サイクルと休日
そんなこんなで、毎日のローテーションができてきた。
朝起きる時間も、大体人並みになってきて、起こしてもらわなくても大丈夫になった。
寝起きはどうにもだるいけど、少しすればなんともなくなる。
クヴァルト様と一緒に朝食をとり、玄関まで見送る。
入れ違いくらいにフラウさんがくるので、一緒にわたしの部屋へ行き、授業開始。
午前中の授業のおかげで、一般常識は大分わかってきた。
幸いなことに、もとの世界とそんなに差異はなかったから、突飛な行動で不審者扱いはされなさそうだ。
貴族のマナーに関しては、まだ先になっている。
なぜなら、文字を覚えるのに必死だからだ。
この世界で生きていくためには必要なのだけど、なかなかめんどうくさい。
なにせ読もうと思えば読めてしまうから、つい気を抜くと文字が翻訳されてやりづらいのだ。
でも、サインができるようにならないと困るし、なんとかやる気を出して書き取りの練習をする。
フラウさんともそこそこ打ち解けてきた。結構柔軟にものを考えてくれるひとで、お願いしたら様づけもやめてくれた。
食事の時間なんかは、敬語も少なめにしてくれている。
友人、と呼ぶにはまだ早いかもしれないけど、そのうちそうなれそうな気がして、楽しみだ。
彼女が帰ったら、大体ピアノ室に直行する。
寝る前に複写した楽譜をさらったり、この世界の譜面を弾いてみたり、好きに練習する。
間でフリーデさんが声をかけてくれるので、休憩時間もちゃんととっている。
お茶を挟んでまた練習して、ウェンデルさんがクヴァルト様の帰宅を教えてくれるまで、大体ずっとピアノ室にいる。
ピアノを軽く拭いて、蓋を閉じてから、外をぐるりと回って玄関に行くと、ちょうどいい感じになる。
お帰りなさいと挨拶をして、夕食ができていればそのまま食堂へ行き、そうでなければ少し雑談なんかをする。
前に言ったから、あんまりお土産も買ってこなくなった。せいぜい、お菓子をちょっぴりくらいだ。
会話は大体同じことが多い。
体調の心配をして、今日あったことを聞いて、安心したように微笑んでくれる。
過保護だなぁと思うけど、気にかけてもらえるのは嬉しくて、いつも几帳面に返答する。
そうそう、お風呂場も大きいほうを使うようになった。
大きな浴槽を独り占めって勿体ない気がしたけど、毎日温泉気分というのは、日本人には魅力的すぎた。
一度入ったらやみつきになってしまって、毎日そっちを使うことにした。
部屋のお風呂はわたししか使わないのに、いつも掃除してもらうのも気が咎めてたし……うん。
クヴァルト様が先を譲ろうとしたのだけど、あとのほうが時間を気にせず入れるから、そうさせてもらった。
今日もきょうとて、知らせてもらったところでいそいそ風呂場にむかう。
ウェンデルさんが部屋からお風呂セット一式を持ってきてくれているので、それを持って中へ入る。
万一にも誰かが入ってこないように、ドアにはちゃんと「使用中」がかけられる。
中は使用人のみんなも使うから、本当に温泉の脱衣所みたいになっている。
たくさんの棚と、基本女性はワンピースドレスだから、ハンガーもばっちりだ。
細かいものは棚に入れ、ドレスはそこにかけて中に入る。
温泉ではなくて入浴剤だけの普通のお風呂だけど、十人くらいが一度に入れる大きな浴槽には、テンションがものすごく上がる。
浸かる用とは別に、入浴剤のないただのお湯もたくさんあるから、身体を洗うのも、髪の毛を洗うのも気兼ねなくできる。
それから浴槽に入れば、広い湯船を独占だ。思わず歌を歌いたくなるくらい気持ちがいい。
はじめてはつい泳いだけど、今日は我慢しておいた、子供みたいだし……うん。
じっくり暖まっていたら、他のひとはそんなに長風呂をしないらしく、外から心配されたけど、もう慣れたようで呼ばれることもない。
長風呂を満喫させてもらって、部屋にもどり、楽譜を写して適当な時間に寝る。
そうそう、頼んでいた絨毯もとどいた。
……柄がかなり細かいもので、見るからに高級そうなのでちょっと引いた。
