おやつと年齢
「さて、面白くない話はこれくらいにしましょうか」
あらかた説明が終わったところで、公爵様が切りあげた。
たしかに愉快な話ではなかったけど、聞けてよかったとは思う。
みんなが知っていてわたしだけ知らないのもだし。
まあ、教えてくれなかったのは、一気にあれこれ伝えてもってことだろう。
最初の日だったら覚えていられなかっただろうし。
「フリーデさん、おかわりもらっていいですか?」
「はい、勿論」
聞くのに夢中になっていて、ちょっと喉も渇いていた。
新しい一杯をもらっていると、あ、と公爵様が声をあげる。
「先に出せばよかったですね、今日のお土産です」
渡されたのは上をリボンでとめられたこれまたかわいい袋。
開けてみれば、中からたくさんの焼き菓子が出てきた。
色々な種類がちょっとずつ詰め合わされていて、目にも楽しい。
「ちょうどいいのでお茶請けにどうぞ」
ひとつずつは小さい袋なので、食後でも罪悪感は少なそうだ。
一番プレーンな形のを選んでお皿に移す、一人だったら直に食べちゃうけど、すかさず綺麗なのが出てきた、凄い。
「じゃあ、……クヴァルト様も、味見どうぞ」
テーブルのまんなかへんに皿を押す。一人で全部は流石に躊躇われる。
またうっかり公爵様って出かけた、慣れないなぁ。
「発音は気にせず呼んでくれて構いませんよ?」
小さく笑いながらそう言われて、そういうわけには、と眉を寄せる。
それに、なんだかカタコトみたいで気になるんだよなぁ、子供みたいだし。
「前もそう言ってましたけど、……あれ?」
いつだっけ、それ。
なんだかつい最近あった気がするんだけど……よく思い出せない。
「まだボケる年齢じゃないのに……」
「色々あったからでしょう、私からすればまだまだ若いですよ」
首を捻っていると、クヴァルト様から微妙なフォローが入った。
「そういえば、クヴァルト様はおいくつなんですか?」
なんだかんだで聞いたことなかった。年上なのは間違いないけど。
クヴァルト様もすっかり忘れていたらしく、そういえば、と呟いていた。
「三十五ですよ」
「じゃあ、わたしと十くらい離れているんですね」
年齢の計算方法と、一年の日数が同じなら、だけど。
まあ、多少の誤差はあっても、大体そんなものだろう。
わたしの発言に、公爵様はしみじみと、若いですねぇとこぼした。
いや、公爵様も言うほどおじさんじゃないと思うけど……あ、でも平均寿命によるか。
お父様みたいにはやくに亡くなるかたもいるみたいだし。
そして気づけばクッキーはなくなっていた。勿論クヴァルト様も食べてたけど、半分以上はわたしが食べちゃった……おいしくてつい。
「お気に召したようでなによりです、これは仕事場から近かったので、私が買ってきたので」
わざわざ足をむけたとは思わなかった。
貴族のひとっておつかい頼むのが普通じゃないのかな。
「それは嬉しいですけど……そんなに買ってこなくていいですよ」
毎日この調子で色々もらったら、置き場所は困らなくてもひととしてダメになりそうだ。
わたしは甘やかされて育った自覚はあるけど、ピアノにお金がかかっていたので、ものを買ってもらったりとかはあまりなかった。
わたし自身がなにかくれるなら楽譜ちょうだいって言ったのもあるけど。
だから、こういうのは慣れなくて、ちょっと困る。
「あなたが遠慮するだろうことはわかっているんですが……少しでもこの世界を好きになってもらいたくて」
最初があんまりだったから、ということらしい。
べつにクヴァルト様のせいじゃないのに、律儀な性格だ。
あいつらがおかしかったことはわかってるから、この世界自体は嫌いでもないですよとフォローする。
「でも、まだ好きではないでしょう?」
……それは否定できない。
嫌いではない、でも、好きかというと……なんとも答えづらい。
