休日の二人
「……結局あんまり変わってない気がするんですけど」
ちょっと拗ねた声になったのはしかたがないと思う。
なぜって、今は朝食の席なわけだけど、その時間はほとんどいつもと同じなのだ。
いつもよりちょっと寝坊したかなー、くらいに起きたら、フリーデさんから「旦那様も起きたところです」と言われて。
全然休めてないってことじゃないかな……とジト目になってしまう。
「いつもの時間に目が覚めてしまったんです、このあとはのんびりさせてもらいますよ」
困ったようにいいわけする姿を見て、たしかに毎日同じ時間に起きていると、身体が覚えるからしかたないかな、と納得する。
でも、ご飯のあとに本当に休むかどうか、ちゃんと見届けなくちゃ。
わたしは自室にもどるまでクヴァルト様にくっついて回って、部屋に入ったことを確認する。
ついでに巡回の警備のひとにも、仕事しないように見張っててくださいとお願いしておいた。
ちなみにジャンさんは休みだ、仕事中は徹するけど、それ以外の時は自分の時間を大切にしたいらしい。
わたしはいそいそピアノ室へ行き、今日聞かせたい曲を練習する。
出かける前ということで、明るい曲がいいかなぁ。
行進っぽいのとか、陽気なジャズもありかもしれない。
ジャズが得意かと聞かれるとそうでもないんだけど、リクエストされることが多いから、慣れてはいる。
アレンジ力があるかというと……あんまりないけど……
独創性には欠けるのだ、そこはもう才能だから、しかたがない。
でも、たくさんの曲を弾いた自負はあるので、そこから旋律を持ってきて、それっぽくつなげることはできる。
店でのジャズは、そうやって乗りきってきた。
まあ、今日は普通に弾けばいいかな……ピアノだけだとちょっと寂しいし。
即興のピアノソロも勿論あるけど、他の楽器と一緒にやるほうが、あれは楽しいんだよね。
相手がどんなふうに出てくるかも楽しみのひとつだし。
色々考えつつ、つらつら練習していたら、いつのまにかお昼になっていた。
曲が終わったところでフリーデさんに声をかけられて、時計を見てびっくりした、また夢中になっていたようだ。
クヴァルト様がくるかと思っていたんだけど、どうやらうたた寝していたらしく、今起きたところだとか。
それはそれで休んでくれたわけだから問題ないけど、聞いてもらえないのはちょっと残念だ。
でも、昼食の支度は進んでいるだろうし、このあと出かけるから、時間が押すのも問題があるし……帰ってきてからでいいかな。
そういえばクヴァルト様と昼食っていうのは、あんまりないなと思いつつ、サンドイッチをおいしくいただく。
誰かが気を利かせてくれて、今日のお昼は庭でしている。
広いから、ちょっとしたピクニック気分だ、どうせなら椅子じゃなくてシートがよかったけど。
今度頼んでみよう。クヴァルト様は苦手かもしれないから、わたしだけの時とか。
「日差しが気持ちよくて、つい眠ってしまって……」
気恥ずかしそうに呟いているけど、べつにいいんじゃないかな、休みなんだし。
「ごろごろするのも醍醐味だと思いますよ、休日って」
「そうですけれど……あなたもするんですか?」
「……わたしだっていつもいつもピアノばっかりじゃないですよ」
心外だという響きがこもるようにしてみたけど、あまり効果はないようだった。
……まあ、たまの休日、惰眠を貪ってもそのあとは練習することが多い。
でも、ごろごろしていた時もある、それは……
「……ともあれ、先に出かけて、弾くのはあとにしましょうか」
魔法で街灯は不足していないけど、店の閉まる時間は夕方くらいが多い。
当然、二十四時間営業のコンビニなんてものもない。
残業もあるし、医療関係は急患受け付けしているところもあるけど、大体は定時が守られているそうだ。
飲食店や飲み屋以外は営業せず、深夜まで開いている店は一カ所にまとめられ、まめに警備も入るとか。
そうやって風紀を守っているらしい、歌舞伎町みたいなものかな。
「そうしてもらえると助かります。昨日聞けませんでしたからね、今日は是非お願いします」
熱のこもった言葉で頼まれると、悪い気はしない……どころか嬉しくなる。
食事のあと、いつのまにかやってきた美容部員によって、着替えさせられた。
ちょっと出かけるだけなんだから、そんなに気合いを入れなくてもいいと主張したのだけど、腕を振るう機会を求めている彼女たちはあんまり聞く耳を持たない。
それでもTPOはわきまえているから、外出に適した服を選んでくれたし、化粧とかも派手すぎはしなかった。
どこへ行くか知らないけど、まあ、大抵のところは大丈夫……だろう。
「すみません、遅くなりました」
玄関先には馬車が待っていて、当然クヴァルト様もいる。
申しわけなくて謝るけれど、女性の着替えに時間がかかるのは当然ですよと誰も気にした様子がない。
……うーん、貴族とその従者だなぁ……
エスコートしてもらって馬車に乗りこむと、少し間を置いてから走りだす。
「ところでどこへ行くんですか?」
なにせ中心地までは距離がある、まだまだ見慣れない街並みを眺めながら問いかけると、秘密です、と返ってきた。
先に教えたら遠慮されそうだから、と続けられて、そこそこ高級店なんだろうなと検討づける。
「本当は市にもお連れしたいのですが……」
不特定多数がいる場所は、正直恐い。だから除外してくれたのだろう。
そうなると行けるところはかぎられてしまう、敬遠しがちな高級店は、その点では安心だ。
……でも、超高級店とかで、個室に案内されて売り買いとか、そこまでは困るんだけど……もしそうなったら全力でお断りしよう。
「それは、楽しみにとっておきます。……でも、そうなると行けるところが減っちゃいますよね」
できれば今後も一緒にお出かけを楽しみたいのだけど、ネタが尽きてしまったら無理な話だ。
わたしの沈んだ声に、クヴァルト様はいいえ、と笑って首をふる。
「前にも言いましたが、そんなに狭い街ではありませんから。街中だけでなく、郊外に行くのもいいですしね」
本物のピクニックができるってことだろうか。
治安はいいみたいだし、面白そうだ。
「川や湖もあります、少し道が悪いですが、山のほうには滝も」
「それは、楽しそうですね」
アウトドアは体力的に苦手だけど、自然の中を歩くのは嫌いじゃない。
この世界は工場が少ないからか、街中でも空気が気持ちいい。
森の中なら、もっと清々しいことだろう。
「クヴァルト様は釣りとか、するんですか?」
狩りはしないと聞いたけど、他のことはどうなんだろう。
あれ、でも貴族って、池をつくって魚を泳がせても、獲ったりはしないのかな?
「私はあまりしませんが、ジャンは好きですよ。子供のころ、邸の池でよく遊んでいましたし」
「それは、間違いなくあとで怒られたやつでは」
「その通りです、とても恐かったですよ」
「……もしかして、クヴァルト様も混じってました?」
質問は笑顔でスルーされた、嘘はつかないひとだから、つまり、無言の肯定だろう。
今ではできる副官って感じだけど、子供時代は大分やんちゃだったんだろう。
今も邸に池はあるけど、そういえば魚はいなかった、……危険だからだろうか。
もう子供はいないから放流してもいいだろうけど、って、この世界にコイっているのかな。
池と言えばコイくらいしか浮かばない、今度魚の本を探して調べてみよう。
そんな話をしていたら、目的地に到着したらしい。