地味なのってお願いしておけばよかったと思ったけど、後の祭りだ。
クッションや、その土地のひとが使う座布団みたいなのもついてきたので、早速ごろごろできるようになった。
絨毯はわたしが転がっても足が出ない大きさで、厚みもあるから寝心地も悪くない。
それを敷いても部屋はまったく窮屈にならないあたりもすごいけど……
まあ、こんな凄い絨毯の上に食べかすをこぼすのは怒られそうなので、ごろごろ読書しつつお菓子タイムは無理そうだけど、それでも素足になれるスペースが確保できて、大いに喜んだ。
そんなこんなを挟みつつ、やってきた二度目のクヴァルト様との休日。
寝癖はないけどちょっと眠たそうな、レアなクヴァルト様を眺めつつ、今日の予定を確認する。
馬車で街まで行って、まずは楽器店、そこに楽譜がなければ本屋。どこかで昼食をとって、まだ行けそうならぬいぐるみを見たりする。
予定というほどしっかり決めてはいない大雑把なものだけど、どれくらい時間がかかるかわからないので、そんなものでいいだろう。
なにせ遠出するのも、人混みの中に行くのもはじめてだ。
とにかくクヴァルト様は不特定多数に会うことを心配しているらしい。
まあいきなりテロに合うことはないだろう……逆に大歓迎も困るけど。
どうなるかいまいち想像できないので、不安はあるけど、フリーデさんと護衛のひとも同行してくれるから、きっとなんとかなるだろう。
護衛のひとは一緒には歩かず、ちょっと離れてついてくるらしい、本当にボディガードみたいだ。
ということで、いつも仕事に行く時と同じ馬車に乗って、街へむけて出発する。
でも、馬車で進めるのは中心部の近くまで。
商店の並ぶ大通りは、店が開けば馬車は通れない。
街への出入りには、昼間用の通りを進まなくちゃいけなくなる。
貴族の人々は、馬車だから駐車場って呼びかたでいいかな? そこに馬車を停めて、あとは徒歩というのが多いらしい。
貴族御用達の店の場合は、停めるスペースがあるから直接乗りつけられるらしいけど。
ちょっとの時間ならそこで馬を待たせ、そうでなければ馬車は一度邸にもどる。
一般市民はバスみたいに定期的に巡回している乗り合い馬車を利用する。
クヴァルト様は領主だし、領事館には専用の駐車場もあるから、停めっぱなしにもできるらしい。
でも、歩かないとなまるからという理由で、普段は同じように歩いている。
「ついでに様子も見られますからね」
笑いながら言う顔は、領主の顔と半分半分な感じだ。
でも、今日はわたしがいるので、乗りつけられるところはそうしてしまうとのこと。
わたしを見たがるひとでごった返したら厄介だし、歩き疲れても大変だからという過保護な理由からだ。
……まあ、たしかに邸の周囲しか歩いていない上に、最近は座学とピアノの練習ばかりだから、足腰が頑丈になったとはとても言えない。
練習時間は削れるけど、庭歩きももう少ししなきゃなぁ……庭師のおじいさんも寂しそうだし。
馬車はどんどん進んで行く。窓から見ながら、頭の中に地図を思い浮かべた。
クヴァルト様の邸をはじめとして、街の北一帯は貴族の屋敷が並んでいる。
そこから南下していくと、中央に大通りが走っている。ここで馬車は降りる。
大通り周辺が商店街、さらに東側がその他商業や暁星の建物、西は市民の家が集中するという、きちんとした区分けがされている。
今日行く楽器店は東側の一角に存在する。
商店街にある店は、食材や日用品などの、あまり大きくなく、価格も安い、毎日利用するたぐいのもの。
少し離れた場所にそれなりのスペースで建っている店は、楽器店だとか、毎日は使わないけど、必要な店と別れている。
ちなみにそのあと行く予定の本屋は、平易なものは商店街に。専門書まで含んだものは東側にある。
だから今日は、東側の本屋から見てみるつもりだ。
まあ、楽器店で満足できれば、それでいいんだけど……
一日空けての更新の可能性が大です。
活動報告にも書いていますが、ちょっと手をやらかしました……




