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枝と魔力

 クヴァルト様の休みが明けた翌日。

 観察術士を連れて早めに帰ります、と言って出かけていった。

 フラウさんと普通に授業をして、ピアノを弾いても魔力が流れなくなったと報告すると、自分のことみたいに喜んでくれた。

 あんまり神樹の枝のおかげって言うとまずいだろうから、親しくない相手には、コントロールできるようになりました、みたいに誤魔化すつもりだけど。

 持ち歩く時用に、袋を用意してくれるというので、それがあれば万一の時も安心だ。

 ものがものなので、なるべくわたしが持っていたほうがいいと思うのだけど、毎回ミニチュアを持つのは大変だし、そんままは駄目だし。

 箱におさめておくとがさばるので、巾着みたいなのにするつもりらしい。

 枝はちょっとやそっとじゃ壊れないみたいだけど、布地を厚くして、衝撃にもいくらか耐えられて、普段使ってもおかしくないものにするという。

 面倒そうだけど、美容部員コンビがはりきっているらしいので、問題ない気がしてる。


 そんなわけでいつもより早く帰宅したクヴァルト様は、観察術士と医者を連れてきた。

 なんで医者? と思ったけど、魔力が流れているのは事実だから、わたしの身体になにかあった時のために、らしい。

 あとは単純に聞きにきたかったので、としれっと笑った医者は、結構ちゃっかりしている。

 まあ、わたしとしては観客が多いほうがやりがいがあるから、構わないのだけど。

 演奏する曲は前と同じほうがいいだろうと、とりあえず月光ソナタからにする。

 今回は枝の様子を見てもらうことが大事なので、隠したりせず、観察術士の目の前に置いた。

 この世界のひとにとっては国宝をさしだされたようなものらしく、ものすごく緊張した顔をしている。

 弾いても大丈夫と言われたので、いつもどおり、あまり気にせず、弾きたいように弾きはじめた。

 仕事ではお客や店に合わせることが大切だけれど、今は規制もなにもない。

 音量を下げる必要もないし、悲壮感を増してくれなんてオーダーもない。

 わたしの解釈を前面に出して、演奏だけに集中していられる。

 しかも使っているピアノは最高級品なのだから、なんて贅沢な時間なんだろう。

 うっとりしながら演奏を終えて手を離すと、クヴァルト様と医者からの拍手が響いた。

 観察術士はというと、目の前の枝とわたしを何度も見ていた。

 枝の様子は……あまり変化はない、大きくもなっていないし、しおれた感じもしない。

 どうなったのかと伺うと、観察術士は「失礼」と断って椅子に崩れるようにすわった。

「……申し訳ございません、ずっと観ていたので、疲れてしまって……」

 控えていたウェンデルさんが飲物を用意すると、ものすごい勢いで一気飲みした。

 顔色も青ざめているし、相当大変だったんだろう。

 うーん、じゃあ……ちょっとBGMでもかけますか。

 これはべつに観なくていいですよと断って、ゆったりした調子の曲を弾く。

 昔流行した歌謡曲のピアノアレンジは、名前に夜と入っているだけあって、しんみりした趣ある曲だ。

 あまりがちがちに決めたスピードにはせず、適当に緩急を入れていく。

 曲を終えるころには、観察術士の顔色も多少はよくなっていた。

「セッカ様からの魔力は、すべてこちらの枝に吸い込まれていました」

 待たせた非礼を詫びたあと、まず結論からさっくり教えてもらう。

 まるで道筋でもあるかのように、まっすぐ枝にむかっていったらしい。

 なので、他のひとへの魔力の流出は一切ないとのこと。

 断言されたのは嬉しいことだけど……気になることもある。

「その枝って、どんどん魔力を吸っていったらどうなるんですか?」

 大きくなったとは言っても、小ぶりの枝に変わりはない。

 いくら神様のどうこうといっても、本体ではないから、限界量というものがあるはずだ。

 その結果爆発しても困るわけで、そうなると演奏し続けてもまずいだろう。

 わたしの質問は予想していたらしく、そこなんですが……と呟くが、その先が続かない。

「おそらくどの観察術士も、枝の許容量は計れないと思います。限界近くなれば観てわかるとは思うのですが……それがいつかは判断できません」

 術士でも限界値が見えないのは、腐っても神樹だからだろう。

 にしても、それだと困るなぁ……毎回呼ぶわけにもいかないし。

 使用説明書みたいなのをつけてほしいところだ、前例がないから無理なのはわかってるけど。

「溜まった魔力を無事に放出する方法はないものですかね」

「ふむ……そもそも神樹は、その力を使って大地を守っているわけですから、どうにかすれば放出できそうですね」

