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手紙からはじまる(公爵視点)

 一話の前後の話です。

 また、一話完結にしているので長さがまちまちです。

 公爵邸にとどけられる封筒は、毎日それなりの数がある。

 それらはまず、執事頭によってふりわけられるのだが。

「旦那様、こちらが……」

 手渡されたソレを見て、クヴァルトはあからさまに眉を寄せた。

 それなりに見慣れた封蝋は、王からのものであることを示している。

 しかも、公式のものとは微妙に違う印は、これが公的なものではなく、非公式の──もっと言えば秘密裏にしたいものであることを示している。

「近頃は減っていましたが、さて、なんでしょうね」

 独りごちて部屋へもどり、開封すれば、そこに記されているのは王妃の筆跡。

 経験上、王の直筆より、彼女からのほうが面倒な可能性が高い。

 すぐさま文字を追い──ふう、と一息。

「失礼します」

 ちょうどいいころあいにやってきたジャンに、ぺらりと手紙を渡す。

 彼は無言で受けとると、ざっと目を通し、それから少し首をかしげた。

「いつもの招集ですが、少し変ですね?」

 内密な用件の場合でも、そうでなくても、手紙は万一があり、細かなことは記されていない。

 今回も同じで、なるべく急いで王都へきてほしい旨が書いてあったが、理由は一切なかった。

 ただし平素と違うのは、そのあとに続く文章。

「なるべく少人数で、はまあいつものことですが、信頼のおける女性の供を主軸に、とは」

「……となると、フリーデとウェンデルですかね」

「まあ、そうですね、俺はどうしましょうか?」

 普段ならば護衛兼補佐にジャンを連れて行くのだが、今回は女性にしろとある。

「残ってもらえますか?」

「承知しました」

 こうして王都へ呼ばれること自体はままあることだが、流石になんの引き継ぎもしないわけにはいかない。

 今抱えている案件を停滞させないためにも、ジャンは残ったほうがいいだろう。

 明後日には出立すると書いた手紙をしたためると、メサルズに渡す。

 護衛にも一人女性を入れて、人員を確定させ、その面々は明日の休みを言い渡す。

 邸でできる手配を終えたら、次は留守にする間の伝達をまとめていく。

 もどってきたジャンが夜食を持ってきて、渋面をつくりながら椅子に腰かけ、クヴァルトの作業を手伝っていく。

 とっくに勤務時間外だから、彼が不機嫌になるのも無理はない。

 それでも、こうして共にいてくれるのだから、ありがたい話だ。

「……徹夜にはしたくないですね」

「当たり前だ、そうなったら俺は途中で帰る」

 時間外なので口調は休日のそれになっているが、クヴァルトは特に気にしない。

 濃い珈琲を飲むと、いつもの温和な顔のまま、書き物机にむかうのだった。


 引き継ぎを頼み、二日かけて王都へと馬車を走らせ、ひとまず王都にある公爵邸へとむかう。

 あらかじめ伝えておいたので、部屋はすぐ使えるようになっている。

 時刻は午後のお茶がすぎたころ。今日の会議は終わっているから、今から訪れればちょうどいい。

 先に知らせを行かせておいて、旅装を解くと、すぐさま王宮へ訪問するべく身支度を調えた。

 再び馬車に乗りこんで、侯爵以上しか通れない門へとむかえば、さして待たずに中へ入れる。

 勝手知ったる道を進んでいけば、顔見知りの文官が反対側から歩いてきた。

「お待ちしておりました、どうぞこちらへ」

 案内に従って行く先は、王城の中でも奥にある、一部の者しか入れない私的な空間。

 そのうちのひとつは、内密の話ができる小さな会議室になっている。

 しばらく待ってやってきたのは、国王夫妻だった。

「待たせてすまないな、クヴァルト」

 その立場から当然だが、謝罪を口にしていてもそうとは感じにくい。

 だが、いつものことなので、いいえ、と穏やかに答えるだけだ。

 国のすべてを担う二人は、己よりよほど多忙であるのだし。

