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猶予の二日目(2)

 夕食のあと、料理長は白いケーキをデザートに出してくれた。

 雪を見て思いついたらしいそれはおいしくて、切り分けられたひときれだけでは物足りないほど。

 でも、夜にこれ以上食べると危険なので、またつくってくださいとリクエストをしておく。

 そのあといつもなら、食後の休憩を兼ねて、結構な時間ルト様とおしゃべりするのだけど、今日はお風呂の準備ができたら、すぐに入ることにした。

 ……だって、昨夜そういう話をしたし。したよね?

 寒いから早く入りたくてと言えば、特に怪しまれることもなかった。

 いや、フリーデさんたちは察してるからもあるんだろうけど。だから笑顔がなんというか……いたたまれない。

 さくさく入浴をすませて、寝る支度を整えて、準備万端になったところで、やっぱり怖じ気づいてしまう。

 さっきウェンデルさんには「いちいち私に言わなくてもだいじょーぶですよー」と軽いノリで言われてしまった。

 それはつまり、見なかったフリは継続中ということだろう。

 普通、こんなにお膳立てするものなんだろうか……いやでも、貴族の屋敷に夜這いって、考えてみたら、使用人を抱きこまなきゃできるものじゃないよなぁ……

 垣間見える偉いひとたちのただれた事情は、そっと蓋をしたほうが精神衛生上よさそうだ。

 益体無いことを考えつつ、今夜も隣の部屋のドアをノックする。

 すぐにドアは開いて、いつもどおり穏やかな表情のルト様が出迎えてくれた。

 ……そう、いつもどおりなことに、段々悲しくなる自分がいて。

 もやもやした思いは、ひとつの決意を、徐々に形にしてきている。


「今日はこちらにしようかと」

 また違うグラスにお酒のボトルが出てきて、驚いてしまう。

 どれも度数の低いものを選んでいるらしいけど、何本あるんだろう。

「……棚にあるのって、もしかしなくても、全部中味入りなんですか?」

 豪華な棚に品良く収まっているボトルは、よくよく見れば奥にもあるようで、つまり単純計算でも表の二倍は置いてある。

 しかも、扉を開けて観察してみれば、未開封のものも何本もあった。

「ええ、どうしても、もらうことが多いので」

 たとえば領地のワインは、毎年できたものを贈られている。

 飲むためのものなので、流石に料理用に回すわけにもいかないし、使用人の分もちゃんと同封されている。

 多少は飲んで感想を告げなくてはいけないから、すべて他人にあげるわけにもいかない。

 ワインの場合は長く置いておけないから、まめに飲んで飲みきるそうだけど、置いておいても大丈夫なものは、味見だけしてそのまま、が多いらしい。

「寝酒の趣味があればよかったんですが……」

「でも、今飲んでますよね、大丈夫なんですか?」

 最初はわたしに合わせてたみたいだけど、今日は全然違うお酒を飲んでいる。

 どうやらかなり強いお酒らしいけど、氷を浮かべであるだけだ。

 隣には勿論チェイサーが置いてあるけど、飲まなくても平気そうだ。

「幸い、それなりに強いので」

 多分本当なんだろう、顔色も違わないし、様子が変わった感じもしない。

 顔色に出ないひともいるから、そこは判断材料にはならないけど、言葉からしても本当そうだ。

 それなら晩酌してもおかしくないのに、と不思議になる。

 世の中には飲みたいけど飲めないひともたくさんいるから、贅沢な話だ。

 ちなみにわたしはあまり強くないので、今日のお酒もおいしいけれど、一杯でやめておくつもりだ。

 だけどルト様は手酌で二杯目をついでいて、氷は溶けかけているけど、気にしたふうもなく飲んでいる。

「……ただ、それでもいくらかの変化は出ますからね、一人でいても、それが嫌で、飲まなかったんです」

 誰かと飲んで、うっかり「なにか」を口にしたら。

 一人でいても「それ」を口走ったことを覚えていたら。

 ──だから飲まなかったんだろう。

「ですが、あなた相手なら、そのあたりの心配は少ないので」

 おかげで酒瓶が減りそうです、と微笑まれたけれど、わたしはそれにうまく返せなかった。

 ……少ない、だけなんだなぁ。

 ルト様の秘密を知っていて、なにを漏らしても大丈夫だけど、それでも、安心して飲むわけにはいかないと、言外に含まれているような。

 本人にはそんなつもりはないのかもしれないけど、壁を感じてしまう。

 喜怒哀楽があまり出ない表情筋でよかったと、グラスに口をつけながら思う。

「ちなみにグラスは、何代か前の収集品です、かなりの酒好きだったそうですよ」

 ……てことはこれ、立派な骨董品ってこと……?

