客人に披露(2)
昨日までは人気の少なかったピアノ室は、打って変わって結構な人数がいる。
それでも狭く感じないのは凄いと思う、部屋の広さだけじゃなくて、装飾もあるんだろうけど。
クヴァルト様、医者の先生、観察術士、フリーデさん、ウェンデルさん、執事頭のメサルズさん。
そして外からちらっと手をふっていた庭師のおじいさん。
今日も曲名だけを紹介して、まず聞いてもらうことにする。
この世界のピアノは、伝わっている鍵盤の数からしても、あまりメジャーではないらしい。
貴族の趣味、つまり、お遊び程度の側面が高いようだ。
それについては大分不満があるけどとりあえず置いておくとして、つまり、一般的には聞く機会が少ないわけだ。
そういうひとたちに、少しでもよさを知ってもらいたい。
月光の三楽章を弾きながら、伝わってほしいのは、ピアノの魅力と、わたしからみんなへの感謝の気持ち。
文句も言わず出迎えてくれて、心配してくれるみんなのおかげで、まだまだ不安はいっぱいあるけど、大好きなピアノを弾くことはできるようになった。
それは、わたしだけの力じゃない、ここいるひとだけじゃない、たくさんの手だすけがあってこそ。
少しでもそれがとどけばいいと思いながら、最後まで弾ききった。
……うん、昨夜と同じくらい、いい演奏だった。
全力疾走したあとみたいな疲労感と、高揚感がたまらない。
さて、みんなの反応は……と顔をむけると、まっ先にクヴァルト様が拍手してくれた。
何人かはぼうっとしていたけれど、その音にはっとなって、同じくらい大きな拍手をしてくれる。
すると、開いた窓から手招きされていることに気づき、近づくと綺麗な花束をおじいさんから渡された。
「素晴らしい演奏でしたよ」
手作りのブーケは素朴なかわいい花がたくさんまとめられていて、だけど花のかわいさより、おじいさんの感想が嬉しくてありがとうございますと返した。
「本当に素晴らしかったです……!」
「凄いですねー、途中でばっちり目が覚めましたよー」
フリーデさんはなんだか感極まったらしく涙目になっていて、ウェンデルさんにハンカチをさしだされていた。
そんなウェンデルさんはのんきに呟いてにこにこしていた。たしかにさっきまで半目だったけど、今はしっかり開いてる。
他のひとたちにも褒められて、褒めすぎだろうと思うけど、でも悪い気はしない。
「もう一曲お願いしたいところですが、医者としては診察をしたいので、申し訳ないですがよろしいですかな?」
先生もクヴァルト様みたいに、演奏して疲れていないか心配らしい。
全然どうもなってないんだけど、診てもらうのも久しぶりなので、あんまり強くも言えない。
クヴァルト様もそのほうがいいでしょう、と言うので、じゃあ、と一度部屋にもどって着替えることにした。
あとでまた弾く時は、普通の格好でいいだろう。
今日は美容部員コンビが気合いを入れたから、正直ずっとこのままでいるのはしんどいし……
診察にはどう見てもむいてないもんなぁ。
フリーデさんたちに手伝ってもらい、いつも着ているシンプルな服に着替えると、先生を呼ぶ。
観察術士と二人に診てもらい、とりあえず健康面の問題はないらしくほっとした。
これで引っかかって、ピアノ禁止とか出たら嫌だし。
最近の様子などを聞かれたので、大体正直に答えておく。
一にも二にもピアノな状況に複雑な顔をされたけど、今後は散歩もしますと先に宣言しておいた。
そうこうしているうちに支度ができたそうで、一緒に下へ降りていく。
先生たちを招いての昼食ということで、いつもの小さい食堂だけど、普段より大きい机に変わっていた。 料理長たちが腕をふるったらしい料理に舌鼓を打ちつつ、曲の感想などがもらえて、わたしはとてもご機嫌だった。
多少のお世辞はあるかもしれないけど、でも、感動したのは本当らしく、ピアノを見る目が少し変わってくれたみたい。
この世界ではオルガンのほうが少しメジャーかな、という感じだけど、教会音楽というのは前々から存在していたので、もとの世界のように宗教とは結びつかなかったので、こちらもあまり広まっていないらしい。
……たしかに、鍵盤楽器の奏者だと伝えたけど、特に反応はなかった。
興味ないだけかと思っていたけど、そもそもあそこに存在しない楽器だったんだろう。
あったとしても先に述べたような貴族の遊びか、子供たちとの関わりに使う程度。
保育園や幼稚園での弾き語りとか伴奏とか、そういうものらしい。
歌劇のようなものはあるみたいだけど、ピアノ伴奏による歌唱は少ないみたい。
弾き語りとかはなさそうだし、わたしもそれは苦手だし……
普及させていくのは、なかなか難しそうだ、やりがいがあるとも言えるけど。
……ただ、わたしはそういう計画とか、立てられる気がしないって問題がある。
クヴァルト様におんぶだっこもどうかって感じだし、なんとかしなきゃなぁ。
そんなわたしの思惑に関係なく、なごやかに昼食はすみ、さてじゃあもう何曲か披露するかと息巻いていたのだけど。
「食休みにしてはあまり楽しくない話なのですが、確信が持てたので話しますね」
場所を移動してのクヴァルト様の第一声は、とても真剣な響きだった。
浮かれていたわたしは、よくよく見ると、まわりのみんなが大体同じような表情をしていることに気づく。
昼食の間は意図的に話題を変えていてくれたらしい。
でも、わたしはピアノを弾いただけだ、べつに体調も崩してないし、変なことはなかったはずだけど。
「あなたには自覚がないようなので、黙っていようとも思ったのですが、知らないままもよくないだろうと言われまして」
回りくどいクヴァルト様の言葉に、観察術士が深くうなずいている。
ということは、わたしを観察してなにか判明したってことみたいだけど、なんだろう。
「……簡潔に言いますね、あなたの演奏を聞いた我々は、あなたから魔力の供給を受けました」
──どういうこと?
少し短いのですが、次は延々説明パートになってしまうので……