「……で、今回あなたを呼んだ理由なのだけれど」

 仕事において無駄を嫌う王妃らしく、着席すると、すぐさま本題に入っていく。

 国王はというと、浮かない顔をして隣にすわっている。

 こうして内密に呼ばれる時は、大抵ろくなものではないが、今回は特にひどいらしい。

 そんな予測を立ててから彼女の話を聞いたのだが、流石のクヴァルトも顔色を変えてしまう。

 国王夫妻の腹心であり友人であり、それなりの厄介ごとを経験してきた身でも、内容は驚くべきものだった。


 王妃から伝えられた話──それは、三ヶ月ほど前に召喚された神樹の子が、神官によって暴行を受けているらしい、というものだった。

「きちんと確認したいのだけれど、なかなかうまくいかなくて」

「それは……そうでしょうね」

 ただでさえ秘密主義であり、政治とは切り離されている場所でもある。

 迂闊に手を出せば反発を受けることは間違いない。

 まして内容が内容だ、真正面から問いただすこともできないし、そうしたところで否定されるだけだ。

「けれど、それが事実であれば、至急彼女を救い出さなくてはならないわ」

 それももっともな話だ、クヴァルトに権限があれば証拠もでっちあげて火でもかけたいが、流石にそうはいかないだろう。

 彼女もそれはわかっているらしく、衰えぬ美貌で「余計なことはしないで頂戴ね」と釘を刺してきた。

 王宮へ進言した神官を使い、どうにかもぐりこむ算段を考えているところだという。

 だから国王の表情が沈んでいて、さらに、会話の主体が王妃なのだろう。男性にはなかなかしづらいものだ。

「あなたに頼みたいのは、救出後の愛で子の保護よ」

 ──まあ、話の流れから察せられたことだ。

 だから少人数で、女性を多くしろと言ってきたのだろう。

 王の腹心は他にも数名おり、表沙汰にできない案件で動くこともあるが、彼らはみな王都に住んでいる。

 できるだけ神殿から遠ざけたほうがいいと考えると、適当なのはクヴァルトしかいない。

 もっと遠方の領主に信頼できる者もいるが、それでは遠すぎていざという時素早く動けないから、外したのだろう。

 ……だが、すなおに受けるわけにはいかない案件だ。

 領地を預かる身としては、危険因子を入れたいとは思えない。

 愛で子本人に問題がなくとも、彼女を引きとれば、神殿との間に軋轢が生まれる。

 いくらクヴァルトが気にしなくとも、領民の心境はそうもいかない。

 押し黙ったクヴァルトに、国王がおずおずと声をかけてくる。

「そちらに利がないことはわかっている。だが、愛で子をそのままにしておくことは、絶対にできない」

「愛で子を放っておけないことは……認めますが」

 ここで二つ返事で引き受けるわけにはいかない。

 わざと渋る様子を見せると、

「勿論、損が出るようなことは、わたくしがさせないわ」

 予測ずみだったのだろう、王妃は不適な笑みを浮かべて断言してみせた。

「駄目なら一時的にでも良いわ。とにかく、まずは彼女の身の安全を確保したいの」

「……わかりました」

 あまりごねても、それこそ得はない。

 愛で子がどんな人物かわからないうちから、あれこれ問答してもしかたないところもある。

 やむを得ず、クヴァルトはうなずきを返した。

「ありがとう! クヴァルト!」

 ぱっと表情を明るくさせて、王が感謝を示してくる。

 その笑顔を見ると、どうしても笑みを返してしまうのだから、この王はずるい。

 施政者としては、正直凡庸であるという評価になるが、彼の持ち味はこの人好きされる性質だと思っている。

 どうしても憎めないのだ、それは生まれ持ったものも大きいだろうが、こんな王宮内で育ったとは思えない部分もあるから、本人の努力もあるのだろう。

 だからこそ、王妃はこの場に王を伴ってきたのだと見当をつける。

 娘を持つ父親でもある彼は、性格からしても愛で子を放っておくことはできない。

 そのためならばクヴァルトに頭を下げることも厭わない。

