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雨の休日(2)

「それと、先だって話した、連中に頼んだものなのですが……」

 もうひとつの箱は、先ほどよりさらに頑丈そうなつくりをしていた。

 大きさはあまり変わらないけど、装飾がもっと凄くて、なんていうか、

「……魔方陣みたい」

 細かい模様はまるで呪文のようにびっしり埋めつくされている。

「ああ、大体合っています。これは連中が使用しているものなので」

 連中……つまり、神殿がってことか。

 ということは、魔法で鍵がかかっているとか、そういうのなのかと思いきや、そこまでではないらしい。

 まあ、神官って言っても魔法が使えるわけじゃないし、そんなものか。

 ファンタジーな展開にならなくて、ちょっと残念な気もしつつ、箱が開くのを待つ。

 そこから出てきたものを見て、わたしはクヴァルト様の難しい顔の理由を悟った。

「枝……」

 ……そう、そこにあったのは、神樹の銀の枝だった。

「……よくこれ、持ってきてくれましたね」

 本物ですかと呟きかけたけど、偽物をわざわざ連中が持ってくるはずがない。

 この扱いからしても、間違いなく本物だろう。

「相当ごねられましたよ。あなたの署名もなく、運搬なんて前例もありませんでしたし」

 そうだろうなぁ……神子に関する本は何冊か読んだけど、枝を外へ出した話は読んだ覚えがない。

 神子としてつとめている間は神殿内にいるし、終わったら外の世界でまったく関わらないのが普通らしい。

 言ってくれれば署名くらいしたけれど、目に入れるのも避けようとしてくれたんだろう。

 そっと手を伸ばして、まずはちょんとつついてみるが、なにも起きない。

 指先でつまんでみると、樹のそばで感じたような癒やし効果が、あるような、ないような。

「あなたが前に、魔力を吸えれば、と言ったでしょう」

 言ったし、今もどうにかできないかと考えている。

「それで、これを持ってくればいいのではないかと」

 これ……って枝ってことだよね。

 たしかに神樹は神子の魔力を養分にして、減った力をとりもどす。

 自覚はなかったけど、たしかに魔力は吸収されていたそうだから、樹自体にそういう能力があるってことで。

 だからって持ち出し禁止の神聖なものをくれって頼む剛胆さがすごい。

 クヴァルト様がぺらっと手で弄んでいるのは、見覚えのある……多分国王の印章が押された手紙。

「手紙を見た王はすぐ連中に申し入れをしたそうですが、それはもう大反対だったそうです」

 そりゃそうだ、本人がくるわけでもなく、手紙だけでの要請なんだから。

「王妃の直筆で恨み言ももらいました」

 ……笑顔で報告されても反応に困る。

 どことなくざまーみろみたいな響きが感じられるのは、気のせいだろうか。

 それはともかく、神殿側はそんなことできるかと突っぱねたそうだけど、神子であるわたしが役目を投げたことに心を痛め、どうにか協力できないかと考えた結果なのでとゴリ押ししたらしい。

