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雨の休日

 ぱかっと目を開けて、ちょっとだけ慎重に起きる。

 ……うん、だるくもないし、熱っぽさもない、平常運転だ。

 よしよしとうなずいて、着替えを探しはじめる。

 クローゼットの中には相変わらずたくさんの服が詰まっているけれど、着るのはごくわずかだ。

 あんまり派手なの、着る気ないしなぁ……いやでも、クヴァルト様と並んでも変じゃないのっていうと、少し豪華でもいいのかな。

 悩みながらもいつもどおりシンプルなものを選んでしまう。

 身支度を整えているとフリーデさんがやってきて、髪の毛などを手伝ってくれる。

 元気になってよかったです、と微笑んで、心から安心している様子にこちらも嬉しくなる。

 さてじゃあ下に降りようかな、とドアを開けたら、すぐ近くにクヴァルト様がいた。

「びっくりしました、おはようございます」

「……驚いた声には聞こえませんが……おはようございます」

 本当にそこそこ驚いたんだけど、信じてもらえなかった。

 わたしはどうも、普段の感情の動きが微妙なんだよなぁ。

 にしても、きまり悪そうに視線をあっちこっちさせるクヴァルト様は珍しい。

 どうしたのかと首をかしげていると、

「心配で、様子を見に行こうとしたのですが、朝早くからは駄目だと怒られまして」

 ……ああ、それで隣に呆れた顔のジャンさんがいるのか。

 たしかに起き抜けの状態でやってこられたら恥ずかしくて困る。

 今さらと言われればそうなんだけど、でも嫌なものは嫌だ。

 流石妻帯者はよくわかってる。目線だけ送って感謝の意を表明しておいた。

「このとおり、元気ですよ、ちゃんと眠れましたし」

 ね、と見上げると、そうですね、とうなずかれた。

 でも表情は浮かないままで、そんなに顔色が悪くないはずだけど、と悩んでしまう。

「旦那様、病み上がりのような彼女をいつまで立たせておくつもりですか」

 ジャンさんの冷たい声に、クヴァルト様がはっとなってそうですね、と呟く。

 子供のころからのつきあいだから、仕事モードだと言葉遣いは丁寧だけど、かなり容赦がない。

 みんなで下に降りて、わたしたちは朝食をとり、いつものようにクヴァルト様を見送った。

 しばらくするとフラウさんがやってきて、久しぶりの授業になる。

 遠慮していたけど、大丈夫ですと言って、八割くらいはきちんと授業をしてもらった。

 昼食を挟めば大好きなピアノの時間だ。

 今日はフリーデさんが時々様子を見にくると言ったけど、よほどがないかぎりは止めないでくれるらしい。

 手を止めていた日にちはそんなに多くないから、鈍っているほどじゃないけど、やっぱり全開で弾けるのは楽しいもので。

 気づけば慌てた様子でフリーデさんに声をかけられて、危うく出迎えに遅刻するところだった。

「まだまだ元気な証拠に、弾きますよ」

 帰ってくるなり体調を訊ねるクヴァルト様に、論より証拠だとピアノ室へ連れて行く。

 昨日はちょっと力を入れすぎたので、今日はそんなことにならないよう、すなおに弾く。

 仕事で弾いていたクラシックの短いものを何曲か。作者が違うんだけど、調子の似ている小曲をつなげたメドレーだ。

 お店のBGMには、こういうのがいいんだと言われてつくったものになる。

 と言ってもアレンジはほとんどしていない、せいぜい、曲と曲の合間のつなぎを、少し自然になるようした程度だ。

 ……という説明を食事時にしたら、なるほど、とうなずかれた。

「料理の味も増しそうですね、特にあなたの演奏なら」

 ……たしかに、おいしくなれと念じたらそうなりそうな気もする。

 パーティーではダンスがあるから、演奏自体はよくあるみたいだけど、それは管弦楽だし、そういう時の食事はあくまでおまけ。

 それに、ダンス用の曲とわたしが弾いているものはまったく違う。

「今度やってみます?」

 能力云々は置いておいても、この世界でもそういうお店をやってみたいと思うわけで。

