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領庁と副官

 セッカ……ちゃん?

 この世界にきてはじめてそう呼ばれた。みんな様づけだから、久しぶりだ。

 なんてのんきに思っていたら、そのひとはあっという間に距離を詰めてきて、そして。

「はじめまして、オレはディディス、ディーでいいよ!」

 ぎゅっと手を両手でにぎられた。


 力は強くない、無理矢理ひっぱられたわけでもない。

 でも、一瞬で全身が恐怖に支配された。


 このままひっぱられて、拘束されて、そして、──そんな想像が一人歩きする。


 どうにか悲鳴を飲みこんで、手をふりほどくのと、クヴァルト様が間に入ったのは、ほぼ同時だった。

「きみのその、女性と見ると口説きにかかる趣味は、どうかと思いますよ」

 いつもどおりの声が、なんだかとても遠くに聞こえる。

 でも、耳にとどく響きに、安心もした。大丈夫、ここは、あそこじゃない。

「すべての女性は口説かれるために存在するんだぜ?」

 悪びれもせず答えるディディスさんは、わたしの態度に気づいているのだろうか。

 クヴァルト様はやれやれとため息をついて、くるりとふりむいた。

 一瞬、その表情が歪んだ気がしたけど、なんだか目もかすんでるみたいで、よくわからない。

 気づけば後ろにはフリーデさんがいて、背を支えるように立っていた。

「彼は放っておいて、こちらへどうぞ」

 にこやかな笑顔で誘われるまま奥へ進むと、小さめの扉があった。

 なんだろうと思いながら中へ入ると、そこは一面が本棚で埋めつくされていた。

 でも、広さはあまりない。小部屋くらいだろうか。

 フリーデさんにつきそわれて、なんだかわからないうちに、端にあった椅子にすわらされる。

 ぼんやりしていると、そっとマグカップがさしだされた。

 飲めればいい的で、飾り気もなにもない、やたらと大きいから両手で持たないと危なそうだ。

 ……あれ、わたし、手が震えてる。

 って、手だけじゃない、全身震えてるみたいだ。

「…………?」

 なんでだろう、と声を出そうとしたけど、喉に引っかかったみたいにうまくいかない。

 マグカップも支えてもらってなければ、落っことしそうだ。

 それでも、暖かさが徐々にしみてきて、震えもおさまってくる。

 そしてようやく、自分がパニックを起こしていたことを自覚した。

「平気だと思ってた、のに」

「……そうそう簡単によくなるものではないでしょう」

 狭い部屋の中、可能なかぎり遠ざかったクヴァルト様が言う。

 心配しすぎだと思ってたけど、そんなことはなかったみたいだ。

 クヴァルト様に対しては恐怖なんて感じないし、お屋敷の何人かも平気だった。

 それっぽい見た目の連中でなければ、大丈夫だと思ってたけど、ちっともそうじゃなかったってことだ。

「あの、さっきのひと、気を悪くしてないでしょうか」

 名前、なんだっけ、聞いたのに思い出せない。

「ディディスなら大丈夫ですよ、女性に怒ることはほとんどありませんから」

 むしろ拒絶するくらいでちょうどいいです、とまで言われた。

 そうだ、ディディスさんだ、忘れないようにしなきゃ。

 飲物を飲んでしばらくすると、大分落ちついてきた。

「……あの、この部屋って?」

 ようやく周囲を観察する余裕も出てきたけど、ずいぶん不思議な部屋だ。

 ドア以外は全部本棚がつくりつけられている。

 天井は低くて、クヴァルト様にはちょっと窮屈そうだ、もっと背の高いひとだったら、腰を曲げなきゃ駄目そうだ。

 壁の一角をくりぬいたところにはベッドがあるけど、それも最低限といった小ささになっている。

「昔の隠し部屋です、今は普通にドアを設置していますが」

 情勢が危なかったころの名残だという、だから狭いのか。

 教えられませんが隠し通路もありますとのこと、本棚のどこかが開くのだろう。

 カモフラージュに全面本棚なわけか……面白い。

「ちょっとだけ、探してもいいですか?」

 簡単に見つかるものじゃないだろうけど、聞いてしまうと興味がわく。

 わたしの我が儘に、クヴァルト様は笑って快諾してくれた。

 そっと立ちあがると、ちょっと立ちくらみがしたくらいで、大丈夫そうだ。

 本棚に近づいてしげしげ眺めてみる。どの棚もほとんど埋まっている。

 一部は今も使っているらしく、新しめのものや、本ではなく、書類を束ねたバインダーっぽいのもあった。

 うーん、このへんをとったら奥にボタンとか……ないか。

 じゃあ、あとはどこかの本を押すと動くとか?

