信仰心が薄いことで有名な公爵だったが、異世界からきたのに身を粉にして祈ったその姿に感銘を受け、けれどもう神子として働けなくなった彼女を哀れみ、領地へと招くことにした。

 はじめは渋っていた神子だが、神樹の近くにいてもなにもできないと無力感に苛まれるよりはと、公爵の申し出を受けることになった──


 ……誰の話だろう。

 実際耳にしたらツッコミを入れてしまいそうだ。今から慣らしておかないと。

 全部が嘘というわけではないけれど、これではまるで……


「……大衆向けの恋愛小説みたいですね」

 ライトノベルでは通じないだろうから、大衆向けと表現する。

 あらすじだけ聞けばありがちな設定だ。

 そして二人は真実の愛に目覚めて最後に結婚するのだろう。

 王道すぎる展開だが、だからこその安心感があり、かくいうわたしも何冊か読んだことがある。

 女は、いつか王子様的な存在が迎えにきてくれることを、ないとわかっていても待ってしまうものだから。

 わたしの言葉に、隣でウェンデルさんが吹き出しいて、正面では公爵様もおかしそうに笑っている。

「ええ、本当に。しかも私はこの年で独身で、巷では女嫌いで通っていますからね。わざわざ流さなくとも、私があなたにぞっこんだという部分が足されることでしょう」

 今まで女性に無関心だった公爵様が、異世界人の神子にだけは手厚い扱いをする。

 そこに下心を感じないひとは少ないだろう。

 噂が広がるさまが、目に浮かぶようだ。……当事者でなければどれだけ広まっても他人事だけど。

 そのヒロインがわたしかと思うと、貧血ではなく目眩がする。

「でも、それってクヴァルト様は困らないんですか?」

「私は子を残すつもりがありませんから、少しも困りませんね」

 間髪入れずにさらりと落ちた言葉は、今までに比べてひどく乾燥していた。

 相変わらず穏やかな表情だけど、目だけは笑っておらず、冷え冷えとしている。

 なにか事情があるのは間違いない。だからこれ以上詮索するのはやめて、そうですか、とうなずくにとどめた。

 王家や皇族で、世継ぎがどうこうとよく新聞沙汰になっていたけれど、この世界でもきっと、似たようなものがあるはずだ。

 だけど公爵様は、それらをはねのけて独身を貫いている。それなら、それが公爵様にとっての最善なんだろう。

 逆に考えれば、そのおかげでわたしは安心して公爵様のお世話になれる。

 妻子がいるひとのところにお世話になるのは、たとえなにもなくても下世話な勘ぐりをされるだろうし、身内だって複雑だろう。

 だから最初から、公爵様が身元引受人でほぼ決定していたのか、と気づいた。

 お金はある、身分もある、独身だから噂になっても困らない、信仰心も薄いから罰当たりと誹られてもなんともない──これ以上ない適任だ。

 しかも、話していて嫌なひとでもないなんて、つくづく、わたしは運がいい。

「早く元気になって、恩返し、頑張りますね」

 今のところ、どうすれば恩返しになるのかまったく見えないけど。

 とりあえず諸経費を少しでも返せるようになるのが第一歩だろうか。

 わたしが拳をにぎりしめて決意表明すると、クヴァルト様はきょとんとしたあと、見慣れてきた穏やかな表情で「気にしなくていいんですよ」微笑んでくれた。

 気にはするが、とりあえず、冷たい目が熱をとりもどしてくれたので、いいことにした。

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