 実験台というと響きが悪いけれど……と聞いてみるが、即座に首をふられた。

「あなたに弾かせて私だけ食事をするのは嫌なので」

 他の誰かの演奏でなら、いいですけれどと呟かれてしまう。

 仕事なら全然気にしないのだけど、クヴァルト様には難しいかな。

 うーん、今度誰かに頼んでみよう……って、他にいなさそうだけど。

「ところで、明日の休みですが、流石に外出はなしにしましょう」

「えぇ……平気ですよ」

 反論してはみたものの、クヴァルト様の意思は固そうだ。

 まあ、一緒にいられるなら、どこでもいいって気持ちもあるけど。

「それに……その」

 庭くらいは散歩したいなと考えていたら、続きがあったらしい。

 だけど、ものすごく言いづらそうにしていて、そういえば、と思い出す。

「そうだ、あいつらの件」

 なんだかんだですっかり忘れていたけど、放りっぱなしだった。

「……ええ、その件で話もあるので、無理はさせたくないんです」

 それによってまた調子を崩したらとか、心配しているんだろう。

 大丈夫だと太鼓判を押すことはできないので、すなおに従ったほうがよさそうだ。

 まあ、本人がいるわけじゃないから、そこまで取り乱しはしない……はず。

 ちょっと不安だけど、大号泣したあとだから、多少のパニックはおりこみずみだろう。

 できれば冷静でいつづけられますように、と、心の中で気合いを入れた。



 そして翌朝、久しぶりのしっかりした雨模様。

 そのせいかかなり寒さを感じて、奥からストールを出してもらう。

 こういうのを羽織るのって、なんかこう……大人な感じがする。

 いや、わたしは年齢的に立派な大人なんだけど、もっとこう、マダムっぽいっていうか。

 でも買ったブローチが使えるから、これはこれで悪くない。

「おはようございます」

 いつもよりラフな服装のクヴァルト様も、大分見慣れてきた。

 それでも襟元とかはあまり開けないあたり、性格なんだろう。

 ディディスさんとか……休日はどんななのか、少し興味がある。

 休みの使用人は、当たり前だけどわたしの前に出てくることはないので、馬車の窓からとこの間の公園くらいでしか、普通の格好を見ていない。

 なるべく早く、人混みの中も遊びに行きたいところだ。


「さて、話の前に……まずはこれを返しておきますね」

 朝食もすんで広いリビングみたいなところに移ると、クヴァルト様は綺麗な箱をとりだした。

 やたらと装飾された箱の中央には、これまた細かい装飾の紋らしきものがついている。

 厳重な鍵といい、重要なものを入れておく箱で間違いないだろう。

 小さいけど重たそうな鍵で開けられた箱の中には、

「……わたしのペンダント……」

 手触りのいい、多分天鵞絨の生地の上に鎮座していたのは、そこに置くにはあまりに不釣り合いなささやかなアクセサリー。

 一応シルバーだから安すぎるものじゃないけど、それでも場違いだよなぁ……

 わたしの持ち物だからってことで、厳重なんだろうけど、微妙すぎる。

「確認がとれたので返却してきました。長々お借りしてすみません」

「いえ。じゃあ、あの書類は問題なく受理されたんですか?」

 あの書類、とは、クヴァルト様をわたしの身元引受人にするというものだ。

 証拠にと渡したこれが返ってきたのだから、ちゃんと通ったと考えるのが妥当だろう。

 思ったとおりクヴァルト様がうなずいてくれて、ほっとする。

 名実ともに保護者になったクヴァルト様は、これで陰口……があったかは知らないけど、とかを気にしなくてすむ。

 その代わり、これからはわたしがなにかしでかしたらクヴァルト様が怒られるわけで、まあ今までもそうだったろうけど、なおさら行動は気をつけなくちゃ。

 これで終わりかと思ったら、クヴァルト様の隣にはもうひとつ、荷物があった。

 どうやらこっちが本命らしいけど、表情はすごく渋い……なんだろう?

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