 あちこちにある、古めかしそうな本をいくつか押してみたけど、残念ながら反応はなかった。

「流石に難しいですね」

 白旗をあげて降参する。時間をかければもしかしたら、と思うけど、そこまでするのもだし。

「でも、いい線はいっていましたよ」

 ……といっても、この手の隠し通路といえば、棚の裏か本体が動くかどちらかだろう。

 もっとも使わないほうがいいものだから、知らないままでいられるほうが、幸せな気がする。

「そろそろ、ちゃんと挨拶し直さないと」

「べつにあれは放っておいてもかまいませんよ?」

 わりとひどい言いぐさだけど、領主の机にいたことからも、責任者なんじゃないのかな。

 でも、このままさようならなんて、流石にどうかと思うし……

 また腕をにぎられたら恐いけど、でも。

「クヴァルト様がいれば、大丈夫、です、……多分」

 絶対とは断言できないけど、おそらく、きっと。

「……わかりました。遠慮なく盾に使ってください」

 わざとだろう、軽い言葉とともに優しく微笑むと、クヴァルト様は小部屋のドアを開けた。

 今度はちゃんと椅子にすわって作業しているディディスさんがいて、音を聞きつけてぱっと立ちあがる。

 それからまっすぐわたしのほうへむかってきたけど、遮るようにクヴァルト様が立った。

「邪魔するなよヴァルトー」

「邪魔をするに決まっています。彼女の世界では初対面から過度の接触はしないそうですよ」

 不服げに口を尖らせるディディスさんを、ばっさり切り捨てるクヴァルト様。

 こっちの世界でも、挨拶代わりの頬にキスとかはあんまりしないらしいけど、日本じゃ握手もしないくらいだ。

 ディディスさんのスキンシップは女性限定なんだろうけど、どっちみち慣れないことに変わりはない。

 事情を話していないから、わたしが恐がるのでとは言わないんだろう。

 こんな時でも嘘はつかないクヴァルト様だけど、言い回しは……若干詐欺のような気も……

「あ、あの、改めてはじめまして、セッカです」

 これ以上なにか言われる前にと、わたしはちょっと早口で名を名乗る。

「クヴァルト様がわたしを迎えに行っていた間、仕事が増えたりしましたよね。ご迷惑をおかけして、すみませんでした」

 それから、他の机で仕事をしている職員にむかって頭を下げる。

 実際苦労するのは部下だというのは、どこの世でも同じだろう。

 わたしの態度に、成り行きを見守っていた人々が、いっせいに立ちあがる。

「いえ、そんな、気にしないでください」

「そうです、苦労されたのはセッカ様のほうでしょうし」

 口々にねぎらいの言葉が出てきて、噂の伝播に驚いてしまう。

 本心はわからないけど、少なくとも、ものすごく嫌がられてはいないようだ。

 ディディスさんも、けろりとした顔で笑っている。

「だいじょーぶ! 呼ばれるのはよくあることだし、優秀な領主補佐のオレがいるからね、気にしなくていいよ!」

 ものすごく軽い調子なので信じがたいけど、クヴァルト様の補佐なんだから、多分本当に優秀なんだろうな。

 ……性格的にはあんまり合わなそうだけど……

「あ、でも、気にするなら今度オレとデート……痛っ!」

 隙あらばクヴァルト様をかわして近づこうとしていたディディスさんの頭に、どこからともなく飛んできたなにかが当たる。

 見た目的に文房具とかを置いていた木の皿っぽい。結構イイ音がした。

 誰が投げたのかわからなかったけど、職員全員しれっとしているので、よくあることみたいだ。

