昼食して徒歩で
とかなんとかしていたら、ちょうどお昼時になったので、予約していたレストランへ行った。
大衆むけの場所だと人数が多いので、まだ心配だということらしい。
テーブルマナーを習っていてよかった……
そこまで格式張った店ではなかったけれど、個室に通された時点で緊張するというものだ。
配膳係がお酒を聞いてきたけど、クヴァルト様はやんわり断っている。
わたしも昼から飲む趣味はないので、辞退した。このあたりは真水が飲めないわけでもないし。
「……そういえば、お酒、飲まないんですね」
それとも寝る前に飲んだりしているんだろうか。
少なくとも、夕食の時には飲んでいないし、誰も出してこない。
疑問にも思っていなかったけど、普通は飲むものなのかな。今度フラウさんに聞いてみよう。
「飲まないわけではないですが……飲まなくても気にはしませんね」
なるほど、すごく好きってわけでもないのか。
地元で収穫した果実を使ったお酒とかの試飲などは進んでしているというから、仕事的な意味合いが強いのかもしれない。
聞けば聞くほど、生活の基本が領主にあるような気がする。
いや、領主としてはいいことだけど……そういうものなんだろうか。
「あなたは?」
「あんまり飲まないですね」
仕事場的にすすめられることもあったけど、酔ったらピアノが弾けなくなる。
二日酔いで翌日の演奏に響いても困るから、よっぽどじゃないかぎりは拒否してきた。
勿論寝酒なんて無駄遣いもしていない。
「……まあ、そうでしょうね」
わたしの話を聞いて、クヴァルト様が楽しそうに笑う。
ピアノが第一だから予想どおりだった、という感じだ。
「領内にワインの産地がありますから、いずれ一緒に行きたいですね」
背後にそびえている山の裾にあるらしい、たしか果樹ってそういうところによく植えるんだっけ?
お酒よりはジュースのほうがいいですと正直に答えたら、あるはずですよとの返答。
まあ、一杯くらいはつきあおう、うん。
それを聞いていたらしい給仕係が、食後にそこのジュースを出してくれた。
ブドウジュースは濃いめでおいしく、なるほどワインもおいしそうな気がする。
試飲の件は前むきに検討しようと思う味だった。
邸の料理とはまた違う味つけはおいしくて、出された量はほとんど完食できた。
お気に召していただけてなによりですと、最後に料理長が出てきたのは……わたしが神子だからだろうか。
それともクヴァルト様だからか、よくわからないけど、店員総出とかではなかったからよかった。
「さて、ぬいぐるみを見に行きましょうか?」
楽譜は買えたし、食事も終わったので、あとはこれといって決めていない。
クヴァルト様の提案も魅力的なのだけど、わたしはできれば行ってみたいところがあった。
「あの……クヴァルト様の仕事場を、拝見したいんですけど」
領主の館、だと家っぽいから、なんだろう、都庁ならぬ領庁だろうか。
どんなところなのか興味があるし、わたしを迎えに行ったりして迷惑をかけたから、お礼もしたい。
わたしの申し出に、クヴァルト様はしばらく眉を寄せていた。
怒っている、というよりは、困っている、といった風情だ。
そんなに無理難題を言っただろうか。関係者以外立ち入り禁止とか?
「……まあ、いいでしょう。人数が多いのが不安ですが」
ああ、そういう心配だったのか。
そりゃあ政治の中心部だから、働いているひとはたくさんいるだろう。
「遠いんですか?」
「いえ、ここからなら近いですよ」
「だったら、歩きたいです」
クヴァルト様は馬車に乗ろうとしていたけど、それを止めてお願いした。
ずっと店の前につけてもらっているから、ほとんど歩いていない。
日頃の運動不足を解消するためにも、ちょっと頑張ったほうがいいと思うのだ。
幸い、このあたりは人通りも多くないから、過保護なクヴァルト様も許可してくれるんじゃないかな。
馬車からの景色だけじゃなくて、自分の足で街を見てみたいし。
「……そうですね、そうしましょうか」
やがてうなずいたクヴァルト様に案内されて、広い道路を歩いて行く。
時々馬車が通るけど、道はきちんと分かれているので、日本より安心な気がする。
自転車の存在はないらしいから、なおさらだ。
十五分もしないうちに、クヴァルト様の足が止まる。
「もし、行ってみて駄目そうなら遠慮なく言ってくださいね」
到着した場所は、一見すると学校のようなたたずまいだった。
レンガづくりの建物は、明治大正時代みたいな感じがする。
そのころの学校の講堂とかがある建物って、こんなふうだったような、という見た目だ。
正面玄関から入ったところは、いわゆる窓口で、領民の手続きやらをする場所。
まだ業務中なので、邪魔をしないように裏口から入っていく。
領主や偉いひとの入口と、普通の職員の入口は違うらしく、そこから入るとすぐ階段があった。
階段を上がると、すぐに領主の執務室があるフロアに繋がっている。
おかげで、ほとんど誰にも会わなかった。
執務室のある階は、会議室やらの部屋が並んでいて、休憩時間の終わった今は、みんな持ち場で仕事をしているかららしい。
クヴァルト様は迷いなく進んで、その中の扉の一つを開けた。
中は、思ったより広かった。
いくつかのテーブルが並んでいて、四人ほどが机にむかって書き物をしている。
そして、中央の一番大きな机の上にすわっている男性。
「あれ? ヴァルト、どうした?」
「…………とりあえず、降りてください」
ものすごく苦々しげな声に、ひょいとそのひとが机から降りる。
……うん、机はすわるところじゃないと思うな。
「なんだよ、休みなのに仕事にきたのか?」
クヴァルト様にむかってずいぶん砕けた口調だけど、いつものことらしく、注意する声はない。
机から降りたそのひとは、とてもイケメンだった。
さらさらの金髪に、薄い青い目、いわゆる金髪碧眼だ。
背丈はクヴァルト様より高く、すらりとしている。
甘い顔つきまで完璧で、これぞイケメン! という条件をすべて満たしている。
本当にこういうひと、いるんだなぁ、と感心して眺めていると、目が合った。
彼は瞬間ぱっと顔を輝かせると、口を開く。
「もしかして、きみ、セッカちゃん?」
ちょっと短くてすみません。
遅くても月曜には次話投稿するように頑張ります。




