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洋琴の到着

 それから二日ほどは、特にこれということもなく、のんびりすぎていった。

 朝は寝坊気味で公爵様に心配されたけれど、朝食も一緒にとれるようになった。

 なまった身体をもとにもどすために、三階をうろうろして、楽譜を写して、読書をする。

 帰ってきた公爵様を出迎えて、一緒に夕食をとって、そのあと少し雑談して、眠る。

 少しずつフリーデさんたち以外のひととも挨拶をして、名前と顔を覚えていった。

 一週間前までの状態が嘘だったみたいに、平和で、穏やかで。

 今が夢なんじゃないかと、時々不安になってしまうけれど、朝起きても、そこには奴らはいなくて。

 リボンを結んだルーちゃんが、のんきな顔でベッドの端にいて、それにとてもほっとする。

 熱が出ることもなく、体調はちょっと眠りが浅いかなということを除けば問題なくて。

 そのおかげで、二日目の午後にやってきた医者から、無理をしなければ普通に動き回っていいとお墨付きをもらった。

 一人での外出は道もわからないし危険だから駄目だけれど、邸の中と庭なら問題ないでしょう、と。

 その夜嬉しくてクヴァルト様に報告すると、一緒になって喜んでくれた。

 でも残念なことに、明日はまだ仕事に行かなくてはならないという。

「一緒に庭を見ようと思っていたんですが……」

 残念そうに肩を落とすクヴァルト様がかわいそうで、思わず、じゃあお休みの日まで庭の散策はしません、と約束してしまった。

 まだ邸の中もそんなに見てないし、そんなに急いで見るのもだし。

 もう少しすると、温暖気味のこの国も冬に入るけれど、まだまだ心地いい陽気が続いてる。

 一日二日経っても、花がなくなりはしないはずだ。


 そんな他愛ない約束をした翌日は、大分すっきり目が覚めた。

 この暮らしにも慣れてきたかと思うと、嬉しいような、複雑なような。

 庭の散策は後日になってしまったから、今日はなにをしようかなぁ。

 とりあえずまだ暖かい布団から抜けだしたくないのでごろごろしていると、ノックの音がした。

 いつもよりはやくて、あれ? と思う。

 みんなわたしに甘くて、朝起こしにくることは今までなかったのに。

「はい、どうぞ」

 声をかけて、頑張って布団から出てぼさぼさの髪の毛を整える。

 やってきたのはフリーデさんで、起こしてすみません、と謝られた。

 いやでも、普通なら起きてていい時間だし……

「なにかあったんですか?」

 というか、なにかあったから起こしにきたんだろう。

 でも、見た感じ大変なことがあったって感じではない。

「朝早くに知らせがきたそうです、ピアノに関して。ですので下へきてほしいと旦那様が」

 ピアノ!

 どんな報告だろう、遅くなるって話じゃなきゃいいけど。

 そうと決まれば急がなきゃ。フリーデさんに手伝ってもらって着替えると、わたしはできるかぎり早足で下へ降りていった。

「おはようございます、クヴァルト様、ピアノがどうしたんですか?」

 食堂手前の控えの場所にいたクヴァルト様に、挨拶もそこそこに問いかける。

 クヴァルト様は笑いながら、おはようございますと返して、机の上の手紙を示してみせた。

「ピアノは午前中にもとどくそうです、早馬が知らせにきました」

「今日……!」

 やった! とうとう……!

