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馬車の中(2)

「大丈夫です、荷物が手元にあれば、やつらは呼びだせはしません」

 公爵様の声が、ひどく遠く聞こえる。

 本当に、一瞬で頭の血が下へ落ちたようだった。

 話には聞くけど、本当にあるんだな、と妙に冷静に考えてしまう。

 ウェンデルさんが支えてくれていなければ、前のめりに転んでいたかもしれない。

「すみません、伝え方が悪かったですね」

 心から申し訳なさそうな顔をしているので、返事をしたいのだけれど、うまく口が回らない。

 ウェンデルさんが隣でごそごそしたのち、はいっとカップを渡された。……暖かい。

 受けとりたいのに、手がものすごく重たい。支えてもらってなんとかという有様だ。

 一口飲むと、蜂蜜と生姜の味がした。

 絶妙な加減の味に、一息に飲むと、ぼやけていた頭がはっきりしてくる。

「ここにフリーデさんがいたら、大変だったと思いますよー」

「……それはもの凄く思いました」

 ぼんやりしているわたしの耳に、よくわからない主従の会話が流れてくる。

 フリーデさんが、どうしたんだろう。……まだ頭が回らない。

 こめかみに指を当てて、ぎゅっと目をつぶってから開く。大分視界がクリアになってきた。

「言葉の順序を間違えました、今のは、全面的に私が悪かったです」

 改めて謝られて、どうにか首をふった。

「召喚の術は大がかりなものです。人数も魔力も膨大な量を必要とします。加えて、呼ぶ縁がなければ、まず成功しません」

 つまり、荷物がこちらにあって、遠くへ逃げれば、ほぼ安全というわけだ。

 この世界の魔法は、あんまり便利なものではないらしい。

 魔力は大体誰にでもあるけれど、それは、日常生活を少し楽にする程度のもので、ファンタジー世界によくある、魔法でつくりだしたもので攻撃だとかは、ごく一部のひとにしかできないらしい。

