隙間の寒風
それからしばらくは、特にこれといったこともなく日々が過ぎていった。
毎日の勉強、ピアノの練習、休日にはクヴァルト様と外出する。
出かける場所はまだまだ高級店が多いけれど、それでも楽しかった。
ぬいぐるみ店に行って、新しいぬいぐるみを二体ほど迎えてしまったり。
洋服屋では新しいドレスを買ってもらったり、ついでに一から仕立てましょうと言われたり。
断りたかったけれど、新年用にと言われたら、うなずくしかなかった。
一応新年には、クヴァルト様と一緒に挨拶する予定になっている。
その時に、いまいちなドレスだったら、わたしだけじゃなくクヴァルト様にも恥をかかせてしまう。
それは嫌だということで……わたしは着せ替え人形に甘んじることにした。
なんていうのがちょっと前の話で、今、わたしはその仕立て上がったドレスを着ている。
新しいドレスがとどいたので確認のためにも着てみたら、ついでとばかりに美容部員コンビに化粧をされたのだ。
しかも、所作の練習にもなりますし! とそのまま演奏までするようにと言われてしまった。
ちょうどクヴァルト様が帰ってきてしまったので、着替えるわけにもいかず、わたしは渋々そのまま迎えに行く。
一から仕立てたドレスを傷つけたら大変だと、いつもよりおっかなびっくりだ。
「──お帰りなさい、クヴァルト様」
「ただいま帰りました。……とてもよくお似合いですよ」
一瞬目を見張り、それからにっこりと微笑まれて、恥ずかしくなる。
でも、流石オーダーメイドだけあり、身体にぴったりだし、なによりドレスなのに楽なのだ。
体型が変わったら綺麗に着こなせなくなるのではと心配したけど、そのためのコルセットですと言われた。
苦しいだけじゃないんだな……とちょっと発見したり。
「ありがとうございます、まだちょっと、慣れないですけど」
一応着物は仕立てたことがあるけど、それとドレスは全然違う。
大分慣れたつもりだけど、やっぱりまだまだだなぁと思うことも多い。
だけどクヴァルト様はにこにこしたままで、大丈夫ですよと甘い採点をする。
演奏くらいならこのままでもいけるかな、ということで、そのまま二人で離れに歩いて行く。
どうしても途中、外に面した場所を歩くのだけど、ちょうど北風が吹いてきて身震いしてしまった。
たいした距離じゃないしとなにも羽織らなかったけど、ちょっと失敗したかもしれない。
クヴァルト様がなにか言う前に、後ろに控えていたフリーデさんが母屋にとって返したから、多分なにか持ってきてくれるだろう。
「もう冬ですからね、気づかずに申し訳ない」
暖かくしてあるピアノ室に移動して、ほっと息をつくと謝られてしまった。
「クヴァルト様が謝ることじゃないですよ。それに、この程度なら寒くないほうですし」
「そうですか? 十分寒いと思いますが……」
冗談ではなさそうな口ぶりに、しみじみ、この地方は暖かいんだなと実感する。
たしかにこちらの暦の上では冬なのだけど、寒さも厳しくないので、正直わたしにはそんな感じがしない。
けれどまわりは寒い寒いとこぼしていて、ああみんなにはこれが冬なんだなと、少しとり残された気分になる。
……と、いけない、今は演奏に集中しなきゃ。
暖かい曲というのはぴんとこないけど、明るいもののほうがいいだろう。
今日のところは賑やかな曲を選んで披露した。
帰る時にはフリーデさんがストールを持ってきてくれたので、寒さも感じず母屋にもどることができた。
フリーデさんもやたら恐縮していて、こっちが困るくらいだったんだけど……そうか、やっぱりみんなの意識では、今が「冬」なんだな。
「──ああ、でも」
考えてみれば食事の席にも、スープやら暖かそうなものが多くなった。
ちゃんと季節ごとに考えている料理長は流石だ。
なんて考えていたら、ふとクヴァルト様が声を漏らして、なんだろう、と顔を上げる。
「今まではなんとも思っていませんでしたが、雪が降らないことを、このところは惜しく感じますね」
やんわり微笑んでいるけど、言葉の意図が読めなくて、首をかしげてしまう。
「──あなたの名前の由来を、見られないわけですから。さぞ綺麗なんでしょうね」
「……そ、うでもないと、思いますけど」
しまった、どもった。
綺麗とか、突然言われると、困ってしまう。
いや、他意はないんだろうけど……そもそもわたしが綺麗って話じゃないわけんだし。
頭ではわかっていても照れてしまいそうで、慌ててカップを口にして、誤魔化すことにした。
なんてことがあった翌日。
ピアノ室にやってきた私は、練習前に、楽譜の整理をすることに決めた。
みんなが冬だと言うなら、弾く曲も少しは季節に寄せるべきだろう。
仕事をしていた時は季節に合った選曲を求められた。
歌謡曲のピアノアレンジなどはその最たるものだ。
なので整理を兼ねて、練習曲を変更することにしたのだ。
