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感謝と本音

「お疲れ様です、クヴァルト様」

「仕事が片づいたら、あなたがいると聞いて……驚きましたよ」

 立ちあがってドアまで行くと、ディディスさんへむけていた半眼は消えて、すぐ見慣れた笑顔になってくれる。

 手短に迎えにきた事情を話すと、なるほど、と納得してから、さらに笑みを深めた。

「わざわざありがとうございます、嬉しいですよ」

「いえ、……どうせなら、って」

 ついでと言うのもどうかと、もごもごと言葉を口にする。

 後ろでディディスさんがひゅう、と口笛を吹いたので、クヴァルト様がまた険しい顔になった。

 ディディスさんは腕を後ろで組んで、にやにやと笑っている。

「セッカちゃん効果は抜群だなぁ、うん、いいことだ」

「なんですか、それは……ああ、あなたの仕事は手をつけていませんので、しっかり終わらせてから帰ってくださいね」

 眉をひそめたあと、さっくり言い放つクヴァルト様は、さっきのディディスさんの言葉とは真反対だ。

 きっと今までだったら、まとめて片づけていたんだろう。

 ディディスさんはそっとわたしを見て、それから、小さく笑ってみせた。

「ケチだなぁ、しょーがない、やってきますか。セッカちゃん、また今度デートしようね!」

 口先では面倒そうにぼやきながら、ディディスさんは部屋を出て行った。

「さて、では我々は帰りましょうか」

 ディディスさんの手伝いも、監督もする気はないらしい。促されて、わたしは一緒に馬車へとむかう。

「……ディディスさん、思ったよりいいひとなんですね」

 馬車の中でそう呟くと、ものすごく微妙な顔をした。

 渋いお茶を飲んだ時みたいな感じというか。

「性格が台無しにしていますがね……」

 能力がある、とは前から評価していたけど、やっぱりあのナンパなところは我慢できないらしい。

 男性には実害がない気がするけど、そうでもないんだろうか。

「それより、邸の音楽の話ですが」

 あからさまに話題をそらされたけど、それだけしたくない話なんだろう。

 わたしも、そこまで掘り下げたいわけじゃない。

 だから、その話にのることにして、邸につくまでお屋敷楽団の夢を話したりした。

 流石にすぐどうこうはできないけど、みんなにやる気があるなら、講師を呼んでもいいと言ってくれた。

 それはとても楽しみだ、そうなるといいですね、とはしゃいだ声を出すわたしを、クヴァルト様は優しい笑顔で見ていてくれた。


 邸について、一曲披露して、夕食を食べて。

 迎えに行ったこと以外は、ごくごくいつもどおりにすぎていく。

 ……いつのまにか、それがいつもどおりだと感じられるようになってきた。

 多分、いいこと……なんだろう。

 まだ少し、いやかなり、複雑なところはあるけど。

 と、ベッドメイクを終えたウェンデルさんが、あの、と声をかけてきた。

「昼間のディディスの言ってたのは、我々も思ってることなんです」

「クヴァルト様のこと?」

 問いかけると、はい、とうなずきが返ってくる。

 わたしがくるまでのクヴァルト様は、邸でもワーカホリックだったらしい。

 仕事を持ち帰ってくるのは当たり前、食事も一人だからと簡単にすませることも多く、書斎にこもって過去の文献を調べたりするばかり。

 休みには護衛と街を回るばかりで、本当の意味での休息は滅多にとらず、遊ぶこともしない。

 だからといって邸の人間はちゃんと休ませていたし、無茶もさせなかったから、表だって苦言を呈することができたのは、せいぜい執事頭とメイド長くらい。

 社交のシーズンも必要最低限だけしかせず、すぐに領地にもどってきてしまう。

 仕事をする上で困りはしなかったけれど、どうなのかとは思っていたんだそうだ。

 たしかに、ディディスさんも言ってたけど、上が仕事してると、気が抜きにくいんだよね。

 勿論仕事してもらわなきゃ困るけど、抜くところは抜いてほしいというか。

「だから、みんなセッカ様に感謝しているんですよ、言いませんけど」

 改めてお礼をすれば、わたしが恐縮するから、と。

「……でも、わたしだって、そんな、感謝されるためにしたわけじゃないし」

 百パーセント純粋な行為なんかでは、断じてないわけで。

 むしろ、もっと下心が満載だ。

 最初は嫌われたら大変だからという思いから、段々……好きだから、になって。

 まあ、ピアノに関してはちょっと違うけど。

 そう白状するけど、ウェンデルさんはけろっとした顔のまま。

「そりゃそうですよ、みんな打算とかがありますってー」

 あっけらかんとした言葉に、ちょっと肩の力が抜けた。

 ……そうだよね、完全な尊敬の念だけなんてそんなの……あいつらだってなかったんだし。

 ウェンデルさんがわたしの気持ちをどこまで悟ってるかはわからないけど、なんか、ちょっと、気が楽になったかもしれない。

「ここの仕事はお給料もいいし気にいってますけど、旦那様はヘタレだと思ってますしー」

 ずけずけと発言するウェンデルさんに、目をぱちぱちさせてしまう。

 え、ヘタレ……かな、仕事もできるし気遣いも抜群なのに。

 見た目も、ディディスさんみたいな華やかイケメンじゃないけど、太ってるわけでもないし。

「……かっこいいと、思うけどなぁ」

 ぽつりと呟くと、ウェンデルさんは、あー、と呟いてから、

「……まあ、セッカ様がそう思ってるなら、いいんじゃないですかねー」

 どこか投げやりにしめくくって、残りの支度をすませると、お休みなさいと出ていった。

 わたしはベッドのぬいぐるみを抱えると、ごそごそとベッドにもぐりこむ。

 広いんだけど、どうしても定位置は端のほうだ。

 ──どうしてクヴァルト様は、そんなにワーカホリックなんだろう。

 性格というのはあるとは思うけど……どうしても気になってしまう。

 いつか、その理由を聞ける存在になれるだろうか。

 恋人は無理としても、家族に近いものだと、思ってもらえたら。

 そんなことを考えながら、目を閉じた。


 その後二日間は、特になにごともなく平和に過ぎていった。

 授業も順調だし、新しい曲を覚えるのは面白いし、クヴァルト様も遅くなりすぎず帰ってくるし。

 少しずつ寒くなってきていますねと言われるけれど、このくらいならなんてことはない。

 指だって少し動かせばすぐ弾けるようになる程度なのに、暖房を入れようと言うから、慌てて止めたくらいだ。

「……そうそう、明日も順当に休めそうです」

 休日がとれそうか、聞いていいか悩んでいたら、見透かしたように教えられる。

 それはつまり、明日はクヴァルト様と長く一緒にいられることに他ならない。

「あなたさえよければ、明日はちょっと、冒険しませんか?」

 にっこりと、いつもより少しいたずらっぽい表情での提案。

 冒険の意味はわからなかったけれど、わくわくするようなお誘いを、否定する気なんてなくて。

 ぜひ! とうなずいたら、よかった、といつもの優しい微笑みに変わる。

 行き先は教えてもらえなかったけれど、そのほうが楽しみが続くから悪いことでもない。

 特に準備は必要ないですから、と言われ、じゃあ睡眠不足だけ避けようと、わたしはさっさと眠ることにした。

 お待たせしました。

 今後はここまで空かないはず……です。

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