二人で公園
そして迎えたお出かけの日。
朝食を終えて、フリーデさんに渡された服は、いつものより装飾も少なくシンプルで、ぶっちゃけて言うと量産品っぽい。
それもそのはず、商店街のごく庶民的な服屋のものらしい。
足踏みミシンがあるので縫製技術は進歩しているけど、貴族が使うレースとかはやっぱり高級品だ。
綿素材だし、丈も短いし、わたしはこのほうが楽だけど……とは、多分言っちゃ駄目なんだろう。
それにブーツを合わせて、髪の毛も凝った飾りはつけずに、ジャマにならないよう少しピンで留めただけ。
もともと特徴のない顔だから、髪の色が珍しいことを除けば、通行人Aで十分いけそうだ。
わたしがこういう格好をさせられて、さらに昨夜の冒険、という言葉からすると……
期待しながら下へ降りると、そこには思ったとおり、変装したクヴァルト様がいた。
いつもより庶民的な服装だけど、年齢が年齢だからか、そこまで安っぽいものではない。
薄手のコートを羽織っているので、普通に紳士な感じだ。
ただ、髪の毛はいつもよりラフになっていて、伊達らしい眼鏡をかけている。
思った以上に眼鏡が似合っていて、ちょっとどきどきした。
「大丈夫そうなら、フリーデたちは連れて行きませんが、どうします?」
勿論護衛はつきますが、と言われて、じゃあ平気ですと返事をする。
正直言えば緊張するが、ほぼ二人っきりなんてはじめてのことだ。
できればそのチャンスを逃したくはない。
フリーデさんは心配そうにしていたけど、二人で説得し、わたしたちだけで馬車に乗る。
行く先はこの格好からしてもわかっていたけど、普通のひとたちの行くところらしいので、かなり手前で降りることになった。
護衛のひとたちも男女ペアで、ぱっと見は普通っぽい。
迷いなく歩いて行くクヴァルト様の半歩後ろにつきながら、一体どこへ行くんだろうと首をかしげた。
まだ、ひとの多いところは行く勇気が出ないことは、知っているはずだ。
いつもより馬車の時間も長かったし、周辺は民家はあれど、お店は少ない。
商店だのに行くわけではないみたいだけど……と、進む先に整然とした並木が見えた。
どうやら、敷地を囲っているものらしい。
「つきましたよ」
そこは、大きな公園だった、看板には『ベルフ子供公園』の文字。
クヴァルト様は入口の隣にある窓口へむかっていった。
ここは有料の公園らしく、日本円にして三百円くらいを支払うらしい。
ゲートは昔のデパートなどにあった感じのバーになっていて、それを押して入る。
「広い……」
中に入れば、きちんと整備された道が広々と四方へ延びていた。
道以外には綺麗に芝生が敷いてあって、とても綺麗だ。
まんなかには園内の見取り図が載っている、早速そこへむかい、なにがあるのか確認する。
遊具の集められたエリア、水遊びの場所、動物のいる場所、バラ園、そして屋台村。
小さいころの遠足で行った公園みたいなもののようだ。
「子供公園と名づけてはいますが、老若男女問わず、利用しているんですよ」
「そうでしょうね、わたしも似たような場所に行ったことがあります」
そっちは美術館の敷地内だったから、子供むけではなかったけど、常設展ならリーズナブルに入れる上、庭にも作品が設置されていたりと、天気のいい日は一日いても飽きなかった。
「彫刻とかも置いてあったりするんですか?」
だからここにもあるのかなと訊ねてみると、それはないとのこと。
「子供が登ってもいいような、遊具と半々みたいなのとか、わたしの世界にはあったんですけど」
芸術は爆発だとか言ってたひとの作品だっけ?