 そして、魔力があるひとは大抵神殿に行き、神にその魔力を捧げる生活を選ぶ。

 ごく一部がわたしの想像するような魔法使いになるけれど、その場合は王宮とか、要するに最高権力者に召し抱えられることになる。

 あとは観察術に長けているひとが医療関係に行く程度なのだそうだ。

 でも、そのわりにクヴァルト様の表情は、すっきりしたものではない。

 そこでわたしは、あることに気づいた。

 神官には召喚できなくても、──

「……神樹は?」

 ぽつりと漏らすと、はっきりと顔色が変わった。当たりらしい。

「私は、嘘を好みません。ですから可能性が少しでもある場合は断言しません。その上で──おそらくは大丈夫だと言わせてください」

 つまり、百パーセントではないが、高い確率で召喚されることはないらしい。

 持って回った言いかただけれど、危険性があるのに大丈夫と考えられるよりはよっぽどいい。

「あまり考えさせたくはないのですが……今のあなたがあの樹のもとへ行って、穏やかな気分で魔力を与えられますか?」

「無理です」

 即答した。できるわけがない。

 神樹になにかされたわけではないけれど、あの場所が嫌なものになってしまっている。

 坊主憎けりゃ神様まで憎いという言葉はないけど、そんな状態だ。

 あの樹はとても綺麗で、そばにいると心が落ちつく感じさえしたけれど、今は同じ気持ちになれそうにない。

「あれは名前のとおり神の樹です。そのため、負の感情を嫌います」

 実際、戦乱の多い時代には、各地の樹すべてに神子がいたらしい。

 世の中が荒み信仰心が薄れて、人々のマイナス感情が多いため、自浄作用として頻繁に召喚されたのだという。

 だから異世界人なのだろう、同じ世界の人間では、多かれ少なかれ戦乱に巻きこまれて、すなおな気持ちでいられないから。

 つまり今のわたしをそばに置いておいても、望む結果は得られないわけだ。

「じゃあ、わたしの調子がよくなったら、また呼ばれるんでしょうか」

「前例があまりないので、なんとも言えませんが……」

 歴代の神子は大体、その役目を終えてから下野したひとばかりらしい。

 一般人になって結婚したひと、そのまま神官になったひとなどなど。

 もしくは、新しい神子がきてお役御免になるか。

「ですが、あなたが拒絶の意思を持っていれば、それもあれにとっては負の感情です。簡単にはいかないでしょう」

 おそらく事前に調べてくれたのだろう、説明にはよどみがない。

 安心しきることはできないけれど、ある朝目が覚めたら連れ戻されていた、なんてことはなさそうだ。

「それに──万一そうなった時は、やつらの根城に火をかけて即日救いますから、安心してください」

 穏やかな笑顔で強烈なことを宣言された。火、って。まずいんじゃないかな。樹だし。

 いや、勿論その際は王様も協力するんだろうけど、それはどう考えても犯罪行為だし、禍根を残しまくりそうだ。

 権力でもみ消すにしても限度があるだろうし。

 そもそも神殿を根城扱いも、不敬だと怒られるレベルじゃないだろうか。

 信仰心が薄いと申告していたけれど、なんだか、そんな簡単なものではないような。

 神殿を嫌う明確な理由でもあるんだろうか?

 公爵様は恩人だから、色々な意味で、そういうことにはならないでほしい……

「嫌なことばかり話してしまいましたね、私は一度席を外しましょうか」

 まだわたしの顔色は悪いらしく、今にも馬車を止めて外に行きそうな雰囲気だ。

 今青ざめているのは、どちらかというとクヴァルト様の言動なのだけど。

「いえ、大丈夫……ですから、ここにいてください。ただ、あの、少し外を見ていても、いいですか?」

「ええ、勿論」


 いつのまにか馬車は、広々とした場所を走っていた。

 周囲には整然と整った街並みが見える、城下街を走っているらしい。

 神殿以外を見たことがないので、どんなものか確認しておきたかった。

 そのあたりを察してくれたらしく、ウェンデルさんが窓にかかっていたカーテンをどけてくれる。

 まだ早朝だから、街はまだまだひっそりしていた。

 徐々に明るくなる光に照らされた人気のない街は、見知らぬこともあって、まぼろしのように思えてしまう。

 しげしげと眺めるわたしに、クヴァルト様が今はどのあたりか説明してくれる。

 王城を抜けて、貴族の屋敷を抜けて、このあたりはもう少し時間が経つと、賑やかな商店街になるのだという。

 そうなると大通りは馬車の通行が禁じられるが、これが一番門への近道なのだという。

 それが、早朝を選んだ理由でもあるらしい。

 ただ、王城への道は一本道ではないという。商店街通りはまっすぐの大きな道だが、そこから先は何度も曲がり角を曲がらないと、王城へ続く門へはたどりつけない。

 直線距離では大通りからまっすぐ進んだ場所にあるそうだけれど、そうしていないのは、勿論防衛のためだ。

 きちんとした都市計画のもと、つくられたことがよくわかる。

 やがて馬車は大きな城壁へたどりつく。きっとこの立派な壁は、周囲にぐるっとそびえているのだろう。

 出入りするには時間がかかるのかと思ったが、列も少なく、少しの間止まったかと思うと、あっさりまた進みはじめた。

「これでも公爵ですからね」

 なるほど、偉いひとはほぼスルーらしい。

 それに、ここは貴族用の出入り口だそうで、一般人はこないから、なおさら短時間ですむらしい。

 そもそも一般人が出入りできる門は、普段はもっと遅くならないと開かないそうだけど。


 城壁を出ると、一気に景色が変わった。

 特急列車で通り過ぎる途中駅のように、一気に民家が見えなくなる。

 日本なら代わりに畑が見えてくるけれど、それもなく、広々とした景色だけがそこにあった。

 そして、徐々に馬車の速度が上がってくる。

 でも、そんなに揺れることもなく、十分耐えられそうだ。

 それでも酔う可能性はあるから、気をつけてはいようと思うけど。

 しばらく外を見ていたけれど、ほとんど景色が変わらないので、流石に飽きてきてしまった。

 きちんと席にすわり直すと、公爵様はなにか書類を読んでいたが、気配を察してそれを止める。

「少し休みますか?」

「いえ、大丈夫そうです」

 眠気はほとんどないから、どうやって時間を潰すかのほうが問題かもしれない。

 ウェンデルさんになにかないか聞こうとしたけれど、それより先にクヴァルト様が口を開く。

「では、私と打合せをしていただけませんか?」

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