枝と魔力(2)
そんなこんなで、二日が経過した。
枝をしまっておくだけで、他は特に変わりはない。
あ、でも、次の休みに用事があるので、その準備……というほどではないけど、はしていた。
流石にクヴァルト様も寝る前に心配だとは言わなくなってくれた。
ありがたいような、ちょっとさみしいような、我が儘な気持ちもあったりするけど……
そして、枝を入れておく袋も完成した。
腰のあたりにぶら下げても、そんなに変じゃないようになっている。
TPOに合わせて変更できるようにたくさんつくりました! と美容部員コンビが大量に持ってきて、引いたのは秘密だ。
いやまあ、それが彼女らの仕事なんだけど……
休日の前は、クヴァルト様の帰宅が遅いことが多い。多分、休むためにあれこれしてるからなんだろう。
……と思って練習していたのだけど、呼ばれたのは少し早いくらいの時間で。
体調を悪くしたとかだと嫌だなと思いながら出迎えに行くと、元気そうではあった。
「……ただ今もどりました」
「……お、お帰りなさい」
──ただし、ものすごく不機嫌そう。
その理由はわたしにもわかる、後ろに控えている使者だ。
手に持っているのは、立派な紋章のついた手紙がふたつ。国王のと、連中の。
連絡がくるだろうことは把握していたけれど、やっぱり実際にやってくると、ちょっと身体が引いてしまう。
手紙は襲ってこないと自分に言い聞かせて、クヴァルト様と一緒に書斎へ行く。
使者は恭しく手紙を差し出して、それをクヴァルト様が受けとる。
控えみたいな用紙に慣れた手つきでサインをして……わたしのほうを見た。
「あなたの署名もお願いできますか」
すごく不本意そうに広げられたのは、連中からの書状を受けとった旨を証明する書類。
これを使者が持ち帰らないといけないのだろう。
たかが署名だけど、こういうよすがというものは、魔法のきっかけにもなる。
その手の魔法は大がかりで、まず実行はしないだろうけど、それでもクヴァルト様はできるだけ避けたいらしい。
それを言うと、枝なんかは魔法的なものの最たるものだけど、あれは連中が御せるものではないから、我慢しているのだとか。
でも、署名をしないと使者は帰ってくれないし、このひとに罪はない。
慣れない署名をなんとかこなすと、使者はすぐに去って行った。
「先に確認してから、内容だけ伝えましょうか?」
中味を心配してだろう、クヴァルト様が提案してきたけれど、わたしは首をふった。
なんでもかんでも甘えてしまうのはよくない。わたしに関わることなのだし。
でも、倒れたことも事実だから……
「……その、先に読んでもらってもいいですか?」
判断をゆだねるのはどうかと思うのだけど、最初から一緒に読んで、また気絶するのも避けたかった。
わたしの懇願を、クヴァルト様はあっさり聞いてくれて、では失礼と断ってから手紙を広げる。
まず読んだのは王宮の封がしてあるほう。
わたしはむかいの椅子に腰かけて、その様子をなんとなく眺めていた。
目が悪いわけじゃないんだろうけど、じっくりものを見る時、右目だけすがめるようにするのが癖らしい。
……まさかまだ老眼ではないはずだから、左右の視力が少し違うのかもしれない。
「こちらは問題なさそうですね、ただ、両方読んでからお渡しします」
すぐに連中の手紙に持ち替えたクヴァルト様は、たいした時間もかけずに手紙を確認してしまう。
「……どちらも内容は概ね一緒ですね……国王のものだけにしてもいいですよ?」
連中の名前を見るのも嫌だろうという配慮はありがたいけど、クヴァルト様が大丈夫だろうと言うなら、ちゃんと読んでおきたい。
後々難癖をつけられても困ってしまうし。
わたしはきっぱり読みます、と告げて、手紙を机の上に広げてもらった。
内容は概ね自動翻訳で読めるのだけれど、連中はわざと古語を使うので、たまに意味がわからないことがあるのだ。
書面の内容をざっくりまとめると──先日、ちょうどわたしが枝を挿したころ、本体のほうに魔力が満ちていったのがわかったらしい。
番人はものすごくびっくりしたらしい。夜の礼拝の時間はまだだったから、魔力が流れるはずがなかったからだ。
そこまで考えていたわけじゃなかったけど、ちょうどよかったみたい。
よくよく調べてみると、どうやらわたしがそばにいた時と、同じような状態になったらしく。
これは枝を送った先、つまりわたしが奇跡を起こしたのだ! と大騒ぎになったそうだ。
連中は大急ぎで国王に知らせたけど、その時にはまだ王も事実を確認できていなかった。
クヴァルト様はいつのまにか城には連絡していたらしく、翌日には王宮にわたしが枝を土に挿した話が通っていた。
そこで神殿に問い合わせたら、その後は同じようなことは起きていないとの返事があり。
一度きりで枝を封じていることからしても、わたしの魔力を本体が受けとったと見て間違いない、となり、急ぎの使者に手紙を持たせた──ということらしい。
