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品を選ぶ(公爵視点)

 溜まっていた書類を片づけつつ、領内の報告を聞き、指示を出していく。

 ここのところは大きな災害もないので、そろそろ長期的な計画も実行していきたい。

 到着したのが遅かった分をとりもどすべく書類と格闘したが、領地を空けた期間は長くない。

 急を要するものはすぐに終わり、少し遅い昼食をのんびりとる余裕すら出た。

 そこへ、知らせを持った従者がやってきた。

 ひとつは邸からの連絡で、五線譜が欲しい、というもの。

 それと、赤と青が苦手になっているようなので、邸からもなるべく撤去しておきます、と続いた。

 ──神官の地位を表す肩布のことだと、すぐ合点がいった。

 邸の者もわかったからだろう、セッカはまだ居室から出ていないというから、わざわざ片づけたと勘づかれることはないはずだ。

 五線譜には首をかしげたが、もとの世界の楽譜を書き写したいと聞いてこれも納得する。

 何曲分なのやら、ずいぶんと厚みがあったから、たくさんあったほうがいいだろう。

「楽器店で五線譜を……とりあえず二十枚ほど。それと、玩具屋にクマのぬいぐるみをいくつか見繕って届けるよう言ってください」

 従者の一人に申しつける、それから、王城からの手紙を開けた。

 中には王妃の筆跡で、ピアノと神殿の様子に関しての知らせが記されていた。


 まずピアノに関して。

 ちょうど制作中のいいものがあったので、それを運ばせる算段をつけたとあった。

 ……どこかで悲鳴が上がっているかもしれないが、己のことではないので黙殺する。

 ただ、傷をつけぬよう慎重に運ぶので、日にちはもう少しかかってしまうという。

 到着するころにはセッカの体調ももう少しよくなっているだろうし、ちょうどいいだろう。

 一緒にこの世界の楽譜もとどけておくとあって、王妃の気配りに感心した。

 セッカの腕前がわからないので、人気のものだけだから、あとはそっちでなんとかしろ、というあたりも彼女らしい。

 音楽に関しては並々ならぬ興味を持っているようだから、自分で弾くかどうかを抜きにしても欲しがるかもしれない。

 一室潰して楽譜部屋をつくることも検討すべきかなと頭の隅にメモしておいた。


 そして本題となる、神殿の様子に記述は移る。

 案の定、領地に連れ帰ったことで文句を言われたそうだが、医者の判断だと押し切った。

 神樹の子も神殿にもどりたくない旨を告げていたと言ったのだが、証拠がないと漏らしたらしい。

 ──しかし、証拠がつくれないのは、他ならぬ神殿の責任だ。

 もとの世界にもどれない神樹の子には、この世界で不自由なく生きられるよう、知識を与える必要がある。文字であったり、常識であったり、魔法であったりだ。

 それは当たり前のことで、歴史をひもとけば、政治家として辣腕をふるった神樹の子もいる。

 しかし、セッカに対しては、彼らはなにも教えなかった。そのほうが都合がよかったからだろう。

 神殿としてもひととしても最悪の対応であり、虐待と表現しても差し支えない。

 証拠を出せと詰め寄られても、「証拠」にできるもの──つまりセッカの署名は存在しないのだ。

 そこをつけば神殿側に反論の余地はなく、むしろ自分たちの立場が悪化するばかり。

 不服げではあったが、神殿の使いは「神子は帰さない」という国王の親書を持ち帰ったという。

 これで、ひとまず神殿は黙らせた。いい気味だとほくそ笑む。

 清廉な顔をしていても、中をめくれば俗物の集団だ。それをずっと前から知っていた己にとっては、なにを今さらという気もする。

 惜しむらくはこれを民に暴露できないことだ。

 セッカがああいう性格でなければ、王妃に荷担してもう少し噂を流す心づもりだった。

 だが、彼女を矢面に立たせたくないと思ってしまった。

 自分のことをなんの前情報もなく見て、会話してくれる存在に、こうも絆されるとは予想外だ。

 どうやら、己はずいぶんとそういう存在に飢えていたらしい。

 そもそも昨夜のことだって、メイドに任せればよかったのに、隣の部屋だとか理由をつけて駆けつけたわけだし。