 王だから命じて当たり前、という意識は彼にない。その実直さは諸刃の剣だが、こういう時には非常に効果的だ。

 よく言えば平和主義、悪く言えば事なかれ主義の彼ではあるが、従兄弟であり友人でもある王には情もある。

 捨てられた犬のような目で見つめられれば、ほだされるのはいつも自分のほうだ。

 詳しいことは決めようがないので、とにかく王宮側で愛で子を保護するまで王都にいてくれと頼まれた。

 正直、何日もかかると困るのだが、できるだけ急ぐという言葉を信じるほかない。

 やれやれとため息をついて、ひとまず王都の邸へともどることにした。


 公爵邸にもどると、まずはフリーデとウェンデルに状況の説明をする。

 彼女たちもまさか、と信じがたい顔だったが、承知しました、と一人増える心づもりで帰りの支度を考えだす。

 クヴァルトは領地へむけて、客人を迎える可能性があることや、帰りの日にちが未定であることなど記した手紙をしたためた。

 それから二日ほどはたいした動きもなく、シュテッド公爵邸に挨拶へ行ったり、過去の文献を求めて王立図書館へ行ったりと、王都でしかできないことをこなしていった。


 そしてそろそろ動きがほしいと思っていた三日後、急使によって呼びつけられたクヴァルトは、フリーデとウェンデルを伴い、再び王城へ足を運んだ。

 通されたのは最上級の貴賓室がある一角で、その一室で王妃が待っていた。

「向こうの部屋に、愛で子がいるわ」

 貴賓室のひとつを指さして言う彼女の表情は堅い。

「医師がいるけれど、人払いをしているから、できればあなたのところの者をつけて頂戴」

「わかりました、二人とも、お願いします」

 クヴァルトの命に、二人はすぐさま部屋を移動していく。

「……つまり、事実だったわけですね」

 確認すべく問いかけると、不快げなため息とともにええ、と肯定された。

 あまりにも愛で子の体調が悪くなったため、神殿内では対処できず、王宮に泣きついてきたらしい。

 そこで論破し、どうにか彼女を連れだすことに成功したのだという。

 観察術士の見立てでは、暴行を受けたことは間違いなく、魔力は枯渇しており、体力も減って衰弱状態、食事もろくにとっていなかったらしく、栄養失調でもあるらしい。

 一体神殿はどこまで莫迦なのかと、らしくなく舌打ちしてしまう。

 他の神官に気づかれたり、愛で子の体調を悪化させたりしないよう、うまくやればよかっただろうに。

 ……もっとも、そんなことをされれば気づかぬまま何年も経過しただろうから、今回にかぎっては彼らが愚かでよかったのだが。

 幸いなのは、どれも静養すれば治るものだということだ、……少なくとも、身体のほうは。

「目が覚めたら、愛で子に会ってもらえる? それでできれば、早急にあなたの領地に連れて行ってもらいたいのだけれど」

 早くしなければ、神殿側が連れもどそうとするだろう。

 その時あまりごたついてしまうと、民衆にまで騒動が広がってしまう。

 だから一刻も速く、と思う気持ちはよくわかる。

「……わかりました」

 わかるのだが、正直、彼女の言葉にはあまり従いたくない。

 国王相手ならば、友人であり肉親だから、という理由がつけられる。

 しかし彼女に対してはそれらは通用しない。

 というより、通じると思われては、今後も無理難題をふっかけられるので避けたいのだ。

 こと今回の件に関しては、たしかに素早く動くことが大切だが、それによって不利益が出ることも十分にありえる。

 神殿側は、拐かすように領地に連れて行く己のことを、間違いなく糾弾するだろう。

 しかし、異世界から勝手に召喚され、いいように扱われた女性を、放りだすのも気が咎める。

 同じ神殿の被害者として、などと言うのはおこがましいが、他人事とも思えないのだ。

 王妃は愛で子に関しての作業があるからと、言うだけ言って執務室へもどっていく。

 クヴァルトは彼女が目を覚ますまで、彼女に関する資料を眺めていた。

 ……と言っても、たいした情報は王宮には存在しない。