 クヴァルト様と医師の発言に、そういえばそうだったなと思う。

「張り巡らされた根を通し、この地に豊穣を約束する……でしたっけ」

 読まされた本に載っていた一文をそらんじると、そうです、とうなずかれる。

 普段はそうやって放出した分を、神官や民衆の祈りだとかで回復しているらしい。

 でも、力不足や戦乱で不可能になると、わたしみたいに召喚される。

 美しい文章で愛で子と云々と書かれていたけど、ただの誘拐じゃないかと思ったものだ。

「……ということは……」

 ふと観察術士がなにかに気づいた顔で、暮れている窓の外を観た。

 それからわたしを見つめて、

「セッカ様、その枝を持って、こちらへ」

 こちら、と示されたのは庭。

 広く開いたガラス窓は、そのまま外へ出られるようになっている。

 頼まれたとおり枝を手にして、クヴァルト様たちと外へ出る。

 すかさずウェンデルさんが灯りを持って近くについてくれた。

 観察術士はきょろきょろあたりを見回して、それから、地面を指さした。

「ここに、枝を挿してください」

 ……なんの変哲もない、芝生の地面だけど、ここでいいのかな。

 じゃあ、としゃがみこむと、ウェンデルさんが手で穴を開けてくれた。

 そこに、挿すというより入れる感じで、枝を埋める。

 ──と、いくらか大きくなっていた枝が、最初に見た時の大きさにまで、縮んだ。

「え、これまずいんじゃ……」

 慌てて枝を抜いたけれど、小さくなっただけで、葉の色などはつやつやしたままだ。

 心配になって観察術士を見たら、満足げな表情で大きくうなずいている。

「大丈夫です、セッカ様。それは枝の中の魔力が地中に吸い込まれた結果です」

 流れを観ていた観察術士には、はっきりわかったらしい。

 枝の中にあった魔力のどれくらいはみえなかったけれど、たしかに地中に魔力が入っていったという。

 つまり、連中の聖書にあったとおり、枝を挿したことで、土の下にある根っこにとどいただろう、ということで。

 断言はできないけれど、周囲の土に変化はないので、おそらく当たっているだろうと言われた。

「……まあ、事実なら、数日中に確認できるでしょう」

 いつまでも外にいては寒いからと室内にもどり、暖かいお茶をいただく。

 枝の前で弾いた日数はたいしたことがないから、たとえうまくいっていなくても、そこまで問題は出ないだろうとのこと。

 今、この国の神子はわたしだけなので、本体に力がとどけば、すぐにわかるらしい。

 ……わかるものなのか疑問だけど、ぼーっと樹のそばにいただけでも、とても効果が出たと喜ばれたから、きっとあいつらにはわかるんだろう。

「王都から連絡があるまでは、枝を使わずにいてください」

 魔力の吸い過ぎにはならないだろうけど、念には念を、ということらしい。

 枝が使えなくても、ちょっとそのへんのひとに魔力が流れる前と同じ状況になるだけだから、練習はできるので構わない。

 でも、どうしたら吸わなくなるのかわからないと言ったら、観察術士いわく、最初にとどけられた箱に入れて、距離を置けば大丈夫らしい。

 ご神木だけどものは樹なので、物理的に接することができないと、力を発揮できないみたいだ。

 だから、花壇とかじゃなく、より自然な地面に近い、芝生の上に挿すように言ったらしい。

 折角だしと夕食に誘って、ちょっと賑やかな晩餐を楽しんで。

 馬車で帰っていく二人を見送ってから、クヴァルト様を振り返った。

「これでうまくいくと、いいんですけど」

 そうすれば、ピアノも弾き放題だし、神子の仕事もできるし、でも王都には行かなくていい。

 わたしにとっては一番いい状況だ。

「そうですね、あなたが自由にピアノを演奏できないのは、気にくわないですし」

 にっこり笑顔のクヴァルト様は、やっぱり神樹がどうなろうと知ったことではないらしい。

 わたしは呼ばれた手前、多少引っかかっているんだけど……

 でも、言っても不機嫌にさせるだけだろうから、黙っておくことにする。

 クヴァルト様が変なことを言う前に、お休みなさい、と先手を打ち、さっさと部屋にもどる。

 まだ確実じゃないけれど、少しずつ、迷惑をかけずにいられるようになっている。

 ……できれば役にも立ちたいのだけど、どうしたらいいかなぁ。

 結局わたしにできるのは、ピアノを弾くことくらいだし。

 枝の力をうまく使いこなせたら、もっとどうにかなるかなぁ……

 なんか、魔法少女みたいだけど。……いや、この年齢で少女はないな。

 くだらないことを考えながら、ベッドにもぐりこんだ。


 李香蘭「蘇州夜曲」

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