帰れるものならもとの世界に帰りたい。もどったらまた地道に貯金する生活だとしても。
「けど、毎日お土産もらったからって好きになるわけじゃないですし」
流石にお菓子とかでつられることはない。
「……あなたの場合、楽譜なら違いそうですけれどね」
そこは言わぬが花だと思うのに、公爵様は意地悪だ。
いやでも楽譜だって質による。この世界のがどれくらいかわからないけど、面白くない譜面だったら釣られないはずだ。
「それに……休みの日に、案内してくれるって言ったじゃないですか」
お土産として色々もらってしまったら、はじめて行く楽しみが減ってしまう。
それは、ちょっと残念なことだ。
子供みたいに拗ねてしまったけど、公爵様も結構拗ねるから、おあいこってことにしておく。
わたしの不満を聞いたクヴァルト様は、驚いた顔をしたあとに笑顔を見せた。
「それくらいで案内する場所がなくなるほど、狭い領地ではないですが……あなたがそう言うなら、今後は控えますね」
嬉しそうににこにこしていて、なんだかこっちが恥ずかしい。
「ですが、ちょっとした贈り物は今後もあると思いますよ、私ではなく、領民から」
「……お供えですか?」
本気で呟いたけど、今度は違う意味で笑われた。
要するに、近所のおばさん的さしいれみたいなものらしい。
苦労していた神子においしいものを、とかそういう感じ?
下心が見える貴族からの高額なものは悩むことなく断れるけど、善意のそれらは難しいとのこと。
たしかに、一番断りにくいやつだよなぁ。
基本的には受けつけないけれど、街に出かけた時はもらってしまうことになるだろうとのこと。
クヴァルト様と一緒に歩いてる、見かけない黒髪黒目ってなったら、神子だってばれやすいだろうしなぁ……
遠くない日に公爵様と出かける時は、愛想良くしておこうと思っているけど、あんまりよすぎるとプレゼントが増えてしまいそうだ。
バランスをとるのが難しい……なるべく断ってくれるそうだから、采配に期待しよう。
と、遠くから足音が近づいてきた、それはそのままドアの開いていた部屋に入ってきて、
「旦那様! いつまで話しているんですか、時間を考えてください!」
思ったより長話になってしまったようで、メイド長さんに叱られてしまった。
すみませんと謝るクヴァルト様は、ちょっと子供みたいに見えた。
昔もこんなふうに、やんちゃしてメイド長さんに怒られたんだろうなぁ。
すわって喋っていただけだから、そんなに疲れてはないので、大丈夫ですよと公爵様の擁護をする。
そのあとはお休みなさいの挨拶をして、フリーデさんにも下がってもらう。
上にもどってすることはお風呂くらいだから、べつに人手はいらないし。
掃除は明日の昼間にやってくれるらしい、自分でやるんでもいいんだけど。
お風呂はばっちり準備がすんでいて、しかも昨日とは違う入浴剤が入っていた。
ここの風呂文化は、結構進んでるんだなと感心する。
外国ってあんまり入浴の習慣がないけど、ここはそうでもないんだな。いや、外国とも違うんだけど。
わたしにとっては嬉しいことだから、喜んで入らせてもらう。
ほどよく暖まり、ネグリジェに着替える。聞いてみたけど、ズボン式は存在しないらしい。
しばらくはこれで我慢するしかなさそうだ。
さて寝るかとクマを手にして……あ、そうだ。
さっきもらったクッキーには、銀色のリボンが結ばれていた。
たくさん入っていたので、リボンもわりと太めで長くなっている。
ためしに結んで……うん、やっぱりクマにぴったりだ。
ちょうちょ結びがちょっと歪んでるから、明日になったらフリーデさんにやってもらおう。
あんまりクヴァルト様まんまの名前をつけるのも悪いけど、なんか似てるから……ルーちゃんにしよう。
これなら微妙な反応もされにくい、……といいな。
満足したところでルーちゃんと一緒にベッドに入り、目を閉じた。
明日の更新は無理かもしれません。