手紙には感謝の言葉やら賛辞やらなにやらが八割を占めていて、ものすごく読みづらかったけど、要約するとそんなものだ。
……この手紙を書いたのが誰かはわからないけれど、よく恥ずかしげもなく書けるなとは思う。
いや、名前はちゃんと署名がある、多分一番偉い神官長だ。
……あの、中にはたしか……いなかったと思う。
一番偉いひとは滅多に会えなくて、派閥とかも超越していた気がする。
どちらかというとわたしのような神子に近い扱いらしく、だから連中があんなことをしても、止めてくれなかった。
……もしかしたら、今でも知らないのかもしれない。だとしたら、こんな手紙を堂々と送れるのも納得だ。
嫌な気分にはなるけど、とりあえず、この手紙には帰ってこいとは書かれていない。
身体を大事にするのが一番だが、もし可能なら今後も枝に祈ってください、と結ばれている。
……祈ったことはないしピアノをがんがん弾いただけだというのは、黙っておくべきなんだろうか。
「あの、クヴァルト様、わたしのピアノのことは……」
国王からの手紙にも、そのへんのことは書いていない。
王妃からの私信っぽいほうに、ピアノの具合はどうですか、とあったけど、それはあくまでプレゼントしたものが、ちゃんと使えているかの確認めいたもので。
わたしの疑問に、クヴァルト様は爽やかな笑顔で言い放つ。
「話していません。手札は残しておいたほうがいいですからね」
……これは当分言わないやつだ。
まあ、伝えたら利用されかねないから、そのほうがありがたいし、選択としては正しいのだけど。
今はなくても、もし王側と衝突した場合、取引材料にもなるわけだし。
ただ、そういうのと同じくらい、ざまーみろ感が見えるのが……気のせいかな。
今度聞いてみようと思いつつ、とりあえず現状でわかったことをまとめてみる。
神樹の枝は、わたしの魔力を吸ってくれる。
その枝を地面に挿せば、本体へと魔力を流してくれる。
それによる悪影響は、今のところ見てとれない。
「ということは、今後はピアノを弾く時、枝を持っていればよさそうですね」
そうすれば変に魔力を流すこともないから、どこで誰に弾いても、わたしの力が知れることはないだろう。
「そうですね、ただ、枝を持っていることは、決して知られないようにしてください」
国王級のマジックアイテムなわけだから、ばれたら狙われるどころではすまないだろう。
ただ、幸いなことに神樹の実物を見たことがあるひとはほとんどいない。
神殿の連中は見ているけど、彼らは基本的に外出できない。
それ以外の人間は、神樹のあるエリアには立ち入り禁止で、国王すら見たことがないはずだ。
だから、枝を見ても、それが本物かどうかわかる人間はほぼいない。
……とはいえ、神子のわたしが持っている時点で価値があると思われるだろうし、見た目は綺麗な芸術品に見えなくもない。
宝石店でミニチュアをもらったように、製作すること自体も特に禁止されていないから、想像上とはいえ神樹モチーフの細工物は結構あるそうだ。
まあ、結局のところは樹なので、想像とはいえ大体似通ってくるわけだけど。
「じゃあ、やっぱり普段は袋に入れて肌身離さずがいいですかね」
早速つくってもらった袋が役立ちそうだ。
明日のお出かけから使ってみよう。
持っているだけならさほど魔力も感じないと観察術士が言っていたから、大丈夫なはずだ。
わたしの言葉に、クヴァルト様はそのとおりですが、と渋い顔をしている。
「……あなたの近くに連中のモノがあるのは、少し、いえ、かなり気にくわないですが……」
ぶつぶつと、やっぱり燃やしたいと続いて、慌てて止める。
坊主にくけりゃを地でいっている……
たかが枝ですしと何度言っても、納得してもらえないので、口にはしない。
防犯面でもわたしが持つのが一番いいと理解はしているみたいだけど、感情はそうもいかないらしい。
過保護だなと苦笑しつつも、心配してもらえて嬉しいとか、色々複雑で。
「なにかあったら、ちゃんと言いますから」
どうしてもの場合は、燃やしてもいいと思っている。
罰当たりな行為かもしれないけど、枝よりクヴァルト様のほうが大事だから。
でも、今それを言うとすぐ実行しそうで。
「なにより、ピアノを遠慮せず弾けるようになって、嬉しいですし」
そう、これで晴れて、どんな曲でもどれだけ弾いてもいいことがわかったのだ。
これを喜ばないで、他になにを喜べっていうんだろうってくらいだ。
わたしの熱のこもった言葉に、ぶすっとしていたクヴァルト様も、いつもの優しい顔にもどっていく。
「そう……ですね。業腹ですが、精々役に立ってもらいましょう」
遠慮なく使い倒してくださいね、と言われ、乾いた笑いを返してしまう。
どうしてクヴァルト様は、こんなに連中が嫌いなんだろう。
この国の人々は結構信心深いのに。
何度も湧いた疑問がまた浮かんだけれど、聞いていいとも思えなくて。
わたしはこっそりと、拳をにぎりしめただけだった。
読んでいただきありがとうございました。
よい年をお迎えください。