複写した紙の束は、しょっちゅう出し入れをするので、本棚ではなく、棚にケースのようなものに入れてしまってある。
今弾くもの、考え中のもの、弾く予定のないもの──などに分けてしまってある。
一番下に置いた入れ物は敢えて無視して、それ以外の楽譜を出して確認しながら選別する。
結局これぞというものは決まらなかったので、クリスマス関連を少し出しておくことにした。
でもこっちには似たようなイベントがないから、ちょっと微妙かなぁ……
ただ子供が喜びそうな気もするので、さらっておいて損はないだろう。
数曲練習したところでクヴァルト様が帰ってきそうな時間になったので、練習中の譜面はまとめてしまう。
まだ納得できていないので披露するのはまた今度だ。
譜面が見えると聞きたがるかもしれないので、ちゃんと隠しておくことにしている。
そこそこ楽譜が読めるから、新しい曲だとすぐにばれてしまうのだ。
ということで今日は、クヴァルト様のお気に入りでもある月光ソナタと、わたしも好きなデライアさんの曲。
メドレー方式で続けて弾いて、終わったところで二人、枝を持って庭に出た。
庭師のおじいさんにたのんで、出てすぐに枝を挿す場所をつくってもらったのだ。
いつも違う場所に穴を空けるのはいかがなものかと思い相談したら、レンガで小さな囲いをこしらえてくれた。
周囲には神様が好きだとかいう花を植えてある。
囲いはあるけど地面に接しているので、ちゃんと魔力が流れることは確認ずみだ。
枝を挿すのは三日に一度、休日の前というローテーションができていた。
もっと間隔が空いてもいいらしいけど、忘れちゃうから定期的のほうがいいと思ったのだ。
貯めてからのほうがいいのかなと悩んだけど、そのへんは関係ないと観察術士に断言された。
そのへんは流石御神木というか、枝に入れっぱなしでも魔力が増減することはないらしい。
枝は、あくまでわたしから流れたものをそのまま保存しておくだけ。
魔法使いならそれを使って色々できるかもしれないという見立てだけど、観察術士でさえ、触るのは恐いと言うので、実際どうなるかは不明だ。
領地には魔法使いは存在しないので、実験したくてもできない。
一番できそうなのがわたしなのだけど、相変わらず魔力の実感はないから、どうにもならない状態だ。
「よいしょっと」
ぶすっと挿して大体十秒。それで十分放出されるらしい。
これだけなので一人でも平気なんだけど、クヴァルト様は一緒の時でないと駄目だと頑として譲らない。
神殿も嫌いなんだし、枝だって見ないほうがと思うのだけど、なにかあったら心配ですからと一歩も引いてくれなかった。
なんにも起きないんだけどなと、枝を抜いて土を払う。
何度もしているけど、枝がささくれたりとかもなく、つくづく普通の樹ではないんだなぁと実感する。
「わたしの世界にも御神木はありましたけど、あくまで普通の樹でしたから、不思議な感じです」
世界樹だっけ? があるっていう神話だかなんだかを聞いた気がするけど、実在はしないし。
存在するのはあくまで、長寿の樹ばかりで、まあ大きいし立派ではあるけど、それだけだ。
こっちの樹のように色が違ったりはしない。
「まあ、力がある分厄介でもありますがね」
皮肉たっぷりな返答に、これ以上話題は続けないほうがいいなと判断する。
明日の予定の話のほうがよさそうだ。
ここのところ出かけることが多かったから、少しゆっくりしたいかもしれない。
クヴァルト様のほうもこれといった計画は立てていないらしく、じゃあ明日出たとこでいいかなということになった。
部屋へもどり、ベッドサイドに枝を置く。袋に入れっぱなしも、一応木だからよくないんじゃないかと、部屋では花瓶に入れるようにしている。
心なしか水に入れると、魔力を流した時とは違う感じで生き生きして見えるし。
ちょんちょんつついても、特にどうこうは感じない。
直接的さわると魔力が流れるらしいので、ほどほどにと言われているけど、自覚がないのでついやってしまう。
なんとなく癒される気もするし。……これはみんな、特にクヴァルト様には言えないけど。
……ちょっとだけ、これに力を貯めたら帰れたりしないかなと思ったけど、枝に入る量が読めないし、そもそも魔法使いにあてはない。
だからそれは誰にも言わず、そんな気持ちをふるきるためにも、まめに枝を挿しているわけで。
「せめて、元気だって伝えられたらなぁ」
身体は無理でも手紙くらいは送れないものだろうか。
今度、駄目もとで樹のそばに置いておくのはアリかもしれない、
日本語で書けば、誰かに見つかっても内容はばれないし。
……うん、今度試してみよう。そんなことを考えつつ、眠りについたせいなのか──
──夢を見た。
12:09書き足しました、それ以前に読んだかたはお手数ですが更新をお願いします。