 召還されて少しして、国王と一部貴族に披露目をしたきり、神殿から出ていないからだ。

 これ自体はおかしなことではなく、どの愛で子もそうだったのだが。

 わかっていることといえば、名前と、大体の年齢程度。

 直接聞いたほうがいいだろうと、数枚の紙をぞんざいに机上に投げた。

 だが、眠っている女性の部屋に行くのはもってのほかだし、暴行を受けているなら、男性が恐ろしくなっていて当然だ。

 なるべく急いで行動したいところではあるが、無理を強いる気にもなれない。

 数日程度なら、王妃が神殿を黙らせておくことはできるだろう。

 フリーデたちはそのままつけておいて、自分は一度街の邸にもどるか、と考えていたところで、ノックの音がした。

「旦那様、セッカ様が目を覚ましました。会う、と仰っています」

 気丈だな、と思ったが、強がりでもそう言っているなら乗るべきだろう。

 とにかくどんな人物か知りたい、そう思ってむかった先にいた彼女は、色々な意味で予想外だった。

 暴行を受けていたせいで、顔色は悪く、頬もこけていたが、漆黒の瞳にはちゃんとした意思が見える。

 きちんとした言葉をつかい、突然の状況でも必死に自分で考え、言葉にしていった。

 意外なほど順調に話は進んでしまい、王妃の思うとおりになるのは面白くないが、セッカ本人には好感を持った。

 この調子なら、同じ邸にいても、厄介だと感じることはないだろう。

 どうしても合わないようなら、いくつかある別邸にでもと思っていたけれど、しなくてもすみそうだ。

 それはウェンデルたちも同じだったらしく、特にフリーデは献身的に面倒を見ている。

 それならば、とさっさと王都を出ることに決めて、了承を得た。

 移動で負担をかけてしまうが、すぐ近くに連中がいる恐怖におびえるよりは、距離をとれるほうが安心するだろう。

 セッカのほうも同じ気持ちらしく、頑張ります、と言ってくれた。

 フリーデの視線は痛かったが、最善策だとは理解しているのだろう、表だっての文句はない。

 セッカのことは二人にまかせて、クヴァルトは部屋を出ると、すぐに王妃を呼ぶよう声をかける。

 ほどなくして先ほどと同じ部屋で、再び二人は相まみえた。

「明日、領地へ戻ります。……彼女を連れて」

 端的に告げると、王妃は満足げに笑みを浮かべた。

「ですが、彼女の体調を考えると、かなり無理な行軍です」

「わかったわ、馬車と馬はこちらで用意します、そういうことでしょう?」

 最後まで言わせずこちらの要求を察した王妃は、今回の件に関しては大盤振る舞いしてくれるらしい。

 王族用の馬車と最高の馬を使えるよう手配してくれると断言した。

「他にも必要なものがあったら言って頂戴、当面の生活費も用意するわ」

 本来、愛で子の生活費は神殿が負担するものだが、愛で子としての責務を全うしないで、しかも王宮が無理矢理奪った場合など、まったく前例がない。

「生活費は不要です、こちらで出しますから」

 あまり王宮に借りをつくりたくはないし、公爵の財産は一人増えた程度で揺らぐものでもない。

 だが王妃のほうも譲る気はないようで、そこには愛で子への口止めが多分に含まれるのだろう。

 あとは神殿への牽制、それらを含めてのだろうが、クヴァルトにはあまり関係ない。

 だが、まったく援助しなかったと知られれば、王の側も立場が悪くなる、なにか厄介なものが必要になった時は、精々利用させてもらおうと決めた。

 それからいくつかのことを確認し、打ち合わせもあらかた終わらせる。

 あとは明日の早朝、領地へもどればいいだけというところに落ちついて、ふと王妃が問いかけた。

「それで、愛で子の印象は?」

「……あなたも会えばいいでしょう」

 すぐ近くにいるのだ、少しくらい時間をつくって面会する程度、簡単なことだ。

 だが王妃は眉を顰めて、そのつもりはないわ、と断言する。

 王宮内で、しかも王妃という立場では、どうしても人知れず行動できない。

 政教分離を守らなくてはならないので、公的な接触以外は避けるのだという。

