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子供とピアノ

「……緊張する……」

 馬車の中、唸るわたしに、クヴァルト様が大丈夫ですよと声をかけてくる。

 休日の今日は、ちょっとした仕事というかなのだ。

 クヴァルト様は、公爵としての慈善事業の一環で、定期的に孤児院などを回っている。

 今回はそれに、わたしが同伴することになったのだ。

 これはわたしから、少しは役に立ちたいと申し出たのもあるし、孤児院は大抵宗教関係の施設に併設されているから、そっちの関係者がわたしに会いたいと言うのもあり。

 相手が子供なら、人数が多くてもパニックにはならないだろうということで、決まったのだ。

 今までも時々出かけてはいるけれど、公の場、という意味ではほとんど表に出ていない。

 まあ、神子業を頑張りすぎて伏せりがちとかなんとかという噂が広がっているから、いいといえばそうなんだけど……

 本当は元気なわけだし、少しくらいはイメージアップにいそしもうと思ったわけだ。

 美容部員コンビに、いつもよりおとなしめにつくってもらった見た目は、アップにした髪の毛と相まって年齢が上に見える。

 これならクヴァルト様と十歳離れているようにも見えないかな、とか。

 ……まあ、言動はどうしようもないので、せいぜい楚々としておこうと考えているのだけど。


 そうこうしているうちに、馬車がたどりついたのは教会の隣にある孤児院。

 この教会は樹をまつっているわけじゃなく、その樹を世界に植えたとされる神様を信仰しているものらしい。

 この世界の神様は属性ごとに何人かいて、そのうちの一人がこの神殿やご神木の連中のご本尊というわけだ。

 わりとゆるい、と言うとなんだけど、男女一緒の教会も結構あるそうだけど、ここは女性だけだ。

 なので孤児院の運営も基本的には女性ばかりなので、わたしがきても安心ということらしい。

 エスコートされて馬車を降りて、そのまま孤児院のほうへむかう。

 門の前には院長が待っていて、にこにこと歓迎してくれた。

「ようこそ、領主様、セッカ様」

 事前に名前で呼んでもらうようお願いしておいたおかげで、愛で子様と言われなくてほっとする。

 礼を返し、訪問できて嬉しいです、と型どおりの挨拶をかわした。

「私は彼女と少し話をしますが、あなたは自由にしていていいですよ」

 ……と言われても、ちょっと困るけど。

 まあ、誰かしらはついてくれるから、中を案内してもらうのがいいかな、と思っていたら。

「お姉さんがセッカ様?」

 ひょこひょこと廊下の奥から、子供たちが出てきた。

 年齢はばらばらだけど、一番上でも多分十五歳くらいだろう。

 孤児院の子たちも、ちゃんと最低限の教育は受けさせてもらっている。

 どういう教育を受けさせるかはある程度まかせているらしいけど、ちゃんと基準はあるらしく、むしろ識字率などはほぼ百パーセントらしい。

 これは、孤児院出身だからとないがしろにされないよう、知識をきちんとつけさせたいという意向らしい。

「そう、セッカだよ、よろしくね」

 小さい子に合わせてかがみこんで、挨拶をする。

 その子はぱっと笑ってこんにちは! と返してくれた。

「セッカ様、ぐあいはいいの? だいじょうぶ?」

 また別の子が、心配そうに見上げてくる。

 なるほど、噂はしっかり浸透しているようだ。

「大丈夫、元気になったよ」

 流石に子供相手に丁寧語もどうかと思うので、久しぶりに砕けた言い回しをする。

 子供たちがわたしを見る目は、興味が十割という感じだ。

 もとの世界でこういう施設にきたことがなかったし、教会併設ということで、誰からも崇められたらどうしようと危惧していたけど、流石にそれはないようだ。

「セッカ…様のもとの世界って、どんなだった…んですか?」

 男の子のたどたどしい言葉遣いが微笑ましい。

 わたしに対してはちゃんとしなさいって、言われたんだろうなぁ。

 でも、正直そんなに偉い存在じゃないし。

「無理にきちんとした言葉遣いじゃなくていいよ、わたしはもとの世界では、ごく普通に仕事してたんだし」

「どんなお仕事?」

 無邪気な小さい子は、敬語もへったくれもなく、あけすけに聞いてくる。

 これくらいあっさりしていると、嫌な気分もしない。

「ピアノを弾くお仕事だよ」

 よくわからなかったらしく、首をかしげられてしまった。

 ……うーん、やっぱりピアノの認知度が低いんだなぁ。

 この子たち、ピアノを見たことがそもそもないんじゃないかな?