 誰もディディスさんをかばおうとしないあたり、この性格でずいぶん色々あるんだろう……

「さて、あとは副領主のところへ行きましょうか」

「あ、はい、みなさん、お邪魔しました」

 クヴァルト様に声をかけられたので、部下のひとに挨拶をする。

 ディディスさんがもうちょっととかなんとか文句をこぼしていたけど、クヴァルト様は綺麗にスルーしていた。

 部下が全員男性だったのって、もしかしてそのせいなんだろうか……

 すぐ隣の部屋が副領主の執務室で、こちらは代々地元の有力貴族から選ばれるらしい。

 領主の権限も結構強いけど、合議制もとっていて、議員の中から選出されるのだとか。

 大体日本と似たような感じなのかな。

 領主がここ出身とはかぎらないから、副領主はこの地に最低何世代か住んでいないと駄目らしい。

 副領主は年配の男性で、大分信心深いひとらしく、拝み倒さんばかりの歓待でちょっと困った。

 でも、そのせいか近づいてきたりはしなかったので、恐いとも思わずにすんだ。

 感激するそのひとをなだめるのに必死になってたせいもあるかもだけど。

 今は普通の一般人ですと何度も念を押したら、今度はこの地でゆっくり静養くださいと色々尽くしてきそうになった。

 クヴァルト様がいなしてくれなかったら、お屋敷でももらってた気がする。

 そこまでの対応に会ったのははじめてだったけど、多分、領民の中にもそういう考えのひとは多いのだろう。

 もっと一市民としてとけこむためには、違和感なく生活できるように色々覚えないと。

 できればそんなにありがたがられずに、普通に暮らしていきたい。

 そうなるとクヴァルト様と出かけるのもまずいんだろうなぁ。

 領主の顔を知ってるひとからすれば、そのひとが丁寧に接しているのが誰かはすぐ想像できてしまう。

 一緒にいればいるほど、神子として顔も知られてしまうだろう。

 でも、かといって他のひとと出かけるのもだし、まだ二回目だけど、一緒にお出かけは楽しいし……

「セッカ嬢?」

 うーんと考えこんでいたせいで、足が止まっていたらしい。

 数歩先にいたクヴァルト様が、心配そうに近づいてきた。

「あ、すみません、ちょっとぼうっとして」

 大丈夫ですと伝えるが、信じてない顔をされた。

「少し早いですが、今日はそろそろ帰りましょう」

 提案の形ではあったが、有無を言わせぬ調子に、いいえとは言いづらかった。

 また恐くなったらどうしようという不安もあったし。

 なので、領庁を出たわたしたちは、待たせていた馬車に乗りこんで、日が暮れる前に邸に帰った。

「今日行けなかった場所は、次回にしましょう」

「え、でも、毎回じゃ申しわけないですよ」

 そう言ってくれるクヴァルト様に甘えていいのか、悩んでしまうのだけど。

 断ろうとしたらあからさまに寂しそうに眉を下げるから。

 本当はお願いしたいわたしとしては、強くも言えずに、

「……平気なら、じゃあ、お願いします」

 結局、我が儘を通してしまった。

 ちょっと納得いってないんですが時間がないので、

 ざっくりですが投稿です。


 ちなみにクヴァルトの詐欺っぽい発言は、

 すでに出ていたりします。

 今後きちんとネタばらしはしますが、

 今はあったとだけ書いておきます。


 そしてどうでもいいこだわりですが、

 ディディスの愛称の発音は、きちんと表記すると、

「ディイ」という感じで書いています。

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