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休日の二人(3)

 そのまま待てばいいのかと思ったら、なぜか奥へ案内された。

 貴賓室というか応接室? のような場所へ通されて、お茶まで出てくる。

 なんだか嫌な予感がするのだけど……クヴァルト様に声をかけようとしたら、ちょうどのタイミングで年かさの女性が入ってきた。

「お待たせして申し訳ございません、当店の支配人です」

 やっぱり一番偉いひとがきてしまった。

 彼女は手に大きな包みを持っていて、ますます嫌な予感が大きくなる。

 それを丁寧に机の上に置くと、わたしをじっと見つめてきた。

「こちらを、是非『愛で子』様に受けとっていただきたいのです」

 愛で子、というのは、神樹の子の別名だ。

 様づけしづらいからという理由で、ひとから呼ばれる時はそっちのほうが多い。

 でも愛で子様って、なんか響きが愛人っぽいというか……なんだかなぁ。

「そういったものは不要だと、先に伝えたはずですが?」

 穏やかな調子だけど、冷たさを含んだ声でクヴァルト様が言う。

 けれど相手も流石というか、それくらいでは動じた様子もない。

「ええ、存じ上げております。こちらもそもそもさしあげるためではなく、職人が愛で子がいらしたとの話を聞き、みずから作成したものです」

 つまり、趣味という表現は微妙かもしれないけど、そういうものってことかな。

 あまりによいできばえだったので、みんなに見せたから、支配人も存在を知っていた。

 だけど贈り物のたぐいはわたしが遠慮するからと伝えられていたので、神殿に奉納することなども検討していたらしい。

 それがどうしてここにあるかなのだけど、

「愛で子様が選んだ品々は、ほとんどがその職人の手によるものなのです」

 職人のつくるものと、わたしの趣味が見事に合致したらしい。

 それに気づいた店員が支配人に知らせ、支配人が工房の職人に伝えると、感激してこれを贈りたい、となったらしい。

 どうして本人がこないのかと思ったけど、そのひとはあくまで職人であり、表に出る存在ではないと固辞したそうだ、職人気質ってやつは、わからなくもない。

 ……これは、とても断りにくい雰囲気だ。

 下心の見えるものならばっさりできるけど、職人の一途な思いからとなると、いりませんと拒否しづらい。

 アクセサリーが気にいったのは本当だし、それで気まずくなって買いにこられなくなるのも残念だ。

 品切れしている雪の結晶のモチーフも、できればほしいし……

 悩んでいると、支配人がさっとかぶせられていた布をとり払った。

「いかがでしょう、わたくしどもの目から見ても、素晴らしい品だと思います」

 ……予想はついていたので、とり乱したりはしなかった。

 そこにあったのは、三十センチくらいのサイズの──神樹のミニチュア。

 幹の部分は多分銀でつくられていて、葉は白い石かなにかでできている。

 たしかに、とてもよくできていて、綺麗な作品だ。

「本当に素晴らしいですね。……ですが、傷をつけてしまいそうなので、フリーデ」

「はい」

 褒めそやしたあと、フリーデさんがすぐに布をかぶせてしまう。

 それから気遣わしげな目をわたしにむけてきた。

 噂を信じているなら、支配人も、わたしが複雑な心境なのはわかってくれるだろう。

 だから、断ることは多分できる、でも──円満に、とはいかない。

「こんなに繊細なものを、いただくなんて申しわけないです」

 いくらかかるかわからないけど、銀細工な時点で相当かかっているはずだ。

「いいえ、どうかお気になさらず。材料費はすでにわたくしから出しております」

 最初は自腹だったけど、今は店の持ち物になってるってことか。

「受けとっていただければ、我々にとっても光栄なことですから」

 神子が喜ぶ贈り物をつくれる店、なんて売り出しに、効果があるかはわからないけど、支配人はあくまで贈り物としてわたしに譲るつもりらしい。

 さて、どうしたものか、あまり悩んでいる時間もない。

 なにせ隣のクヴァルト様と、そのうしろのフリーデさんの気配がどんどん恐いものになっている。

 あんまり態度に出すと支配人も気を悪くしそうだし……クヴァルト様の評判が下がるのも困る。

「……わかりました、ありがたくいただきます」

 わたしはそっと手を伸ばして、布にくるまれたそれを引き寄せた。

「神樹の子をあきらめざるをえなかったわたしが受けとるのは、神に恐れ多いことですけど……」

 殊勝な態度になるようにと願いながら呟く。演技は苦手なのだ。

「とても素晴らしい作品です、本物のようで。職人のかたにも、わたしが感謝していたと伝えてください」

 笑顔のひとつも見せればいいんだろうけど、どうにも苦手で。

