客人に披露
「明日ですか? 勿論、構いませんけど」
というか、そもそもの予定では明日披露するつもりだった。
お出かけがなくなってしまったから、時間はたくさんあるし。
わざわざ改まってお願いすることだろうかと思ったけど、まだ続きがあった。
「その際、何人か招きたいのですが、よろしいですか」
「招く?」
え、偉いひととか……? と身構えたが、なんてことはない。
わたしを診てくれた先生が、その後の様子を気にして、一度伺いたいと知らせてきたらしい。
ちょうど休みだからということで明日どうぞと返事をしたから、ついでに聞いてもらってはどうかと言うのだ。
たしかに、そうすれば先生にも元気なことを証明できるし、お礼にもなる。
知らないひと相手の演奏はまだちょっと自信がないけど、医者なら大丈夫だろう。
「じゃあ、あとフリーデさんたちもいいですか?」
お世話になっているという意味では、邸の全員になるのだけど、流石に一度には無理がある。
とりあえず一番面倒をかけているひとたちだけに絞るべきだろう。
わたしがお願いすると、クヴァルト様は勿論です、と快諾してくれた。
フラウさんもといきたいけれど、もう夜も遅いので今から連絡するわけにもいかないし、明日の朝これからきてくださいとお願いするのも申しわけない。
家庭教師できてくれた時に披露すればいいだろうから、今回は誘わずにおく。
ということで、医者の先生、観察術士、フリーデさん、起きられたらウェンデルさん、あとはメイド長、執事頭、料理長に声をかけてみることになった。
部屋の大きさ的にはもう少しいけるけど、とりあえず様子見ということでこのくらいの人数らしい。
「曲はどうしましょう、同じだと、クヴァルト様つまらなくないですか?」
一応そこそこ弾ける曲は他にもあるから、今日と違う曲を三曲くらいなら、余裕でいける。
「いえ、飽きませんから同じ曲でお願いします」
それならいいけど。わたしも得意曲のほうがありがたいし。
久しぶりだと、直しようのないミスとかしかねないからなぁ。
音楽に慣れていないひとだと、何曲も続けて演奏している間、じっと聞いているのは大変だろうから、とりあえず月光ソナタを弾くことにする。
フリーデさんたちに聞いてもらうのもはじめてだから、すごくわくわくするな。
「そうと決まれば、早めに休んでくださいね」
「はい、明日、楽しみです」
昼前くらいに招待して、医者の先生たちには昼食をご馳走する流れらしい。
だから時間的には余裕がある、来訪前に練習もできそうだ。
でも、演奏の余韻と明日の期待で、なかなか寝つないかもなぁ……
なんて考えてたのに、結構疲れていたらしく、お風呂に入ってベッドに入ったら、あっさりと寝落ちしたのだった。
そして翌日、朝食の席でクヴァルト様に体調を聞かれたので、問題ないですと返事をする。
医者から了承の返事も受けとったそうだけど、演奏のことは伝えていないらしい。
万一わたしの調子が悪かったら、と考えたからだとか、本当に過保護だなぁ。
大丈夫ですと断言すると、いつもより素早く朝食をすませ、上へもどる。
なにせこれから美容部員的なメイドに手伝ってもらい、ドレスに着替えなければならないのだ。
といっても仕立てたドレスは一枚だけだったから、今日はお母様のお下がりを直したもの。
こんなことなら二枚つくっておけばよかった……クヴァルト様に頼んでいいのかな。
でも直したドレスはきちんとわたしのサイズになっているので、見ておかしなところはない。
選んだ鈍い灰色のドレスは、襟とスカート部分にフリルがついている。
色は地味なんだけど、代わりにデザインが結構派手だ。
それに合わせて髪の毛も灰色のリボンを結んで、化粧も昨日とは少し色味が違う。
服に合わせて色を変えるとか、プロだよなぁ……