そっちは門外漢なのでよく覚えてないけど、たしかあった気がする。
クヴァルト様はなるほど、と呟いて、
「若手に依頼してみるのもいいかもしれませんね」
育成にもなるというのを聞いて、感心してしまう。
先のことまで瞬時に考えるあたり、やっぱりクヴァルト様は領主なんだなぁ。
「利用者はそれなりにいるのですが、広さがあるので混むことはほとんどありません」
だからわたしでも大丈夫だと判断して、連れてきたらしい。
たしかに、あちこちに人影は見えるけど、大きな通りは馬車でも行けるくらいの幅だから、すれ違っても余裕がある。
これなら、人混みに恐くなることはないだろう。
「でも、領主がきたってならないんですか?」
芸能人がお忍びで行っても、ネットですぐ騒ぎになったりする。
この世界にはないけど、それでも人目につくはずだ。
でもクヴァルト様は楽しそうに笑いながら、大丈夫ですよと太鼓判を押す。
「領主の顔をしっかり覚えている者はほとんどいませんよ、毎日一緒にいないかぎりは」
……たしかに、わたしも自分の住んでいた街の市長の顔はよく覚えてない。
隣を歩いていても、気がつかない可能性が高い。
この世界は写真技術がないから、なおさらだろう。
それならわたしも気楽にしていても、あまり神子だとばれないということで、大分気が楽になった。
ということで、一通りぐるっと見て回ることにする。
子供用の遊具は色々置いてあり、どれにも子供が群がっていた。
流石に混じるのは気が引けたけれど、長い滑り台や、攻略しがいのありそうなジャングルジムなど、もとの世界とあまり違いがなくて面白い。
結局遊び道具というのは、変化しようがないものなんだろう。
そばにはたくさんベンチがあって、家族が見守ったり、荷物を置いてくつろいだりしている。
屋台村は用意されているけど、どこで食事をしても問題はないらしく、レジャーシートのようなものを敷いている家族連れもいた。
服装はちょっと違うけど、もとの世界でよく見る光景とほとんど同じで、つい、何度もクヴァルト様を見て確認してしまう。
そうしなければ、今どこにいるのかわからなくなりそうだった。
「……混じってきても大丈夫だと思いますよ?」
わたしの変な行動を勘違いしたらしく、遊具を指さされてしまう。
「流石にそれは……」
いいです、と首をふると、残念ですと呟かれた。
冗談ですよねと返したいけれど、あいにく嘘をつかないひとだ。
本気で見たがっていたのだろうと思うと、そんなに子供扱いなんだな……とちょっとさみしくなる。
「あなたなら子供とすぐ打ち解けそうでしょうし」
……子供っぽいから、ではなかったようで、すぐ機嫌が直る自分もどうかって感じだけど。
でも、打ち解けられるかなぁ……教員免許は持っていないので、長いこと子供とは関わっていない。
ピアノは幼稚園の先生などにも必須だから、知人に教えてくれと泣きつかれたことはあるけど。
そんなくだらない話をしながら、遊具エリアの次は水遊びエリアに。
流石に水が冷たくなる時期なので、遊んでいる子供はいなく、しんとしていた。
人工的につくられた川の上に、葉が浮いていてこれはこれで悪くない。
雪も降らない地方なので、放っておいても凍ることもないそうだ。
わざと凍らせることは……魔法があっても難しいかなぁ。
冷蔵庫もどきとはわけが違う大きさだし。
そもそもわたしは運動ベタだし、呟けばまた仕事モードに入られてしまうので、代わりに見つけた笹を手にとった。
アウトドアとは無縁だけど、小さいころはそれなりに外で遊びもした。
まんなかへんに切れ目を入れて、中に通せば、笹舟のできあがりだ。
あまり流れがない川なので、流れるというより漂う感じだけど……久しぶりなので結構楽しい。
それから、動物エリアに行ってみる。そこには馬と牛がいるらしい。
動物園は別にあるので、ここはもともとあった牧場をそのまま使用しているのだとか。
乗ることもできるというけど、基本は子供優先らしいので、遠慮しておく。
敷地の外には馬場が広がっていて、こっちはちゃんとした乗馬練習場らしい。
「今は趣味の意味合いが強いですが、有事の際に必要ですからね」
戦争の時、ってことだろう。
生き物は必要になったら用意する、ってわけにはいかない。
だから、こういう場所で減らさないようにしているんだろう。
それを無駄にせず、こうして有効利用しているのは……商魂たくましい。
そうこうしているうちにお昼時になったので、屋台エリアに移動する。
家族連れに受けそうな品々が並んでいて、半分屋内みたいな、屋根つきの休憩所もあった。
ホットドッグみたいなやつに、フライドポテト、からあげと、これでもかの屋台メニュー。
味つけも予想通りジャンクな感じで、久々の味がとてもおいしかった。
「こういうの、たまに食べたくなるんですよね」
特にポテト。某ファーストフード店のポテトは、しょっぱいし芋も薄いのに、どうしてああ食べたくなるんだろう。
このポテトはどちらかというとライバル店のに似て大きめで、ちゃんとした味がついている。
クヴァルト様はこういうの食べられるんだろうかとちょっと心配したけど、ちょくちょくお忍びで食べ歩いているらしく、平気そうだった。
……それでも育ちが出るというか、綺麗に食べているあたりが、自分との差が出てちょっと複雑になったけど。
「わかりますよ、懐かしい味とも違いますが……」
くすりと微笑んで、クヴァルト様は穏やかな表情でぐるりと周囲を見渡す。
どの家族連れも楽しそうにはしゃいでいる。
有料だからか、管理が行き届いているからか、ゴミもないし、とてもいい公園だ。
「整備費がかかる、だとか、うるさい連中もいるのですが」
転んで泣きじゃくる子供を、親がしゃがんでなでている。
ボールを投げる子供を追いかける犬もいる。
「こういう景色を見ると、意地を通してよかったと思います」
「……そうですね」
大人になったら忘れてしまうような、些細な幸せの思い出だろうけど。
でも、そういうのがあるかないかって、重要なものだ。
楽しいことがあった、ってことだけでも覚えていると、やっぱり違ってくるだろうし。
「──できればすべての子供たちが、幸せであってほしいと、願ってしまうんですよね」
それは、領主としてはごく当たり前の感情だろう。
でも、他にもなにかあるような気がして、わたしはじっとクヴァルト様の横顔を見つめた。
視線に気づいているだろうに、こちらをむいてくれたのは、大分時間が経ってからで。
「そろそろ帰りましょうか、あなたの演奏も聞きたいので」
目線が合った時には、いつもどおりの笑顔で、わたしは質問のタイミングを逃してしまった。