 でも支配人は嬉しそうに勿論です! と叫ぶように声を上げていたので、多分大丈夫だろう。

 支配人が用意した特注らしいケースに入れて、さらに安全のため布をかぶせ、持ち運びやすいショップバッグみたいなものを用意してもらう。

 ちょっと重たいので、クヴァルト様がとりあえず持つことになった、どのみち馬車に乗れば置けるし。

「またのご来店をお待ちしています」

 深々と従業員数名と支配人にお辞儀をされて、居心地悪くなりながら馬車に乗る。

 ちなみに、表通りではなく、多分お忍び用だろう裏口だったので、街のひとに見られることはなかった。

 馬車に乗りこんで、深々とため息を吐いてしまう。

 ミニチュアはクヴァルト様の隣に置かれた。

 わたしのほうにはフリーデさんがすわっていて、あからさまにしかめっつらをしている。

 さっきまでは一応笑顔だったから、流石だなぁと思っていたんだけど。

「まったく……嫌な思いをさせて申し訳ないです」

 こちらもやや不機嫌そうなクヴァルト様が頭を下げたので、慌てて頭を上げてもらった。

「クヴァルト様のせいじゃないですから」

 多分、今までもああいうのを断ってきたんだろう。

 中には穏便にいかなかったものもあるかもしれない。

 それを考えれば、文句なんてあるはずもない。

「ですが、気分のいいものではないでしょう」

 視線が合ったかと思えば、気遣わしげな紺色の瞳がわたしを見る。

 さっき選んだ石と似ているけど、でも、もっと綺麗だと思える深い青。

「……複雑なのは本当ですが、樹自体はそこまで嫌いじゃないです」

 これは本当のことだ。神樹はよくも悪くもただの樹であり、そこに意思は感じられなかった。

 感覚的には大きなヒーリングアイテムみたいな……パワーストーン的な?

 そばに行くと受けとめられているような安心感があって、召喚直後で荒んでいた時も、あそこにいると落ちつけた。

 多分、召喚された他の神子がなんとか生活していけたのも、そのせいなんだろう。

「とてもよくできているのも本心ですし」

「……ですが、無理に近くに置いておく必要はありませんよ、二階のどこかに放りこんでおけば」

 クヴァルト様の言う二階は、邸のことで、本来は客室なのだけど、そのほとんどが物置と化している。

「いえ、折角ですから、ピアノ室にでも置こうかなって」

 純粋な善意でつくってくれたものだから、あまり無碍にしたくない。

 勿論これを置いていたからって、神樹のそばにいた時みたいに、樹を元気にはできないだろうけど。

 わたしが言うと、クヴァルト様だけじゃなくフリーデさんまで反論してきた。

 心遣いはありがたいし、さっき手をはねのけたわたしじゃ説得力はないけど……

 ……って、そうだ、さっきのことを謝らなきゃ。

「あの、クヴァルト様、ブレスレットの時……すみませんでした」

 ひっかいたりはしていないと思うけど、どうだろう。

 クヴァルト様の手をじっと見てみたけど、傷ができたりはしてないようだ。

 思いっきり手をどけたからなぁ……

 わたしの謝罪に、クヴァルト様はなんの話かと目を瞬いてから、ああ、と呟いた。

「驚かせたのは私ですからね、謝らないでください。それより、気分を変えるために楽器店に行きましょう」

 さらりと流す気満々らしく、御者に目的地の変更を言いつけた。

「あなたのために何冊か仕入れてくれたそうですよ、とどけてもいいと言っていましたが、ちょうどいいですし、見に行きましょう」

「それは……そうですけど」

 いいんだろうか、甘えてしまって、と思う反面、新しい楽譜と聞くと、見たいという気持ちが抑えきれない。

 悩んでいるうちにあまり遠くなかったらしく、あっさり楽器店の近くに到着してしまう。

 クヴァルト様が先に降りて、少し遠慮してから、手をさしのべてきた。

 さっきは荷物(例のミニチュア)を抱えていたから、エスコートはなかったけど……

 緊張しながら、おそるおそる、手を載せる。……大丈夫、恐く、ない。

 そもそも馬車の段くらい、一人でだって降りられる。

 添えられた手は本当に添えただけで、本当なら必要がないものだ。

 クヴァルト様も緊張していたのか、わたしが路地に着地すると、ほっと息をついた。

 わたしもそっと息をついて、載せていた手を離す。

「どんな楽譜なんでしょう」

「あなたが気にいっていた作曲家のものらしいですよ。期間が短かったので、少しだけだそうですが」

「デライアさんのですか、それはすごく欲しいです」

 わたしたちはちょっとわざとらしいくらい、話題を楽譜のことだけに集中させながら、店内へ入った。

 まだ、もう少し、色々消化するための時間が欲しい。

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