「……やれやれ、年甲斐もなく」

 ──そして、己の身をわきまえもせず。

 ぽつりと呟くと、ちょうど書類を持ってきた書記官が、不思議そうに首をかしげていた。

 なんでもないですよと笑いかけると、午後の仕事を再開した。


 それからも仕事は順調に進み、定時を迎えた。

 領主が残っていては下が帰れないので、公爵はよほどのことがないかぎり、時間で切りあげるようにしている。

 今日は一室に商人を待たせているので、手短に明日の確認をすると、さっさとそちらへむかった。

 そこには、先刻頼んでおいた玩具屋の支配人がきていた。

 玩具屋といっても大衆むけではなく、王都にはいくらか劣るが質のよいものをそろえている。

 領内にいる中~下級貴族たち御用達なので、支配人も慣れているはずだ。

 だが、部屋に入ったクヴァルトは、その光景に少しだけ後退したくなった。

 応接室のテーブルには、ぎっしりとクマのぬいぐるみがひしめいていたのだ。

「……いくつか見繕ってくださいとお願いしたはずですが」

 公爵の頭の中では、多くても五体ほどのつもりだった。

 しかし、ここにあるのは少なく見積もっても二十はある。

 支配人は営業用の微笑みで恭しく礼をすると、その中のひとつを手にとった。

「そうは仰いますが、人形というものは我々売り手が選ぶものではありません」

 熱弁をふるう内容を要約すると、これ、と選ぶのに理由はなく、またそうでなければならないのだという。

 ずいぶんと観念的な話だが、その表情は真剣で、口答えしづらい迫力があった。

「ですからできれば、直接ご来店いただきたいのですが、お急ぎとのことでしたので、僭越ながら私が厳選して参りました」

 厳選してこの数という現実に、公爵はちょっと目眩を覚えた。

「……では、私が選んでは駄目ということですか?」

 それなら大量に持ってくるはずもないのだが、わけがわからない。

「勿論、一番はご本人が選ぶことです。ですが、そのかたのために選ぶ一体というのも、また特別なものになりますから」

 ……やはりよくわからないが、選んでも悪くはないらしい。

 彼女のためと言われてもなにがなんだかというのが本音だが、口にすれば品をすべて持って帰られそうでもある。

 今晩もうなされるかもしれないから、少しでもよりどころになるものを渡しておきたい。

 公爵は、あまり違いがわからないテディベアを、一体ずつ眺めはじめる。

「……とりあえず、抱きかかえて眠るのにちょうどいい大きさだけに絞ってくれませんか」

 だが、数が多すぎるて早々に白旗を上げ、少し絞りこめるよう頼みこんだ。

 すると支配人は慣れた手つきで「でしたらこの子と、この子と……」とどんどん分けていった。

 あっというまに山は減り、数は半分以下になった。

 これくらいなら、なんとか選べそうな気がする、錯覚かもしれないが。

 半ば自棄になりながら、丸い顔を順々に見つめていく。

 すると、なんとなく一体だけ、引っかかるテディベアがいた。

 なにがどうと説明はできないが、これが支配人の言う特別なのかもしれない。

「……このクマを」

「テディベアです」

 即座に訂正された。譲れない部分らしい。

「…………テディベアをお願いします。あとは本人といずれ店に行った時に選びます」

 かしこまりましたとテディベアを受けとった支配人は、神子への贈り物だと聞いて、気合いの入った包装をしてくれた。

 ピンク色の紙に銀色のリボンを結んだ状態で手渡されて、流石にこのまま持ち帰る気にはなれず、従者に押しつけた。

 これなら花束を買うほうがまだ気楽だ、むこうは自分で選ばなくても勝手に用意してくれる。

 ついでに買うかと思ったが、一度にいくつも贈っても、おそらく彼女は喜ばない。

 そもそも女性に贈り物などしたことがないので、早々にネタ切れになってしまう。

 花は今度にしようと、とりあえずクマ……テディベアを馬車に載せて、帰路についた。

 公爵、ぬいぐるみに苦戦する。


 あと一話公爵視点が続きます(予定)

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