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朝が来る(公爵視点)

 目を覚まして、隣の部屋を思わず見た。

 当たり前だが物音はしない。そもそも間には風呂場などがあるので、聞こえるわけもないのだが。

 気にはなったが寝不足を悟られれば、余計な心配をかけてしまう。

 だからクヴァルトは、眠ることに専念した。おかげで、睡眠はしっかりとれた。

 今日は休みたいところだが、領主としての仕事をあまりさぼるわけにもいかない。

 身支度を整え様子を聞くと、セッカはまだ眠っているらしい。

 眠りの質も悪くないと医師も太鼓判を押したので、起こさず寝かせておくことにした。

 執事頭にいくつか指示を飛ばしたのちに、朝食を終えて支度をする。

 そろそろ行くかというころに、三階の警備についていた者から、セッカが起きたと知らされた。

 それなら、と、少しだけ遅刻することにする。事情が神子に関わることなら、それなりの信仰心を持っている領民たちは納得するだろう。

 しょっちゅう王都に呼ばれるので、留守の間の仕事の割り振りはできあがっているし、さしあたっての急用もない。

 三階へと上がると、メイド長が待っていて「昨夜の記憶はないようです」と囁いてきた。

 昨夜のことは知らせなくてもいいだろうと言われ、うなずきを返した。

「おはようございます、セッカ嬢」

「おはようございます……あの……」

 入室して挨拶すると、セッカは申しわけなさそうに顔を歪めた。

 ちらりと視線が横の時計へずれたことで、寝坊について謝罪する気だと悟った。

「謝るのはなしですよ」

 だから先手を打てば、予想通り、でも、と唇が動く。

 食事を共に、と誘ったことが裏目に出たらしい。律儀な性格というべきか、それとも機嫌を損ねないためか。

 後者であれば不安を払拭したいので、気にしないようにと言い含める。

 食事など、これからいくらでも機会が持てる、どうせ自分だって今後は仕事だのですっぽかすのだからおあいこだ。

「これから、お仕事……ですか?」

「ええ、その前に少しお話できればと」

 椅子につけば、フリーデがすぐ茶の支度をする。

 空腹ではないか訊ねたが、起き抜けはあまり食べられないらしい。

 セッカには、普段は街の中心部にある領主館で仕事をすること、大体夕暮れまでなので、夕食は一緒にとれることなどを説明する。

 それから、くどいくらいに体調に注意するよう念を押した。

 しまいには苦笑いをされたが、昨夜の様子を見ていると、とても安心はできなかった。

 しかし、あまり注意してばかりもいかがなものかと、フリーデの視線が段々きつくなっている。


 そこで質問を変えて、生活に不足なものがないか訊ねることにした。

 返答は半ば予想どおり、不便なんてあるわけない、という恐縮しきったもの。

 むしろもっと質素な家具に変えてほしいと懇願されたが、笑顔で却下しておいた。

 神子を冷遇していると噂が立っては困ると、もっともらしい理由をつければ、彼女は断れない。

 分不相応だと困惑しながらも、お姫様みたいな暮らしですねと呟く表情には、いくらかの喜びが見てとれた。

 こういったものへの憧れめいたものは、やはり持ち合わせているらしい。

「どれもきちんと実用品ですから、投げないかぎり簡単には壊れません、安心して使ってください」

 昔小さな棚を投げた時のことを思い出しつつ、笑い話めいて告げたが、ちょっと胡乱な顔つきをされた。

 あの時はたしか引きだしが歪んだのだったか、執事頭に懇々と説教された記憶がある。

 それ以来、ものに当たることはやめている。

 調度品の質を下げるつもりはないが、できるだけ快適に暮らしてもほしい。

 そこで、もとの世界での暮らしぶりを聞いたのだが、予想以上に質素な暮らしをしていたらしい。

 この世界での一人暮らしも似たようなものではあるが、セッカの場合はピアノがなにより優先だったらしく、嗜好品の類いもろくに買い求めていなかったというから驚きだ。

 それでも根気よく問えば、恥ずかしそうにぬいぐるみ、と単語をこぼした。

「子供みたいで、ちょっと……ですけど」

