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蜂蜜の夜(2)

 ……寝る?

 一緒に?

 って、わたしと、クヴァルト様、が?


「え、え………っ」

 大きい声をあげそうになって、慌てて自分の口を塞ぐ。

 ウェンデルさんが飛びこんできたら大変だ。

「お嫌でしたら、前のように手をつないでいましょうか」

 次善案を出してくるクヴァルト様はやたら冷静で、慌てているわたしが変なのかと思うくらい。

 手をにぎってもらえるのはたしかに安心はするけど。

「そ、それは駄目です、クヴァルト様がその間眠れませんし、姿勢だって痛いし……」

「ええ、そう言うと思いましたから、一緒に眠りませんか? と」

 察してくれているのはありがたいけど、だからってなんでそうなるんだろう。

 わたしとクヴァルト様の関係は……ただの身元引受人と異世界人なだけだ。

 恋人同士でも婚約者でもなんでもない。

「誰かの体温があると、眠れると言うでしょう?」

 それはよく聞く話で、だから以前は手をにぎってもらえて眠れたわけで。

 当たり前のような顔をしているけど、話している内容は当たり前じゃないと思う。

 ……そりゃあ、わたしはクヴァルト様が好きだから、一緒に眠れたら嬉しいけど。

 でも、結婚してないどころか恋人同士でもない二人がっていうのは、どう考えてもまずいだろう。

 まずいっていうか、周りに知られたら、そういう関係だって思われて当然なわけで。


 ……そういう、と、自分で考えて、小さく悲鳴が漏れた。

 いやそもそも男性の部屋にのこのこ入っていった時点で、襲われても文句は言えませんって話だ。

 しかも服装はガウンを着ているとはいえ寝間着一枚。下着は一応つけているけど、だからなんだって状態だ。

 おまけに飲酒までしている、これで「そんなつもりじゃなかったの」なんてのたまったら、それは流石にふざけてる。

 クヴァルト様にかぎってそんなことしないだろうと、深く考えていなかったわたしのバカさ加減に我ながらあきれてしまう。

「……セッカ、落ちついて」

 低い声が耳にとどいて、パニックになりかけていた頭が少しだけ冷静さをとりもどす。

 クヴァルト様は決して距離を縮めることもなく、静かな目でわたしを見つめていた。

「あいつらのような真似は、しません。決して」

一言ひとこと、区切るようにして言い切る。

 そうだ、クヴァルト様は連中に襲われたことを知っている。

 わたしが恐がるのもわかっている。

 ……そうだ、そもそも──そもそも、わたしは連中にいろいろ、されてるんだ。

 もともと処女じゃなかったけど、この身体はもう汚れてる。

 とびきり美人なわけでも、スタイルがいいわけでもない。

 魔力は渡せるけど、それだって役に立つわけでもない。

 ましてクヴァルト様は大分年上で、むこうから見たらわたしは子供みたいなもの。

 よく考えなくても、そういう対象にならないことなんて、すぐわかることだ。

 ……一人で勘違いして混乱するなんて、ばかみたい。

「でも……迷惑、が、かかります」

 ──でも、いい年をした男女が同じベッドで寝るだけなんて、普通あるわけがない。

 誰に喋ったって信じてもらえないだろうし、わたしだって聞いても納得しないと思う。

 きっと邸のみんなは、わたしたちが男女の関係を持った、と判断するだろう。

 ばれないうちに部屋にもどればいいのかもしれないけど、すでにウェンデルさんは知っている。

 クヴァルト様から黙っていてもらうように命令してもらえれば、とりあえずなんとかなるかもしれないけど……

 みんなに知れたら、クヴァルト様に迷惑がかかってしまう。

 いくら噂でクヴァルト様がわたしにぞっこんだと流していたって、それはあくまで噂話。

 仕事も満足にできず、結婚してないのに公爵と関係を持つ神子なんて──民衆から叩かれるに決まってる。

 そんなことになったら、恩を仇で返すどころじゃない。

「迷惑なんて、なにひとつかかりませんよ」

 貴族連中なんて、みんなただれていますからと、爽やかに言い放たれる。

 そりゃまあ、愛人がいるのが普通だという話は、聞いたことはあるけれど。

 それはあくまで、結婚している場合だったはずだ。

 わたしたちの関係はあくまで他人なのに。

 ……結婚する気はないみたいだけど、いずれ、奥さんを迎えるかもしれないのに。

 それなのにスキャンダルなんて、絶対によくない。

 ぎゅっと手をにぎりしめたまま、首をふる。

 こんなことで甘えちゃ駄目だ、すぐにも部屋にもどらなきゃ。

 そう思うけど、足が動かなくて、首振り人形みたいにしながら、駄目です、と繰り返すだけだ。

 もうなにが駄目なのか自分でもわからなくなってたけど……


 不意に、きつくに抱えていたグラスが、するりと抜かれ、そばのテーブルに置かれる。

 なんとなくそれを目で追っていると、視界いっぱいにクヴァルト様が入ってきた。

「まあ、あなたが強情なのは知っていますから、もっとわかりやすく、大丈夫という理由をお教えしましょう」

 一転苦々しい笑みを浮かべたクヴァルト様は、ゆっくりと続ける。

「現実問題、私はあなたになにもできないんですよ。──不能ですから」

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