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花よりピアノ

「今度の休みは、外出はなしにしましょう」


 お出かけの翌日、朝食の席でクヴァルト様にばっさり言われた。

 たしかに、昨夜は寝付きも悪かったし、悪夢を見た気がするし、おかげで顔色も悪かった。

 普段あんまり化粧をしていないから、今日だけあからさまにしてもバレるだろうと、しないままなのも悪かったかもしれない。

 行ってみたい場所はたくさんあるけど、逃げはしないし、この調子ではよっぽどのことがないかぎり、意見を撤回させるのは無理そうだ。

 自信もなくしている今のわたしは、はい、とうなずくしかできなかった。


 心配そうなクヴァルト様を見送って、フラウさんとの授業に入る。

 といっても、顔色の悪いわたしを見た彼女は、速攻授業はやめにしましょうと宣言したのだけど。

「期限があるものでもないし、たまにはおしゃべりもいいでしょう?」

 そう微笑んでくれたけれど、じっとしていると余計なことを考えそうだったので、庭を歩くことにした。

 東屋に案内すると、フラウさんは嬉しそうな笑顔になる。

「素敵ね! 噂に聞いていたから一度見てみたかったの」

 フリーデさんにお茶を持ってきてもらい、そこでのんびりすごすことにした。

 フランさんは趣味だという刺繍を持ってきていて、花らしきものを刺している。

 よく指を刺さないなぁと感心しながら、昨日あったことをぽつぽつ話していった。

 やつらにされたことを口にするのは嫌だったけど、フラウさんはなんとなく察してくれたらしい。

 まあ、男性恐怖症になるくらいのことって、そうそうないだろうし。

「なにがどれくらい辛いかは、他人にわかるものじゃないわ、無理しないことが一番よ」

「わかってはいるんですけどね……」

「……そうねぇ、割りきれたら苦労はしないわね」

 慰めすぎず、かといって突き放すでもなく、寄り添ってくれるフラウさんにほっとする。

 刺繍や編み物などを気分転換に進められたけど、とてもできそうにないので断った。

 だって、フラウさんがしている刺繍は、何色もの糸を使ったとても細かいものだったから。

「最初から難しいものは進めないわよ、簡単な図案もたくさんあるし」

「……覚えることが一段落したら、考えます」

 料理も苦手なわたしは、勿論と胸を張るのも恥ずかしい話だが、他の家庭科的な全般も苦手だ。

 服のボタンつけだってよっぽどにならなきゃしないくらい。

 できたら楽しいだろうなぁとは思うんだけど、その時間があるなら、ピアノにいってしまう。

 余暇時間を使ってまでとは、正直思えないのだ。

 それらを正直に告げると、フラウさんはころころと笑った。

「そう言うだろうことは、よっくわかっていたわよ」

 ……うん、バレてる。

 だから授業中にしましょうねと、気づけば約束ができていた。

 ……針で指を刺すと演奏に差し支えるから、気をつけよう。


 昼食後はいつものようにピアノにむかった。

 悩んだ時も、悲しい時も、鍵盤を叩く間は無心になれる。

 現実逃避かもしれないけど、ピアノにむきあう時間は、余計なものを入れたくない。

 だけど、完全に割り切るなんてことは難しくて、選ぶ曲はテンポの速い、激しい曲ばかりになってしまった。

 それでもしばらくすれば少しは落ちつけたので、クヴァルト様に聞かせたい曲の練習もする。

 ……うん、仕上がりは順調かな。

 休日の外出がなしになったから、その日にお披露目でいいかな。

 そのころには、もう少し気持ちも冷静になっているだろうし、余裕を持って演奏できるだろう。

 ちょっと夢中になりすぎて、おやつの時間を飛ばしてしまったから、フリーデさんに心配をかけたけど……クヴァルト様には黙っていてほしい。


「お帰りなさい」

「もどりました。……お土産です」

 オレンジ色が鮮やかな夕暮れ時、出迎えたクヴァルト様から渡されたのは、見覚えのある小さな袋。

 以前買ってきたお菓子の詰め合わせと同じ見た目だ、違うのは、種類が少ないことくらい。

「……これくらいは、いいでしょう?」

 伺うような目線に、ちょっと笑ってしまった。

 一緒に出かける時の楽しみにとっておきたいと言ったから気にしているらしい。

「ありがとうございます、おいしかったから、嬉しいです」

 これは本当のことだ、この店のクッキーは流石名店という複雑な味だけど、スパイスが主張しすぎることもなく、つまりおいしい。

 今度の外出でぜひとも買いに行きたかったから、正直とても喜んでいる。

 多分誰かに頼めば買ってきてくれるのだろうけれど、そういうのは気が引けてしまうのだ。

「……よかった。甘いものを食べると元気が出ると聞いたので」

 ほっとした顔を見て、色々気にした結果のお土産なのかと悟った。

 誰のアドバイスか知らないけど、的確だ。

 お菓子はとりあえずウェンデルさんに預けて、一緒に食堂へむかう。

 最近の料理はわたし好みの味つけばかりなので、クヴァルト様は嫌じゃないか心配しているのだけど、味の好みが特にないらしく、むしろ現状のが料理長は腕のふるいがいがあるらしい。

 今日もおいしく夕食をいただけたので、文句はまったくないんだけど……

 カロリー計算とまできちんとしたものはなくても、栄養は考えられているらしく、思ったほど太ってはいない。

 というか、ファンタジー世界なのにしっかり体重計があるあたり、どこでも悩みは一緒なんだなと思ったりした。


 食後はいつもどおり、移動して益体ない話をする。

 フラウさんにも心配されたこと、大体の事情を話したこと、刺繍を進められたこと……

 って、考えてみたら、事情っておおっぴらにしたらまずかったかな。

「すみません、事前に聞かずに話してしまって……」

 せめて許可をとるべきだった。反省して頭を下げると、すぐにいいえ、と穏やかな声がふる。

「あなたが決めたことなら、それでいいと思いますよ」

 彼女は言いふらす人間でもありませんし、と続いた。

 クヴァルト様はわたしに対して、ああしろこうしろとか、ほとんど言わない。

 まあ、言われなくても無茶苦茶なことをする気はないけど。

「信頼、しすぎじゃないですか」

 希代の悪女で実は全部嘘とかだったらどうするんだろう、いや、まったくそんなんじゃないけれど。

「そうですか? 私はそうは思いませんけれど」

 にっこり笑顔で平然と返されるので、二の句が継げなくなる。

 いや、信じてもらってるのは嬉しいことだけど、わたしはそこまで出来た人間ではない。

 正直そこまで信頼に値するとは、自己評価でも判断できないんだよなぁ……

「いいピアノがあったら、そっちへふらふらしちゃうかもしれませんよ」

 我ながらなにを言ってるんだという感じだけど、でも、本当にいいピアノがあったら、弾きに行きかねないのがわたしだ。

 そんな脅しにもクヴァルト様は笑みを崩さないまま、

「王妃いわくあのピアノに比肩するものは、王宮くらいにしかないそうですよ」

 だから大丈夫です、と自信満々に返答してきた。

 そんな高級品をぽんとくれないでくれ、とか、そこで自信満々なのもどうなのか、とか。

 色々ツッコミどころはあるはずなんだけど、なんだかどうでもよくなって、わたしはクヴァルト様の分もクッキーを食べることにした。

 私の中ではこれでもいちゃいちゃしてるほうです。

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