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披露のその後

「説明が多くて疲れたでしょう?」

 ピアノ室に置かれた椅子に腰かけて、遅くなった午後のお茶をする。

 フリーデさんたちは外に控えているけれど、部屋の中は二人きりだ。

 ドアも窓も開いているし、外からは庭師のおじいさんの元気な声もしてるけど。

「疲れたっていうか、雲をつかむような話なので、自分のことだけど実感しづらいというか」

 正直、今もよくわかっていない。

 魔力を送っていた時も、そうでない時も、身体に感じる疲労は変わらなかった。

 演奏したあとの心地よい疲弊くらいのものだ。

 だけど、片方では魔力が流れていて、片方はそれがなかった。

 クヴァルト様だけに言われても、信じられなかったかもしれない。嘘をつかないひとだと知っていても。

「わたしにも魔力が感じられるようになればいいんですけど……」

「そうですね……ですが、この世界の者は生まれつき所持しているので、教える方法がわからないのですよね」

 そりゃそうだ、空気の吸いかた教えてくださいって聞かれたらすごく困る。

 当たり前にできていることを、言葉にして伝えるのはとても難しいことだ。


「こちらでも、王城に情報がないか訊ねてみますね、ただ……」

 渋い紅茶を飲んだみたいに、クヴァルト様の表情は冴えない。

「あなたの能力を、王宮に知られるのはなるべく避けたいので、うまくいかないかもしれません、先に謝っておきます」

「知られちゃまずいんですか?」

「いつでも魔力を補給することができる存在を、手元に置きたいと思うのは当然でしょう?」

「あ……そう、ですね」

 ただでさえ少ない魔術師という存在、魔法が使えるかれらは基本王宮で王族が抱えている。

 万一のためと、他国への牽制になるからだろう。

 だから優秀な魔法使いの獲得は、各国でかなり熾烈なのだそうだ。

 そこへ、減った魔力を補ったり、100%以上にできるわたしの存在がいたら、鬼に金棒。

 王宮としては魔法使いとセットで置いておきたくなるだろう。

 でも……わたしは、王都へは行きたくない。正確には、あいつらの神殿の近くには。

 王宮側だって、それは知っているわけだけど。

「それが必要だと判断すれば、感情論を抜きにして招集する可能性はあります」

 国を守るというのは、そういうことですから、と重たい言葉が落ちる。

 一般人のわたしは、ひどいことだと思うだけだ。でも、王宮側としては、政治的とか色々、考えての結果なのだ。

 理解はできるけど、勿論納得なんてできない。

「ただ、魔法というものは精神に左右されます。無理矢理では、完全な力は引き出しづらい」

「むりやり、って……ああいうの、ですか」

 すぅっと身体が冷えていく感覚に、ぎゅっと両手で自分の身体を抱きしめる。

「じゃあ、あのとき、わたしがもっと本気で嫌だって思っていれば、あいつらに魔力を渡さなくてすんだんでしょうか、わたしが、ちゃんと……」

「──それは違います!」

 わたしが、ちゃんとしてなかったから、呟いたわたしに、鋭い否定の声がかぶさった。

 椅子を蹴立ててわたしの前に移動したクヴァルト様は、躊躇うことなく膝をついて、わたしと視線を合わせる。

 深い群青の色は、暗くなる前の空みたいで、静かで、落ちついてくる。

「アレは、あなたから無理矢理引きずり出していたんです、だから、あなたが拒絶していようとも、完全に遮断することはできません。それに──おそらくなにか薬物なども使用されたでしょう」

 ……たしかに、いつごろからか食事をすると、なんだか頭がぼうっとするようになった。

 考えがまとまらなくて、夢の中にいるみたいで、それもあって食事が嫌になった。

 あれは、気分の問題だけじゃなくて、連中がわたしを操りやすくするためのことだったのか。

「あなたが悪かったなんてことは、絶対にありません。だから自分を責めないでください」

 ……そう、なのかな、よくわからない。

 もっとうまくできたんじゃないかって、どうしても思ってしまう。

「万一、王都から招集されても、断りますから安心してください」

 にっこりと微笑みながら言われるけど、それは簡単なことじゃないはずだ。

「危ない、ですよ……」

「そうでしょうね。勿論、敢えて危険な道を行くことはしません。王都側へあなたの能力を知らせるのは、最低でもあなたが力を自在に扱えるようになってからにします」

 下手をすれば争いになってしまう、お世話になっておいて、そんなことはできない。

 でも、ちゃんと考えているみたいなので、ひとまず安心する。

 わたしの能力を知っているのはごくわずかで、みんな秘密は守ってくれるだろう。


「……でも、じゃあ、他のひとには、当分聞いてもらえないんですね……」

 邸で働いているひとは、他にもたくさんいる。

 そのひとたちにも聞いてもらうつもりだったけど、できなくなってしまった。

 外から働きにきているひともいるから、そういうひとたちが、なにかのはずみで喋ってしまうかもしれない。

 そのリスクを冒してまで、演奏する気にはとてもなれない。

 ……まあ、そういう気持ちで弾いたら、魔力は流れないだろうけど、マイナス感情抱えての演奏なんて、自分が許せない。

「そうですね……申し訳ないのですが」

「クヴァルト様が謝ることじゃないです」

 肩を落とす姿に慌てて声をかけて、そういえば跪かせたままだったと気づいてさらにあせる。

 なんてことさせてるんだ、わたしったら……!