「ええとね……黒い箱っぽくて、開けると白と黒の音の出るものがずらーっと並んでる楽器なんだけど」

 この説明じゃ伝わる気がしない……我ながら説明力のなさにがっくりする。

 ──ところが。

「あれ? それ、見たことあるぞ!」

「ほら、物置の」

「あ! そうかも!」

 一人が口にすると、わあわあと一斉に喋りだす。

 そのうちの一人がわたしの手をとると、こっち! と走りだした。

 子供相手だと恐くないなと思ったのは一瞬で、駆け足の子供に足をもつれさせながらついていく。

 身長差もあるので腰をかがめた感じになってしまい、空いている手でスカートの裾をつまんで行くのは、なかなか大変だった。

 案内、といっていいかわからないけれど……されたのは、建物の奥のほうにあった部屋。

 物置と呼んでいただけあり、色々なものが雑多に置かれているが、掃除はしてあるようで、ホコリっぽさはない。

 子供たちの遊び場になっているらしく、一角には玩具が集められていて、秘密基地のようになっていた。

 その奥、邪魔なものをどけてぽっかり開けたスペースに、それはあった。

 重たそうな布をかぶせられた形状は、アップライトかオルガンのそれで。

「……あー、そういえばあったね、よく見つけたなーお前ら」

 背後から聞き慣れた声がして、慌ててふりむくと、そこにはディディスさんがいた。

 ラフな服装はがっつり鎖骨が見えていて、色気が炸裂している。

 首にはネックレスもつけていて、ビジュアル系のどうのこうのみたいな感じだ。

「どうしてディディスさんがここに?」

「セッカちゃんが一緒って聞いたからさ、これを逃すわけはないでしょ!」

 ……誰から聞いたんだろう。

 クヴァルト様は絶対言わないと思うんだけど……

 あとで鉢合わせしたらまた拗ねそうだなぁと思いながら、でもそれよりあれがピアノかどうか確認したくて、まっすぐ進んで行く。

 布を外して出てきたのは、アップライトピアノだった。

 それから蓋を外し、中の様子を確認していく。……とりあえず、わたしの目視だと、目立った悪い箇所はなさそうだ。

 鍵盤のほうは……うん、なかなか古いピアノらしく、白鍵が黄色くなっている。

 基本のドから一音ずつ慣らして確認してみると……弾けないレベルでの音ズレではないかな。

 調律しないままだったようだから、完璧な状態ではないし、端のほうが少し出づらくなっているけど、とりあえず弾くには問題なさそうだ。

「これを弾いてたの?」

 物珍しそうに覗く子供たちに、そうだよ、とうなずき、ハンカチで鍵盤を拭いていく。

 子供らが遊んで鳴らしたのなら、油分がついているはずだ、もっときちんと掃除するべきだけど、それは後回しだ。

 ちょっと離れてね、とピアノに群がる子供たちに距離をとらせ、腰の袋をさわって確認する。

 ちゃんと枝は入っているし、二日間ほど、邸のひとを集めて演奏して試したから、大丈夫のはずだ。

 それにここにいるのは子供とディディスさんとウェンデルさんだけ。万一があってもどうにかなるだろう。

「じゃあ、一曲、弾いてみるね。飽きちゃったら出ていっていいから」

 長い曲を弾く気はないけど、じっと聞いているのは子供には難しいことだ。

 だから先に声をかけて、頭の中で楽譜を思い浮かべる。

 ちょっと自信はないのだけど、子供にウケそうで、派手なものといえば……やっぱりアレだろう。

 二分弱の曲だけど、難易度は高く、けれどそれゆえにインパクト大だ。

 少し準備運動をして、指先を動かしてから、一度深呼吸。

 なにせこの曲は最初から手がつりそうなのだ。いや、この作曲家は大体みんなそうなんだけど。

 けれどそれを感じさせず、流れるように、くるくると回る犬のイメージが浮かぶように。

 明るく楽しく、はしゃぎまわるように、あくまで軽快に、緩急に気をつけて。

 ──曲が終わり、手を離すと、奇妙なほどの空白が生まれた。

「……すげー! すげー速い!」

 けれどその直後、わっと子供たちが歓声をあげた。

 狙いどおり、驚いてくれたらしく、ほくそ笑む。

 こういうのが見られるから、ピアノは面白い。

「なあなあ他は? 他にないの?」

「あたしも弾けるようになる?」

 わらわら集まった子供たちが、色々質問してくる。

 これを弾けるようになるのは……結構難しいだろうなぁ。

 練習してくじけられても困るし、この人数に短時間で教えるのは至難の業だ。

 そもそもわたしは教えるのが得意ではないし。

 どうしたものかと悩んだのは一瞬で、こんな時のためにと用意していたものがあったことを思い出す。

 ショパン「子犬のワルツ」



 本年もよろしくお願いします。

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