 発言を撤回しようとする彼女に、この世界でも人気ですよと答えて安心させてやる。

 たしか街にも、ぬいぐるみの専門店があったはずだ。

 子供むけのものだけでなく、上質な材料を使い、職人による精巧なものもつくられている。

 どうして知っているかと言えば、国王が王妃に贈る際に相談されたからだ。

 クマのぬいぐるみならば、その時見たからなんとなく察しがつく。

 早速問い合わせることを決めて、そこで大事なことを思い出した。

「日時ははっきりお伝えできませんが、近日中にピアノがとどきますから、楽しみにしていてください」

 すると、ぬいぐるみの話の時よりはっきりセッカの表情が明るくなった。

 一気にきらきらと輝きだした表情に、本当にピアノが好きなのだとわかる。

 きっと、いくつの宝石をさしだすより、楽譜のほうが気にいるのだろう。

 わかりやすすぎる反応に、ほほえましさを感じつつも、少々面白くはない。

 なぜならピアノをとどけてくるのは王妃だからだ。領内で手に入れるには難しかったから、頼んだ判断は間違いないのだけれど。


 狭量な己の心に蓋をしたところで、執事頭が時間切れを伝えてきた。

 もう少し話していたかったが、時間はまだこれからもある。

 あまり無能な領主になるわけにもいかないので、渋々立ちあがり、見送ろうとするセッカを押しとどめた。

 三階から一階までの移動は、昨夜もずいぶん大変そうにしていた。わざわざ玄関まで行くほどのことではない、ここで見送ってもらえれば十分だ。

 セッカはわざわざ立ちあがって、階段までは行くという。律儀なものだと感心した。

「行ってらっしゃい、クヴァルト様。お気をつけて」

 見よう見まねでドレスの裾を持ち、ちょこんと挨拶する様はなかなか愛らしく映った。

 深い紺色のドレスは、あまり派手ではないが、彼女にはよく合う色だ。

 子供のころなのでまったく覚えていないが、衣装部屋に入っていたのなら、母のドレスのはずだ。

 覚えていなくてよかったとも思う。記憶にあれば、似合うとは感じられなかっただろうから。

 セッカを邸に迎えるにあたり、女性だとは知っていたので、生活用品をそろえるのは難しくなかった。

 メイド長に任せて、化粧品やらなにやらを新品の、若い娘が好みそうな見た目で集めてもらった。

 しかし、国王に謁見したのは一度だけだったので、背丈などがわからず、衣類だけはどうしようもなかった。

 大体のサイズを把握したところで、既製品をとりあえず何着か用意しておこうと思ったのだが、セッカに会ったフリーデから、母のドレスが入ると言われたので、まずはそれでしのぐことにした。

 古いものではあるが、パーティーに出るわけではないし、邸の中だけなら流行はさほど関係ない。

 問題なく着られることは、管理をしていたフリーデ本人が言うのだから間違いない。

 好みではない既製品を買ってしまうよりは、本人の意向を聞いたほうがいいだろう。

 世の女性は服をもらえば喜ぶものだし、と、その時は考えた。……今は、楽譜ほど喜ばれないとわかったが。

 しかし、仕立て直したわけではないので、少々もたついた感は否めない。

 袖と丈は少し長すぎるし、ウエストも緩かったから縛ってあるらしい。

 おそらくフリーデらが奮起して直してくれるだろうが、折角ならばもっとぴったり似合ったものが見たくなった、

「そのドレス、似合っていますよ。サイズが合えばもっと綺麗でしょうから、近日中に何枚か仕立てましょうね」

 だからすなおに告げたのだが、瞬間、セッカの頬が朱を刷いたように赤くなった。

 嫌だと拒絶はされなかったので、次の己の休みには、仕立屋を邸に呼ぼうと決める。

 どうせなら自分も加わりたいから、暇な時でなければ駄目だ。

 それにセッカだけでは、地味なものばかりを選んだり、金額を気にして頼まなかったりしそうだ。

 侍女たちでは押し切るのは難しいだろうから、クヴァルトの出番というわけだ。

 次の休日の楽しみを見つけて、行きたくない気持ちが少しばかり浮上する。

 その足で、車止めにつけていた馬車に乗り、職場へとむかった。

 公爵のターン。

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