仕事先のおねえさんたちもそうしてて、アドバイスもらったり直してもらっていたことを思い出す。
とてもわたしにはついていけない領域だ。
「完璧ですね!」
「ええ!」
大喜びする美容部員コンビと名づけたメイドによって、支度はばっちり整った。
しかし裾がわさっとしてて歩くのが大変だなぁ……
靴もばっちりハイヒールが正しいんだろうけど、演奏するのに邪魔だし、見えないしということで踵の低いものにしている。
……靴もそろえなきゃ駄目かなぁ、最初の日に計って何足か用意してもらったけど、外出用の歩きやすいのとかがほしい。
結構物入りになってしまいそうだから、頼みづらいんだけど……演奏と引き替えとか駄目かな。
なんてことを考えながらピアノ部屋に行き、しばらく一人にしてもらい練習する。
まず月光ソナタをさらって、月の光をこなし、もしものためにもう一曲も復習する。
……うーん、もうちょっと詰めたいけど、時間が微妙だ……しかたないか。
頭の中で演奏を続けつつ、手を止める。
これ以上弾いていると、演奏中に声をかけられそうだ。
椅子は多めに入れてあるから、準備はほとんど必要ない。
落ちつかないから、母屋にもどってお茶でももらおうかな。
ついでに身支度のチェックもしてもらおう。
ドレスの裾を気にしつつ歩いて行くと、庭師のおじいさんの姿が見えた。
「あ、おはようございます」
「おはようございます。……今日はなにかあるんですか?」
渡り廊下は屋根はあるけど外みたいになっているので、結構おじいさんに遭遇する。
なのでちょくちょく挨拶していて、大分なじんできていた。
いつもと違う気合いの入った服装に、おじいさんが目を白黒させている。
「このあと、医者の先生たちにピアノを披露するんです」
庭仕事をしている時に演奏が聞こえているらしく、おじいさんはそりゃあいいとうなずいた。
……そうだ、おじいさんにもお世話になってるし、聞いてもらいたいな。
会うたびに花を切ってくれて、おかげでいつも部屋に花があるのだ。
わたしが誘うと、おじいさんは、
「いやぁ、椅子にすわって おとなしくしているのは性に合いませんよ」
申しわけないですがと辞退されてしまった。
たしかに、いつも外で庭仕事してるものな……仕事なだけでなく好きなんだろう。
その気持ちはとてもよくわかるので、無理強いはできない。
「ですが、演奏中は近くで作業することにしましょう」
それなら聞きながら作業できますから、と。
失礼になりますかなと問われたので、全然そんなことないです、と強く否定した。
静かに聞かなきゃならないってひともいるけど、楽しみかたはそれぞれだ。
運転中のラジオみたいにするのだって、決して間違ってはいないと思う。
では遠慮なく、と言いながら、おじいさんは白い花をさしだしてくれた。
ありがたく受けとって、母屋へもどると、呼ぶまでもなく美容部員コンビが待ち受けていた。
おとなしくあちこち直してもらい、もらった花はちょうどいい! と髪に挿された。枯れなきゃいいけど。
改めて支度が終わったので、クヴァルト様と合流し、応接室でのんびり待つ。
その間に眠そうなウェンデルさんもやってきて、あとは医者の先生を待つだけだ。
ほどなくして執事頭さんが来訪を告げたので、クヴァルト様と一緒に出迎えに行く。
「お久しぶりです、お加減はいかがですか?」
「はい、おかげさまで元気です。今日はその証拠と、お礼を兼ねて、わたしのピアノを披露したいんですが、お時間いただけますか?」
すぐにも診療をと言われたら困るので、挨拶もそこそこに切りだした。
先生は驚いたようだけど、同時にわたしの服装に納得もしたらしく、構いませんよと快諾された。
感謝を告げてピアノ室へと案内する、淑女らしく歩くよう気をつけて……と。
さあ、腕が鳴る!
ピアノとなると驀進するヒロイン。
……色気がないですね。今さらですが。