 ……全然そんなことないけど、表面上はそうなっているわけで。

 連中も渋々手紙を持ち帰り、もっと偉い神官(最高位は外出禁止らしい)に一応報告しようということになった。

 当然そこでも大反対だったのだけど、その手紙を持って樹のそばを通ったまさにその時、枝が一本、地面に落ちたのだという。

 神樹は、見た目は樹だけど、普通の樹ではないので、葉は枯れないし虫もつかない。

 だから、葉が落ちることなどはなくて、樹のある広場には二十四時間誰かいるけど、掃除する必要もない。

 だのに枝が落ちたということは、これは神子に渡せという啓示に違いない! と連中は色めき立った。

 でも、いくら国王直属の使者といっても、任せてしまうのは不安が残るということで、その瞬間を目撃した神官が、同行することになった。

 そしてわたしが倒れたところに至るわけだけど、その時この枝が反応したそうで、だから神官は納得して帰って行ったそうだ。

「持っていても、特にどうって感じはしませんけど……」

 かといってクヴァルト様に持ってもらうのは躊躇われた。

 樹にはそこまではっきりした思考はないようで、意思疎通はできなかったけど、悪意とか感情には敏感に反応するらしい。

 神殿が嫌いだと普段から公言しているクヴァルト様がさわったら、祟りじゃないけど、そんなものがあるかもしれない。

 なにかあったら嫌なので、箱にきちんとしまいなおす。

「あなたさえよければ、これから試してみてほしいのですが」

 ──試す、となったらひとつしかない。ピアノの演奏だ。

「それは勿論、でも……」

 うまく魔力が枝にいっているかどうかが、わたしにはわからない。

 でも、枝のそばに誰かがいても大丈夫かどうかもわからない。

 クヴァルト様に危険なことがあったらと思うと、ついていてくださいとはお願いしづらかった。

「それに殺されたという話は聞かないので、私がいても大丈夫でしょう」

 そのあたりは考慮ずみだったらしく、同席するつもりらしい。

 本当に大丈夫かな……心配なので、わたしは箱の中の枝にむかって、誰も傷つけないでください、と心の中で頼んでおく。


「なにかあったら、逃げてくださいね?」

 何度も繰り返したせいで、最後のほうには小さく笑いながら、いつもと逆ですねなんて呟かれた。

 譜面台の近くに置いて落ちるのもまずいので、下に車輪のついている小さな棚を持ってきてもらい、その上に置くことにする。

 なるべくクヴァルト様から遠く、わたしの近くにセットした。

 それから、譜面を選びにかかる。

 ゆらゆらした気持ちで弾いたら、それが悪影響になるかもしれない。

 だから、いつもの十八番を選ぶことにしたのだけど……

「もっとこう、賛美歌みたいなほうがいいんですかね?」

 朝夕の祈祷の時間に、そんな感じの歌も歌われていた。

 こういうのは万国共通なのだろう。

 クリスマスの曲の中には、聖歌もあるから、そのへんならなんとか弾ける。

「一度弾いてみて決めましょう、魔力の流れを知るなら、いつもの曲のほうがいいですし」

「あ……そうですね」

 月光ソナタを弾いた時は、大抵魔力が流れている。

 でももし今回、それがなかったら、枝が吸っているとすぐにわかるわけで。

 ……じゃあやっぱり、いつもどおりがいいな。

 わたしは譜面をセットして、いつもより多く深呼吸をする。

「では──」

 だけど──やっぱり弾きはじめたら、そんなのどうでもよくなった。

 手が覚えている旋律を、わたしが考える最高のテンポと強弱になるよう、理想の音に近づけるように弾いていく。

 終わってしまうのが残念なくらい夢中になって弾ける曲は、そういくつもない。

 この月光ソナタは数少ないそのひとつで──体感ではあっというまに、終わってしまう。

 ああ、楽しかった……と満足して。

「あ」

 また色々忘れてた……

 ぱちぱちと響く拍手の音で、我に返る。

 わたしにとって、拍手は嬉しいより、現実にもどらせてくれる音って感じだ。

「どうやらうまくいったようですよ」

 椅子から立ちあがったクヴァルト様が、面白そうに笑っている。

 うまくいったってことは、魔力は流れてないのかな?

 きょとんとするわたしに、あちらを、と指で示された。

 あっち、と視線を動かすと──

「……育ってる!?」

「ああ、流石にはっきり驚くんですね」

 感心したクヴァルト様の呟きにつっこむ余裕はなかった。

 棚の上に置いた箱の中、鎮座していたはずの枝は、二倍くらいの大きさに成長していたのだ。

 おかげで、余裕があったはずなのに、ぎゅうぎゅうになっている。

 しかも葉も増えていて、あきらかに元気になっている。

 しおれかけていたやつに水をあげてしばらく経ったのがこちら、みたいな感じだ。

「そして、私に魔力は流れていません」

 断言されたということは、流れただろう魔力は、すべてこの枝にいったわけだ。

「じゃあ、これが毎回できれば、遠慮なく演奏ができるってことですね!」

 どんなにはしゃごうが悲壮なものを弾こうが、その影響が周囲に出ることがない。

 つまり、弾き放題ということだ。なんて素晴らしいんだろう。

 それなら悲劇的な曲で名高いあれに挑戦したいし、意味を知ると恐い元ネタの曲とかも……

 あれこれ考えていると、我慢できないといった笑い声が隣から聞こえてきた。

 クヴァルト様は口に手を当てているけれど、全然隠しきれていない。

「ふ……すみません、あなたらしくて」

 ……うん、冷静になるとたしかにどうなのって感じだよね。

 さっきまで結構シリアスだったはずなんだけど。

 本当に我ながら、ピアノを弾くこと以外放っちゃうのはどうなんだろう……

「ともあれ、私だけでは確実なことは言えませんから、明日にでも観察術士を呼んで確認しましょう」

 そうすれば、わたしから魔力が出て、どこへ流れたかはわかるらしい。

 何度か実験して、枝にきちんと流れるようになれば、ひとまず問題解決だ。

 人前で演奏しても大丈夫になるだろう。

 ただ、枝に流れた力が、本体である神樹にまでとどくかはわからない。

 なにせ前例がないし、距離もそれなりに離れている。

 まあでも、なにかあれば連中が教えてくれる……かなぁ……

 とりあえず考えないことにしよう。

「じゃあクヴァルト様、わたししばらく練習していていいですか」

 まだ確実に魔力を吸っているかはわからないけど、でも遠慮なく弾けるか試す意味でも、やってみたい。

 うずうずしているわたしに、クヴァルト様は笑いながらいいですよ、とうなずいてくれた。

「この邸を森にしない程度にお願いします。それと……昼食はちゃんと一緒に摂ってくださいね」

 イタズラっぽく囁かれたけど、森……森か……

 この枝がどこまで成長するか謎だけど、流石に森はないと思う。

 ……思うのだけど自信がないので、結局枝の件については政治家のように「善処します」と答えたのだった。


 それからお昼まではがっつり練習時間に充てた。

 あれこれ楽譜をひっぱりだして、様々なジャンルの色々な曲を弾いてみる。

 中には練習不足もあったけど、とにかく試してみようと思ったのだ。

 でも、その後枝が大きくなることはなかった。

 葉のつやつや感などはそのままなので、まずいことをしたわけではないらしい。

 あんまり成長されても困るから、いいといえばそうなんだけど。

 前に宝石店でもらったミニチュアの中にさしこむと、いい感じに隠れるので、そうすることにした。

 中に本物の枝が混じっているなんて、誰も思わないだろう。

 昼食を食べつつその報告をして、雨だったので庭の散策はあきらめたけど、クヴァルト様と一緒に書斎で本を探すことにした。

 また練習しようかとも思ったのだけど、折角のお休みだから、クヴァルト様となにかしたいなと思って。

 代々この地で起きたこととかを、本や地図を見ながら教えてもらう。

 フラウさんからも聞いてはいるけど、領主本人からの講義……まで本格的でなくても、なのだから、ずいぶん贅沢な話だ。

 最近の話はフラウさんに教えてもらっているので、もっと昔のことを中心に話してもらった。

 とはいえ戦乱の時代は、暗い話が多いのでと避けられたけど……

 合間にお茶を挟んだりして、午後は和やかに過ぎていき、一日元気な姿を見て納得したらしく、夜もすんなりお休みなさいが言えたのだった。

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