「あの、とにかく、椅子にすわってください」

 おろおろしながらクヴァルト様の肩に手を置いて、ひっぱりあげようとする。

 わたしの力でどうにかなるわけないのに、ついやってしまった。

 クヴァルト様は驚いた顔をしたあと、わかりましたとやんわりわたしの手をほどいて立ちあがる。

 それから、ひっくり返っていた椅子をもどして、腰かけ直した。

「王宮へは神子が自分の魔力を知りたいと言うので、とでも言っておきましょう、それも本当ですからね」

 たしかに、能力のことを置いておいても魔力は感じられるようになりたい。

 そうすればわたしでも火をつけたりできるはずだから。

 夜中の灯りひとつ、自分でできないのは不便だし、いちいち誰か呼ぶのも気が咎める。

 魔法で明るくするのが当たり前だから、火をつけるためのマッチとかが置いていないのだ。

 だから魔力を流せないわたしは、日常生活で結構困ってしまう。

「あなたの能力に関しては、なにせ前例がありません。引き続き神子の資料を探すとともに、自分たちでも調べるしかないでしょうね」

 かつての神子もわたしと同じように、特にこれといったことをしなくても、そばにいれば樹のほうが勝手に元気になったらしい。

 そもそも演奏家の神子がいたかどうかも怪しい。ピアノが伝わっているから音楽に強いひとがいたのは間違いないけど、それが音楽家とはかぎらないし。

 はじめは貴族だけとはいえ、家に置いてある家庭もそこそこあったはずだから、仕組みだけ教えた可能性も高い。

「じゃあ、あの……クヴァルト様に一日置きくらいに聞いてもらって、確認してもらってもいいですか?」

 わたし一人では魔力が流れたか感知できないから、どうしても誰か必要になる。

 クヴァルト様が仕事から帰宅してから、食前か食後に一曲聞いてもらうのが、都合がいいんじゃないだろうか。

 観察術士をいちいち呼ぶわけにはいかないし、フリーデさんたちには仕事があるし。

 でも、クヴァルト様も仕事帰りだから疲れてるところだから悪いかな……

「それはこちらからお願いしようと思っていたところです」

 わたしの提案に、二つ返事でイエスをくれた。

 クヴァルト様の魔力はあんまりあるほうじゃないけど、その分流れてきた時はわかりやすいらしい。

 コップに入っている水が少ないから、入れられた分がはっきりする、と説明された、なるほど?

「じゃあ、お手数おかけしますが、よろしくお願いします」

「あなたの演奏はいつまでも聞いていたいくらいですから、少しも手間ではありませんよ」

 ぺこりとお辞儀したら、全開の笑顔をされて、ちょっと直視しづらい。

 そこまで言われると悪い気はしないを通りすぎて、身の置き所がないんだけど……

 まごまごしていたら、体調に影響がないなら毎日弾いて聞かせることになっていた。

「……飽きません?」

 流石に毎日新曲というわけにはいかない。ピアノばかり弾いてもいられないし。

 だからこわごわ問いかけたのだけど、

「飽きたら言いますが、当分はないと思いますよ」

 即座に否定されてしまった。まだ耳慣れないから新鮮なんだろう。

 それなら、飽きるまではわたしの都合につきあってもらおう。

 食後すぐに弾くのも大変だろうからと、クヴァルト様が帰宅したあと演奏することになった。

 毎日美容部員コンビに頼むのは嫌なので、これからは特別な演奏以外は普通の格好ですることにする。

「あなたの演奏を独占できるのは、悪くないどころか贅沢ですね」

 ……そうかなぁ、と首をかしげるわたしと反対に、クヴァルト様はご機嫌だ。


 まあでも、対外用のすました笑顔より、ちょっと子供っぽく見えるこの顔のほうが好きだし。


 ……好き?

 あれ?


「ですがセッカ嬢、医者が運動不足を心配していたので、練習の合間に散歩もしてくださいね」

「──あ、はい、わかってます」

「合間ではなく、練習の前にしたほうがいいかもしれませんね」

「ちゃ…ちゃんとしますよ」

 ぼんやり返事をしたせいか、もともとこれに関しては信用がないのか。

 多分後者だろうけど、クヴァルト様の目がマジだ。

「間が気になります、やはりフリーデに言って練習の前にしましょう」

 大丈夫ですよと言いつのったけど、当然信じてはもらえなくて。

 そんな会話が続いたせいで、生まれた違和感のことは忘れてしまった。

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