 わたしは思わず手を前でにぎりしめてしまう。

 人前じゃなかったら、踊りだしそうなくらい嬉しい。

「私は仕事でいませんが、専門の者が一緒にきますし、あなたにお任せして大丈夫ですよね?」

 まあ、わたしもピアノ本体に関してどうこうは無理だけど、そこは業者と相談すれば大丈夫だろう。

 アップライトを部屋に入れた時も無事にすんだし、多分平気ですとうなずいておいた。

「では、先に設置予定の部屋だけ確認してもらえますか?」

 こちらへ、と先導されて歩いて行ったのは、まだ行ったことのない別棟だった。

 何代か前の公爵様が新しく建てたのだそうで、男の隠れ家とかなんとか言って、友人たちと楽しむための場所だったらしい。

 なのでこぢんまりした建物で、今では使われていないし、使用人たちの働く場所からも離れているので、音の心配も少ない。

 広さもあるし直射日光が当たりすぎることもないから、その中の一室がちょうどいいだろうとのことだった。

 使われていなかったなら部屋として機能するのかと思ったけど、そこは事前に決めてあったらしく、ちゃんと掃除がされていた。

 そこは、ピアノを置いてから他の家具を置くほうがいいだろうと、がらんとした広い空間になっていた。 十人ちょっとを招いてのコンサートなら余裕でできるかな、くらいの広さで、大きすぎずよさそうだ。

「絨毯などの必要なものも一緒に持ってくるそうなので、足りないものはおそらくないでしょう」

 大きなもので運搬に時間がかかる分、事前に色々準備する時間があったらしい。

 わたしの知らないところでちゃんと進んでいたんだと思うと、とてもありがたい話だ。

 もし足りないものがあったら、業者のひとでも執事頭さんでも、誰でもいいから頼めばいいらしい。

 でもまあ、とりあえずピアノがあれば、あとはそんなに必須でもないし、弾ければ十分だ。

「あなたの喜ぶ姿が見られないのは残念ですけど、行ってきますね」

 その後朝食をすませると、クヴァルト様は苦笑いしながら出かけていった。

 個人的には、多分ものすごくはしゃいでしまうだろうから、いないでくれてラッキーなんだけど、それを漏らせば仕事に行かなくなりそうだったので、黙っておいた。

 フリーデさんには上にもどらないかと聞かれたけど、どうせ部屋にもどってもなにも手につかないから、楽譜だけ持ってきて下でそのまま待つことにした。

 ぱらぱらと大分複写の進んだそれらを見ながら、なにから手をつけようか考える。

 でもなぁ、絶対指が動かないから、まずは練習からだよな……練習曲集、買っておいてもらえばよかった。


 そんなことを考えながら楽譜を読んでいると、執事頭さんがやってきた。

「セッカ様、到着しました」

「今行きます!」

 椅子を蹴立てそうになって、慌ててそっと立ちあがる。万一傷でもつけたら大変だ。

 まあ、搬入の間は邪魔になるから、行ってもなにもできないけど……

 ピアノの運搬は、素人にはまずできない。重さという意味でも、その他の理由でもだ。

 見に行くと、ぐるぐる巻きの大きな荷物が目に入った、グランドピアノで間違いなさそうだ。

 今回かぎりということで、別棟の入口のぎりぎりまで馬車が入って、そこで降ろしたのだそうだ。

 そこからは下に布を敷いて引きずっていくという、もとの世界でもよくあるやりかたをしている。

 土足の文化だから、廊下へ入れば段差も少ないから、そういう意味では日本より楽そうだ。

 しかも廊下も部屋もとても広いから、方向転換だって容易にできる。

 縦に運ばれていたピアノは、業者と相談して決めた場所まで移動すると、梱包をといてやっと横にされる。

 勿論それらの動きはものすごく慎重にだ。このピアノの重さはわからないけど、グランドピアノなら三百キロあったっておかしくない。

 余計な声を上げても集中が切れてしまうから、少し離れた廊下で、緊張しながら様子を見守る。

 そして、無事にピアノは部屋の隅に落ちついた。

 あらかじめ敷いておいたカーペットの位置もばっちりだ。

 あとは机と椅子、楽譜を写したりするための学習机みたいなのに、本棚も入るとのこと。

 手際のよさにびっくりしつつ、そこは他のひとにおまかせして、わたしは業者とピアノの確認に入ることにする。

 多分明日も投稿できると思うので、ちょっとぶつ切りです。

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