 愛で子と接触し、他者からあることないこと吹聴されるわけにはいかない。

 それは、神殿との軋轢を生むことになってしまう。

 すでにわだかまりは生まれているのだから、これ以上は避けたいのだろう。

 ──神樹という存在と愛で子という異世界からの召喚者。

 それらが厳然と存在するため、人々の信仰心はへたをすれば王家を越える。

 政治と切り離すことに成功している今、迂闊にふれて逆戻りするわけにはいかない。

 ……その理屈はクヴァルトにもわかる。

 わかるが、結果的に愛で子を連中にまかせきりになり、なんの罪もない異世界人を、今までも不幸にしてきたかもしれないとなると、果たして正しいことなのかは疑問に思える。

「……少し話をしただけですが、しっかりした女性でしたよ」

 だが、これ以上たたみかけても無駄だろうと、クヴァルトは面会したばかりの彼女を思い出す。

「そう、それなら、ついでに結婚証明証も出しておいてくれない?」

 ……少しでも同情した自分が莫迦だった。

 明日の天気でも話題にするような調子での発言に、覚えず指先に力が入った。

「後見になれば十分でしょう」

 その上で、必要ならばシュテッド公爵あたりに養子縁組でも頼めばいい。

 だが、とりあえずは自分が後見人として立てば、問題はないはずだ。

 しかしあからさまに機嫌を悪くしたクヴァルトを前にしても、王妃は表情ひとつ変えない。

「それだと神殿に対して弱いかと思って。広めている噂の信憑性を出すにも、結婚しておけばちょうどいいと思ったのだけれど」

 しれっと言い放たれて、頭が痛くなってくる。

「連中に乱暴された身に、ソレを要求するのはあまりに酷でしょう」

「そう? 紙一枚の問題だし、あなた相手なら『白い結婚』なのだから問題ないでしょう」

 あまりにあっさり告げられるものだから、怒る時機を逸してしまう。

 たしかに、式をしなければ役所に提出するだけで終了するものだ。

 そしてクヴァルトは、連中のような真似をセッカにすることはできない。

 だが、出会ったばかりの彼女に自分の事情を話す気にはなれないし、あれほど疲弊していた彼女にそれを強いるのは、流石にできる気がしなかった。

 大体目の前の彼女だって、その「紙一枚」にこだわって今があるというのに、よくも棚に上げられるものだ。

「……そのあたりはあなたに心配されずとも、うまくやります。結婚までする必要はありません」

 低い声で反論し、これ以上は譲らないと席を立ってしまう。

 非礼と責められる行動だが、王妃はそれ以上は口を挟むつもりもないらしく、そう、と呟いただけだった。

「帰る前に、もう一度陛下に会ってあげて。心配していたから」

 辞去の礼を告げたところに、そう声がかかる。

 正直すっぽかしたかったが、わかりました、と返答した。

 ……まったく、自分も彼女も、彼には甘いことだ。

 王への目通りを待つ間、翌朝までの行動を頭の中で組み立てる。

 ウェンデルたちはセッカにつけておくから、旅支度は自分でする必要がある。

 街の邸へもどり、荷物をまとめて、王妃のことだから王城の一室を用意しているだろう。

 そこに護衛と共に泊まって、早朝彼女を連れて領地へもどる。

 クヴァルトにも大分きつい旅になるだろうから、あの状態のセッカにはさらに厳しいだろう。

 領地の邸の準備はつつがなく終わっているという知らせがとどいたので、到着さえすれば、少しは休めるだろうが……部屋が夫人の部屋だという問題はあるけれど。

 直接顔を合わせれば、もう少し説得できただろうが、手紙でのやりとりでは分が悪い。

 しかし広く快適な部屋が他にないのも事実なので、しばらくは我慢してもらうしかないだろう。

 厄介ごとを抱えこんだものだとため息をついたところで王の従者に呼ばれ、意識を現実に切り替える。


 そんな厄介だけれど面白いと感じたセッカとのその後は──言うまでもなく。

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