 何回か落としそうになっていた事実を思いだし、冷や汗が出る。

 ほろ酔い気分もいっぺんで覚めてしまった。

 どうせ誰も使わないので遠慮なく、と言われても、そうはいかない。

 注意深く机の上に置くと、小さく笑われてしまった。

 いつかは壊れるものかもしれないけど、できればわたしの時であってほしくない。

 二杯目もあっさり飲みきったルト様は、たいして変わった様子もなく。穏やかにベッドに手招いてくれる。

 昨夜と同じように端にもぐると、当たり前のように手が伸ばされた。

 おずおずとにぎると、力を入れずににぎり返してくれる。

「……そういえば、聞き忘れてたんですけど」

 いつもより時間が早いせいか、眠気は遠い。

 だから、気になっていたことを訊ねるべく急いで口を開いた。

「何人くらいが、その……わたしがここにいるって、知ってるんですか?」

 これを確認しておかないと、うっかり口を滑らせそうで恐い。

 わたしは結構必死だったのだけど、ルト様はのんびりと、そういえば、と呟いた。

「メサルズ、アディ、ジャン、フリーデ、ウェンデルですね」

 ……あれ、思ったより少ない。

 邸の見回りをしている警備のひとは、と思ったら、最近は三階までくることはあまりないらしい。

 平和な今とはいえ、ある程度の警備というのは必要なのだそうで。

 ルト様の命を狙う……というのは、今はあんまりないらしいけど(今「は」ってところが恐いけど)泥棒とか、そういうのもいる。

 ただ、この邸は近くに高い建物がないので、屋根から侵入されることはまずない。

 従って気をつけなくてはいけないのは、地上の警備というわけで。

 だから室内は、そんなに見回りの頻度も高くないのだそうだ。

「はじめのころは、あなたの様子が心配だったので、少し多くはしていましたが」

 体調だけじゃなく、なにかしでかすかもしれないというのもあったんだろう。

 いくらおとなしそうにしていても、いきなりやってきた異世界人相手なら、警戒して当然だし。

 でもその心配もなくなったし、ウェンデルさんもいるから、ということなのかな。

 たまに見回りにはくるけれど、そこはうまくウェンデルさんが時間を外して見つからないようにしていたらしい。

 ……メサルズさんたちは、どう思っているんだろう、流石に聞くのは憚られるけど。

 今日の態度からして、不満があるとかではないと思いたいけど……

「アディたちは私の身体のことを知っていますからね、心配はしていませんよ」

「いや、心配より、その……」

 評判? なんて言えばいいんだろう。

 うまい言葉が出てこなくて唸るわたしに、ルト様は微笑んだままだ。

「間違いなく、怒られるのは私のほうなので、気にしなくて大丈夫ですよ」

「なんで!?」

「おや、珍しく素の声ですね」

 いやだってそうなりもするだろう。

 愉快そうに眺められたけど、って、そこ感心するところじゃない。

 押しかけているのはわたしなのに、どうしてルト様が怒られるんだか、全然わからない……

「流石に答えづらいので、黙秘権を行使しますね」

 嘘をつきたくないからか、先手を打たれてはどうしてですか、と聞けない。

 そしてアディさんたちに質問なんて恥ずかしいこともできるわけがなく。

 やむなくあきらめたわたしに、それはそれとして、とルト様が言う。

「ここへきたころのあなたは、ずいぶん魘されていたので……側にいるほうが、安心するんです」

 全然記憶にないけど、毎晩のようにそうだったらしい。

 覚えていないならそれでいいだろうと、誰も言わなかったそうだけど……

「……ああ、そういう報告をされてたから、最初のころはすごく過保護だったんですね」

 なんでだろうと不思議だったけど、疑問がとけた。

 そりゃあ、毎晩のようにウェンデルさんから伝えられたら、心配にもなるだろう。

 今でも過保護なところは変わってないけど……

「──まあ、報告も受けました。だから、遠慮しなくていいんですよ」

 これも、と、にぎったままの手に少しだけ力がこもる。

 だけど決して強くはない、いつでもほどける程度の、多分、わたしが恐がらないくらい。

 絶妙な加減は、そういうコトに慣れているんだろうか、でも長いことダメだったって言ってたし……と、考えてもしかたないことがぐるぐる回る。

「明後日は、どこへ行きましょうかね」

 なんてことない口調で、次の休みの予定を考える。

 ……そういう話は、昼でもできるじゃないかと不満を口にしかけるけど、じゃあなにを喋りたいかって、出てこなくて。

 根掘り葉掘り聞きたいわけじゃない、だけど……

「……ルト様は、心配だったら、他のだれかにも、……」

 ──添い寝したり、するんですか、なんて。

 わたしに問いただす権利なんてないのに、眠くなってきてタガが外れたらしい。

 幸い最後の言葉は飲みこめたけど、ばれている気がする。

 なんですって? と訊ねる声は穏やかで、ああ、誤魔化せたのかなとほっとする。

 たいしたことじゃないんですと返して、強くなってきた睡魔に任せてしまう。

 逃げてるだけなのは、わかってるけど、もう一度言葉にする度胸なんてなかったから。


「──多分、あなたが最初で最後ですよ」


 その囁きが、わたしの願望だったのか、それとも──それは、その時にはわからずじまいだった。

 報告「も」受けていますが、

 その時どこにいてなにをしていたかという部分を誤魔化す公爵。

 相変わらず嘘はついていませんが、これはギリギリな気もします。

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